第14話 星空の下で
その日は晴風町にしては珍しい大雪で、町中がてんやわんやしていた。
我が家も例外ではなく朝から晩まで折角の休日だというのに雪かきに追われていた俺は、雪が落ち着いてきた頃を見計らい息抜きに散歩に出かけることにした。
夕を誘ってかまくらでも作ろうと思ったけど、寒い中連れ出すのもあれだと思い一人で町へと繰り出す。
昼間は猛吹雪だった空模様もすっかり落ち着き、雪は止んでいた。しんしんと降り積もった雪は街灯に照らされて幻想的に光を反射している。
そんな見慣れない光景に少し心がおどる。歩調を早めながら、気を抜けば足をとられそうになる感覚を楽しみつつ俺は町を歩いていた。
近所の公園まで辿り着いた俺は、一旦休もうと公園内に設置されたベンチに向かう。
すると、異様な格好をした先客がベンチに腰掛け夜空を見上げながら物思いにふけっていた。
彼は冬真っ只中というのに半袖のティーシャツに長ズボンといった季節感の感じられない服装であったが、少しも寒そうにしている様子は感じられなかった。
年齢は中学生ぐらいだろうか。
時刻は十時を回っていて、こんな時間に中学生が出歩くのも不審に思い、とりあえず声をかけることにした。
「おい少年。こんな夜に一人で何してんだ? しかも半袖って……。風邪引くどころじゃすまねーぞ?」
声をかけられた少年は驚いたのか体をびくっと震わせ、困惑した表情をこちらへ向ける。
ほんの数秒。俺の顔を品定めするかのように見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「こんな気味の悪い格好をした僕に話しかけてくるなんて、君は不思議な人だね」
「お前の方が不思議だろ」
「アハハ! それもそうだね。まあ君も座りなよ」
少年は自分の座っている位置から少し横に移動し、「ほら」と横に座るよう促す。
俺は着ていたコートを脱ぎながら少年の横へと座り、そっと彼へとコートをかけてやった。
「貸してやるよ。さすがに寒いだろ」
少年は俺の行動が意外だったのか、目を見開きながら応答する。
「君は本当に不思議だね」
「いやだってお前めちゃくちゃ不健康そうだし」
少年の体は細身というにはあまりに弱々しく、青白い肌色をしていた。
「フフ……。ありがとう」
「礼はいいよ。家族と喧嘩でもしたのか? 早く帰らねーと補導されるぞ?」
「まあそんなとこかな。そんなことよりも、空を見てごらんよ。今日はよく星が見えるよ」
少年に言われたとおり空を見上げると、いつもよりはっきりと星が輝いていた。
「すげーな……」
「冬は空気が澄んでいるからね。普段より星が見やすいんだよ」
「詳しいな。好きなのか? 星とか」
「うん。どんなに嫌なことがあっても。綺麗な星を見ていると、心が軽くなるんだ」
「そうか——って! そうじゃなくて、とりあえず名前を教えろ」
「名前か……。うーん、ニコでいいよ。本名じゃないけれどそう呼んでくれて構わない」
「なんだそれ。あだ名か?」
「そうだね。君の名前は?」
「俺は紡。とにかく、家まで送ってやるから。早く帰るぞ」
ベンチから立ち上がり、ニコに手を差し伸べる。
「僕は大丈夫だよ。家もすぐそこだし。もう帰るから」
「本当か? ならいいけどよ……ちゃんと帰れよ?」
ニコは少し寂しそうな顔をしながら「うん」と短く答える。
「紡もよくここに来るの?」
「いや? 俺のお気に入りスポットは湖畔広場だ」
「そっか。僕はここで星を見るのが好きなんだ。良かったらまた来てくれよ。もし会えたら一緒に星を見よう」
「ああ。暇な時にでも来てやるよ。不良少年の説教にな。んじゃまたな、ニコ」
その場から立ち去ろうとした時、ニコが立ち上がり俺を呼び止める。
