第13話 トーナメント開始


◆ 秋人視点 ◆



「すげー人だな……」


 秋人はトーナメントセンターを見渡してうめいた。


 トーナメントセンターには立つ隙間もないほどに、人であふれていた。収容可能な三〇〇名をゆうに超える勢いだ。


 平日大会のときも熱心なプレイヤーは何人かいたが、やはり休日ともなるとその勢いはすさまじい。


 ものすごい熱気の人の波を割るようにして、小柄な東先輩が偵察結果を報告する。


「大会の受付、整列始まりますよ!」


 整列し、カウンターでイベント参加費を支払うと、あとは第一回戦の組分け(ペアリング)を待つだけだ。


「これだけの参加者がいたら……優勝賞品はずいぶん豪華になりそうですね?」


 みんなの緊張を和らげるように、北原先輩が話しかける。


「ああ……トーナメントセンターで使用できるポイントに加え、カードパックやレアカードも商品に加わるだろう」


 宮下部長は答えながら、眼鏡を押し上げた。

 北原・東先輩は期待に胸膨らませ、互いに頷きあう。


「目指すは決勝進出ですねえ!」


 秋人は宮下部長に、「上位何名ぐらいが決勝に進出できるんでしょうか?」と問うた。


上位八名トップエイトが決勝に進出することになる」

上位八名トップエイト……」


 つぶやいて、秋人は改めて数百人の人並みを見回した。果たしてこの大人数の中の上位八名トップエイトに潜り込めるか?


「ネット中継もバッチシ準備できてるみたいよ?」


 勝美がフィーチャーテーブルを指し示す。


 映画のセットのような魔術師の研究所。そこにはカメラや照明機材の準備が進んでいるようだった。


「バックヤードでは、中継試合を解説放送するのよ?」


 トーナメントセンターのアルバイト店員でもある勝美が誇ってみせる。トーナメントセンター所属のプロ・プレイヤーもおり、彼らが中継試合の解説をするのだという。


 ははん、と秋人は理解した。勝美の化粧が今日は妙に気合が入っていると思ったら、中継動画に映った場合に備えてのことだったのだ。


 秋人が横目で勝美を見ていると、


「なっ……、何よ、人のことまじまじと見て……」といぶかしがられた。


 秋人は咳払いして誤魔化しておく。


「別に……。なあ、フィーチャーテーブルって、決勝以外にも中継されるのか?」

「えっと……」

「基本、全勝者同士の試合を中継するようです」


 勝美の代わりに宮下部長が補足する。


「三試合を2−0で勝った者と、2−1で勝った者は、勝率で言えば2−0で勝ったものの方が負け数が少ない」

「あれ? じゃあ、一試合目はどうするんです?」

「一試合目は、完全にランダムで決定されます」

「……だそうよ!」


 お前は何も言ってないだろう、というのに、勝美がドヤ顔で腰に手を当てている。

 気にせず、秋人はフィーチャーテーブルを改めて見やった。


 クロエに、俺の姿を届ける。お前のおかげで、俺はまた『メイジ・ノワール』を始めることができた。シャドー演劇部の仲間たちもいる。そして、謝るきっかけを作るんだ――決意も新たにした秋人は、高鳴る心臓を鎮めようと、深呼吸する。


