反逆者認定された勇者パーティの荷物持ち

黒埼ナギサ

Chapter1. End of Dream

Lilly1. 不可解な追放

「アルセーナ、貴女にはパーティを抜けてほしい」


 勇者さまからの突然の宣告に私は狼狽するしかなかった。でも、自分の能力を考えてみればそれは仕方がないことかもしれない。むしろ、今までよくこのパーティに入れてもらっていたと考えたほうがいいと思う。


「……それは私が足手まといということですか?」

「足手まといって訳じゃないけど、ねぇ?」

「こっから先は強力な魔物がうじゃうじゃしてる。アルちゃんを守りながら進むってのは正直難しいと思う」


 魔法担当のセルフィナさまと回復担当のジェイさまも勇者さまの考えに頷いた。その言葉からは私に対する優しさを感じられるものの、どこか抜けきらない棘というものを感じざるを得なかった。


 私はこのパーティの足手まといである。勇者さまみたいにすごい筋力がある訳でもなければ、セルフィナさまやジェイさまのような強大な魔力を持っている訳でもない。それでも私が勇者さまのパーティに付随できていた最大の理由。それは私が持っている魔法のカバンである。


 このカバンはどのようなものでも、重量や大きさの制限なく収納することができる。勇者さまは『四次元カバン』と呼んでいたが、こういうカバンは珍しいものではない。なんなら、収納魔法を詠唱すれば誰でも使える。セルフィナさまやジェイさまのような強大な魔力の保持者であれば問題なく使用することができると思う。


「私たちにとっても苦渋の決断だよ。酸いも甘いもかみ分けてきた仲間だから、ここで手放したくない」

「……セルフィナさまもジェイさまも勇者さまの意見に賛成しているのですか?」

「僕たちはこの世界に巣くっている魔族に対抗するために陛下直々に選ばれているのよ? 特に勇者様は陛下のお気に入りだから。賛成と言ったら賛成と言うほかないわ」


 セルフィナさまが呆れたように口火を切る。そしてテーブルに置いてあったお酒を一気飲みすると、店員さんにおかわりを要求した。


「セルフィナも本当は君と別れたくないんだ。でもまぁ……陛下の命だからね。逆らったら俺たちもタダじゃ済まない」


 ヤケになってお酒をくびろうとするセルフィナさまを止めるようにジェイさまも悲しそうな顔で呟いた。陛下の命。勇者さまの言葉は陛下の言葉であると昔ジェイさまが言っていた。だから勇者さまがはいといえばそれに従わなくてはならないのだ。


「勇者さまは……いいのですか?」

「……良くないに決まってる。でも、私たちが生きていくためにはこれが最良の選択なの。アルセーナには理解して欲しい」


 パーティメンバーの顔からは、悲壮感がひしひしと伝わってくる。勇者さまも私と一緒にこのパーティを続けていきたいと考えている。それでも勇者さまにはのっぴきならない事情があって私を追放しなければならなくなったのかもしれない。


「分かりました。短い間でしたが皆さん、お世話になりました」

「……これ、馬車のチケットよ。明日の朝一番で貴女を村まで送り届けてくれるわ」

「勇者さま……」


 勇者さまに出会って、直々にスカウトされて。ここまでいろんな体験をしてきた。ワイバーンの群れに遭遇して、しばらくの間食事がワイバーンステーキになったり。私が料理担当の時にドジってしまって美味しくない料理が出てきても、勇者さまは顔色変えずに食べきってくれて、その上次は一緒に料理までしてくれた。もう何ヶ月も一緒にいるはずなのに、そのひとつひとつが一瞬のように感じられる。そしてちゃんと村へ帰るための手立てまで用意してくださった。それだけで私はもう胸がいっぱいになっている。


 勇者さまからチケットを受け取る手は震えていて、ぽたりぽたりと涙で濡れていく。勇者さまはそれを見ると、ハンカチで優しく涙を拭い取ってくれた。そんな優しさに触れて私は勇者さまとハグを交わす。