「待って! コート!」
俺は振り返り様に「また会った時返してくれ」と伝え家路についた。
それ以来、夜の公園でニコを見かけた時は一緒に星を見るようになった。
ニコは星に詳しく、会う度に星の名前の由来や星座について教えてくれた。
正直、ニコの風貌から家庭環境が心配だったが、ニコが自分の素性については話したがらない為深くは言及しなかった。
奇妙な関係はしばらく続いたが、ある日を境にニコを見かけることはなくなった。
そうして、今日久しぶりに会ったという訳である。
一連の流れを話しているうちに買い物を終え帰路についていた俺たちは、家の前まで辿り着いていた。
「へえ〜。良かったね。再会できて」
「ああ。もしかしたら何かあったんじゃねーかと思ったけど。久しぶりに会えて安心したよ」
「でもちゃんと警察とかに言ったほうがいいんじゃない? 人間界の法律とかは詳しくないけど、あんまり良くない家庭なんじゃないかな」
「そのことなら、ニコにも何回か言ってみたんだけどな。あいつがすげー嫌がるからさ、無理に連れてくのもな……」
「そっか。でも紡は優しいよね」
「は?」
ヒマリは玄関のドアノブに手をかけ、こちらに背を向けながら話を続ける。
「紡は口悪いし、スケベだし、バカだけど。私は紡のそーゆーとこ結構好きだよ?」
「え!? いや、そんな……へぇ!?」
顔の温度が急激に上昇していくのを感じる。なにそれ。突然の告白ですか!?
「うわ〜。照れてる紡きもちわる〜」
「——ッ! お前今日の晩飯抜きにするぞ!」
「えー? 作るのはあたしじゃん。残念でした〜」
ヒマリがバカにした笑い声を上げながら玄関のドアを開ける。
「よお。家の前でイチャイチャするなんて、随分呑気じゃねーか。なあ? 紡くん」
「あれ、紗希さん……。何か怒ってらっしゃる……」
ドアを開けた先には今にも飛びかかってきそうな獣の雰囲気を纏った紗希が仁王立ちしていた。
そして、その手には空のプリンの入れ物が握られている。
「紡、お前か?」
「いや、それはヒマリが——」
「紡が食べていいよって言ったから食べました!」
「流れるような裏切り!?」
こいつ……。さっきまで好きとか言ってたくせに……。
まあいい。こんな時のために俺たちは買い物に行ってきたのだ
早くプリンを渡さないと命が危ないようなのでスーパーの袋をガサガサと漁る。
「えーっと……。あれ?」
しかし、一向にプリンは見つからない。
さっき急上昇した顔の熱が一気に奪われていく。
「あれ? 確かに買ったよな……?」
急いでレシートを確認すると確かにそこにはプリンの文字が印字されている。
「ヒマリ! プリン知らねーか? もしかして落としてきた!? いやさすがにそんなことは——」
「あ! 言い忘れてたけどプリンは子どもにあげちゃったんだよ」
「はぁ!? どういうことだよ!」
「買い物終わった後に紡がトイレに行ったでしょ? その時に迷子になって泣いてる子どもがいてさ。泣き止ますためにあげちゃったんだよね」
「何で早く言わねーんだよ!!」
ヒマリは「えへへ! 忘れてた!」とおどけた態度で舌をペロッと出す。
紗希は指をポキポキと鳴らしながら俺の前へと立ち、頭をガシッと掴む。
「さあ。言い残すことはあるかな?」
「あの……。どうか命だけは……」
紗希に引きずられ家の奥へと連れ去られていく。
「いやぁぁぁぁぁ!!」
「紡! がんばれ!」
ヒマリはそんな俺にグッと親指を立て、ウィンクをしながら見送る。あいつ絶対に許さねぇ。
その後、俺は体が動かなくなるまで道場でしばき回されるのであった。
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