 そして――第一回戦のペアリングが発表された。


 運命の一試合目。

 なんと勝美が、フィーチャーテーブルに選ばれた。その対戦相手は――昨日、シャドー文芸部に絡んできたあの男、ライゼズだった。


「げえ……」


 不快感を隠さず、勝美がスマホ通知を眺める顔を歪める。


「ま、がんばれよ?」


 秋人は勝美に手を振った。


「あんたこそ、初戦敗退なんかしたら許さないんだから!」

「へーへー。ネット中継、あとで見れるのかな?」

「安心なさい。動画配信サイトでアーカイブされるわ」


 あとで勝美の雄姿を確認するとしよう。

 秋人はフィーチャーテーブルに向かう勝美を見送り、自分の対戦相手のいる机を探した。


 A36。

 それが発表されたペアリングの机だ。

 席につき、デッキの準備をしていると、対戦相手が現れた。


「駿河さん、ですね? 関と申します。よろしくお願いします」

「あっ、お願いします!」


 対戦相手は紳士的なプレイヤーだった。座席の間違いがないよう、ペアリングの確認も怠らない。


 先行後攻は、対戦相手の発案で、サイコロで決めることになった。ダイスロールの結果、秋人が先攻を勝ち取る。悪くない滑り出しだ。


 デッキをシャッフルし、対戦相手にもシャッフルをお願いする。こうして互いのデッキを無作為化し、不正がないことを証明し合うのだ。


「それでは――『メイジ・ノワール』勝てる屋トーナメントセンター休日大会第一回戦。はじめてください!」


 会場のそこかしこで、「よろしくお願いします!」と声が上がる。

 秋人の戦いが、始まった……はずだった。



    ◆ ◆ ◆



 一勝したものの、二敗して、初戦敗退。


 対戦相手は、秋人がまったく想定もしていない、黒猫デッキ。大量の黒猫を発生させて、盤面を圧倒するデッキだった。


 想定外のデッキ。


 さらに、アグロデッキで『聖堂騎士団』で殴ることを想定していた秋人は、黒猫という、無尽蔵に湧いてくる相手に完璧に防御され、ダメージを与えられなかった。


 そうして戦いは序盤、中盤と過ぎ去り――アグロデッキの賞味期限は尽きた。


 黒猫が溢れ出て――敗北。二タテ、ストレート敗けだった。


 試合が終わった後、対戦相手は「ありがとうございました」と礼儀正しく声をかけて席を立った。


 しかし、秋人はその場から動けなかった。あんなに準備して、あんなに分析し、みんなと調整したのに……。


 〝運ゲー〟という愚痴が口をついて出そうだったが、運が悪いから敗けたのではない、と自分に言い聞かせた。対戦相手も、秋人と同じように調整して、今日という日に臨んでいたのだ。互いが知恵を振り絞って戦って、結果、秋人は敗けた。


 ――『ブレイン・サウンド』を聞いていれば、あるいは……という考えをなんとか振り払う。


 そんな秋人の元に、宮下部長が合流してきた。


「角倉くん、いい勝負をしているようですよ?」


 秋人の試合結果を察したらしい部長は勝敗については触れなかった。


「ええ……部長は?」

「まずは一勝できました」

「そうですか……自分は……」


 ためらう秋人に、宮下部長は首を振った。


「駿河氏。気落ちすることはありません。まだ決勝トーナメント進出の可能性が潰えたわけではない」

「え? 敗けたのに、ですか?」

「先程、勝率の話しをしましたね?」


 解説をするときのお約束で、宮下部長は眼鏡を押し上げた。


「三〇〇人のプレイヤーが戦い、一戦目で勝つのは半分の一五〇名。これを六回戦まで続けると……?」


 半分×六回で……?

 

 三桁の計算をパッとできるはずもなく、秋人は「それで……?」と先を促す視線を宮下部長に送った。


「コホン……。六回戦終了後、全勝者は四名しか存在しないことになります」

「それじゃ……!?」


 パッと光明が差し込んでくるような、救われた思いだった。上位八名の枠には――あと四名空きがあることになる!


「かなり難しいかもしれませんが……残りの試合、2−0で勝ち進めば、対戦相手勝率オポネント・マッチの結果如何では、決勝に進出できるのです」

「そ、それ……本当ですか!?」

「希望を持たせるようですが……駿河氏のアグロデッキは、攻めるタイプのデッキですので、それも可能かと」


 アグロデッキでは序盤から盤面を制圧して、そのままの勢いで対戦相手を圧倒していく。対して他の長期戦を想定したデッキの場合、相手との相性やカードを引かなかった場合なども含め、初戦を落としてしまうこともある。


 また、試合には制限時間の問題もある。制限時間内に終わらなかった試合は引き分けとなるから、勝率が下がる。それがアグロデッキの場合、引き分けは、勝つにしろ、負けるにしろ、ありえない。


 アグロなら、狙える――。


「諦めたらそこで試合終了、ですね」


 どっかの少年漫画のセリフを秋人は言った。


「ええ。さ! 角倉くんを応援にいきましょう」


 北原先輩、東先輩も合流し、みんなでフィーチャーテーブルに向かった。

 そこでは、勝美がライゼズと戦っている。

 

    ◆ ◆ ◆


 トーナメントセンターの常連でプロプレイヤーでもあるライゼズと、店員でもある勝美の試合。フィーチャーテーブルの周りには、観戦者が取り囲んでいた。


 遠くからでは手元のカードとゲーム進行がよくわからないので、スマホで配信動画を参照しつつ、秋人たちは勝美に静かな声援を送った。対戦相手に有利になるような情報を、周囲の者が洩らせばそれはイカサマになってしまう。だから、取り囲む観戦者たちは静かに二人の戦いを見守っている。緊張感が人を伝って、こちらまで空気をピリつかせていた。


「お互いに一勝一敗の状態。運命の三戦目のようです」


 北原先輩が小声で共有した。スマホの画面越しに見る勝美のカードを持つ手は、緊張で震えている。


 これだけの観衆に囲まれ、プレイすることなどない。衆人環視の緊張状態のなかで、正しいプレイを要求される。一歩間違えれば負ける――プレイミスを多くの人間に見られるのだ。手が震えるのもしかたがない。