 

「勇者さま……」

「最後まで名前で呼んでくれないのね」

「あっ、ごめんなさい……レーナさま。レーナさまや皆さんのことはずっと忘れません!」


 頭を下げると、メンバーのさっきまでの暗い表情が一変して明るいものに変わった。それは足手まといである私が抜けるという喜びではなく、新たな門出を迎える私に対する祝福だ。そんな優しい人たちに囲まれて過ごせた私はきっと幸せ者だと思う。


「セルフィナ、ジェイ、貴方たちはまだ飲むつもり?」

「そうね。こういう時のやけ酒くらい許して欲しいわ」

「俺はこいつを監視する必要があるからな」

「監視って言い方は酷くな~い?」

「ならここは任せるわ。アルセーナ、今日は私と一緒に寝ましょう」

「はっ、はい勇者さま!」


 酒場の二階にある宿屋を私たちは拠点としていたが、それも今日までだ。勇者さま達は魔族の拠点に近い街へと移動するし、私は故郷の村へと帰るんだ。ここのベッドともお別れだと考えるとしんみりとした気分になる。


 部屋に入るなり、勇者さまは私のことをきつく抱きしめてきた。勇者さまは私のことをよくハグしてくれた。あの時は小さい私のお母さん替わりなんだって笑っていたけど、今日のそれは違うと肌で感じ取った。


「勇者さま?」

「レーナ」

「あっ、レーナさま……今日は甘えたがり、ですね?」

「……うん」


 勇者さまは時々こうやって私に甘えてくることがある。セルフィナさんやジェイさんでなく私だというのが謎ではあるが、勇者さまに甘えられることは嫌いではない。こういう時は村で私がしてもらっていた甘やかし方で甘やかしてあげるとレーナさまは安らかな表情をしてくださった。


「いいこいいこ、です」

「……アルセーナ。今日はアルセーナの話が聞きたいの」

「私の話……ですか?」


 勇者さまは私にたくさんの話をしてくれた。その一つ一つがおとぎ話のような夢物語で、そんな世界に行ってみたいと夢想することも多々。そうやって目をキラキラさせる私のことを優しく撫でてくれる。でも、私の話をするというのは新鮮だ。というかしたことがない。


「そうですね……じゃあ教会の話をしますね」

「教会? あの中央にあった?」

「はい。そこのシスターにアーシャという方がいらっしゃるのです。アーシャ姉は私にいろんなことを教えてくれて、私のお姉ちゃんのようにいっぱい遊んでくれたんです」

「じゃあアーシャさんもアルセーナの家族みたいなものだね」

「そうかもしれません」


 明日村に帰ったらアーシャ姉にも会えるのかな。生まれてから私はお母さんやお父さんといった存在を知らない。いわゆる孤児というものだ。そんな私に愛情を一番注いでくれたのは誰でも無いアーシャ姉だ。


 村から離れて長い時間が経っている。アーシャ姉も元気にしてるといいんだけどと胸を高鳴らせていると、勇者さまはいつものように優しく私の頭を撫でてくれた。


「アルセーナはみんなに愛されてるのね」

「……そうでしょうか? 私、勇者さまみたいに剣を振って戦えないですし、セルフィナさまやジェイさまのようにすごい魔法が使えるわけでもありません。そんな私が愛されているのですか?」

「もちろん。セルフィナもジェイも、アルセーナのことが大好きよ。私だって本当はずっと旅をしたかった……でも、アルセーナを守るためにはここで私たちと離れるしかないの」


 ここから先は魔族の領地に近付くという。私が非力だから勇者さまを悲しませているのかもしれない。もっと力があれば、と切に願うがまだ身も小さく、魔力もろくにない私にできることなど微々たるものだ。


「アルセーナ、村に着いたら私たちのことは忘れて生きるの」

「……勇者さま?」

「どこにいたって私が守るから」


 徐々に意識が微睡んでいく。最後に見えた勇者さまの顔は、悲しそうな笑顔で私のことを見つめていた。

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