 勝美のデッキは、秋人と同じアグロデッキだった。

 対してライゼズのデッキは――『冥界のネクロマンサー』デッキ。


 そのカードが見えた瞬間、秋人はヨシッとガッツポーズしたくなった。有利だ。『冥界のネクロマンサー』を倒すために調整したのが、勝美のデッキなのだから。盤面には勝美の『聖堂騎士団』が並んでいる。並べた悪霊たちで、相手は対処できずに――勝ち切る。


 ……そのはずだった。


「『絶滅の契約』をプレイ」

「……!?」


 ライゼズが唱えたのは、『冥界のネクロマンシー』デッキには入っているはずのないカード。盤面の悪霊をすべて破壊する、アグロ対策カードだった。


「あいつ……ッ!!」


 秋人の拳に思わずぐっと力が入る。環境分析をしたときの会話が脳内で再生される。


『今、この瞬間しか通用しないデッキだ』

外典アポクリファに対策カードを入れられたらひとたまりもない』


 まさに、ライゼズは、アグロの対策カードを投入していたのだ。


 一気に盤面のカード資源を失った勝美が、巻き返せるはずがない。しかも相手は、墓地を再利用し、中盤以降、アドバンテージの鬼と化す『冥界のネクロマンサー』だ。


 勝美は敗北した――。


    ◆ ◆ ◆ 


 勝美の試合のあと、秋人は店舗の外へ連れ出された。もうすぐ第二試合がはじまる。


「おい、早く戻らねーと……」


 秋人が勝美の手を振りほどき、訴える。

 しかし、勝美の瞳は暗かった。


「……見たでしょ?」

「ああ……」

「ライゼズは、昨日のアンタたちのデッキを盗み見していたのよ」


 秋人は思い出す。

 確かに昨日、トーナメントセンターでライゼズが絡んできた。『お、アグロか』と声をかけてきた。

 

「ライゼズは、何十人ものプレイヤーに、アグロ対策をしてこいと号令をかけているわ、きっと」


 勝美の指摘で思い当たる。ライゼズには、確かに多くの取り巻きがいた。


「アンタは初戦敗退。このあと、二連勝を重ねないといけない」

「ああ……」


「でも、アグロ包囲網はできつつある……」


『冥界のネクロマンサー』の弱点――アグロ(速攻デッキ)。その弱点を、外典アポクリファで補いつつある。


「お願い――特殊音源を聞いて」

「え?」


 勝美の放った言葉に、秋人は大きく目を見開いた。


「とぼけないで! 『ブレイン・サウンド』よ!」

「……っ!?」


 どうして勝美が知っている――そんな驚きで、秋人は口を開けずにいた。しかし、正義感の塊のような勝美は、秋人のチート行為を糾弾きゅうだんするのではなく。むしろ、懇願している。これはいったいどういうことなんだ、と秋人の頭は混乱の嵐だった。


「昨日から、聞いてないんでしょう?」

「角倉……知ってたのか……」


 ようやく秋人は声を絞り出した。


「お願い……アタシの代わりに、ライゼズを倒して」

「…………」

「いいえ――アタシのためじゃなくていい。クロエちゃんに謝る機会を作りたいんでしょう? そのためには、あの卑怯者を。他人のデッキを盗み見て対策してくるようなアイツを――乗り越えないといけない」

「角倉……」

「でも、今のアンタじゃ、ライゼズに勝てない。決勝トーナメント出場も難しい」

「…………」


 勝美は必死に訴える。

 それでも、秋人は迷っていた。


「お願い、聞いて! 特殊音源を! 『ブレイン・サウンド』を! そして、〝あの人〟を返して!」

「……〝あの人〟?」

「――666ナンバー・オブ・ザ・ビースト。かつての、あなたよ」

「…………」


勝美は何かを知っている。彼女はあえて隠し事をしているのだ。ならば、なぜ黙っていたのか……。


クロエのときもそうだった。鈍感な自分は、クロエがどんなことを思って誘ってくれていたのかをまったく察することもできなかった。


だが――まるで勝美の口ぶりは、〝あの人〟という呼び方には、何かしらの事情を勘ぐりたくもなる。


「ああ、もう!」


 煮え切らない秋人のカバンを、勝美が奪う。彼女は勝手に中身を漁って、イヤホンとスマホを取り出した。


「さあ――聞いて。それしか他に手はないわ」

「………」


確かにもう迷っている時間はなかった。記憶の回復。それこそ、今、秋人の心をとらえている様々な諸問題を解決してくれるのだ。


 二試合目以降の全勝。

 角倉の復讐代行。

 それに……クロエへの謝罪。


「やらなきゃなんねーことが山積みだな……」


 秋人はハイレゾ対応のイヤホンを耳に押し込み、プレイヤーを起動。『ブレイン・サウンド』を再生した直後。


 ――キュイン。


 視界に光の粒子が溢れ、七色の極彩色に膨れ上がり、ぞくぞくと悪寒が背筋に走った!

 そして――秋人の意識が暗転した。

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