第10話 増殖

 紗希の情報を元に、俺とヒマリは町の外れのにある廃墟を訪れていた。


 この廃墟は数年前に廃校となった晴風第一小学校という学校であり、町の端に位置しているためか、年々生徒数も減っていき廃校となってしまった。


 ここ最近では、夜中に肝試しに来ている若者も多いらしく、今では町の心霊スポットとして名を馳せている。


 そんな第一小は、まだ昼前だというのに曇り気味の天気も相まってか陰湿としている。


 校舎の入り口まで来た俺達は、空気の悪さに中へ入ることを躊躇していた。


 正確に言うと、ヒマリだけが躊躇っている。


「ね、ねぇ。何かお化けとか出そうじゃない」

「はあ? お化けよりも怖いもんと戦ってんのに何言ってんだよ」

「だ、だって魔獣シャドウは魔法あたるもん! お化けはあたらないんだよ!」

「何でそんなこと分かるんだよ……」

「え? だってお化けって透けてるんでしょ?」

「知らねーよ! 知識偏りすぎだろ。つーか、入らないんだったら置いてくぞ。こんなことしてる場合じゃねーんだ」

「ちょっと! 置いてかないでよ~!」


 躊躇うヒマリを無視して校舎の昇降口の扉に手をかける。


 当然鍵は閉まっていることはなく、錆び付いたドアはギィギィと嫌な音を立てながら開き、不気味な校舎は俺達を迎え入れた。


 校舎内はかなり埃っぽく、むせ返りそうな空気が充満している。


 昇降口付近のエリアは人がいる気配はなさそうなので、取りあえず奥へ進むことにした。


「うぅ〜。何かやな感じだね……」


 置いてかれるのが嫌だったのか、結局ヒマリも付いてくる。足取りは弱々しく俺の服の裾を指先でガッチリホールドしている。


「夕ーー!! 聞こえたら返事してくれー!」

「紡! 大きな声出しちゃダメだよ!」

「え?」


 ヒマリはひそひそ声で忠告してくる。


「本当に誰かに誘拐されてるとして、その犯人に夕ちゃんを誰かが探しに来たなんて知られたら、彼女に危害を加えるかもしれないし、場所を変えるかもしれない。どっちにしろ刺激しない方が良いよ」

「そ、それもそうだな」


 意外と頼りになるな、こいつ。ヒマリは基本的に天然っぽい発言が目立つ部分もあるけど、冷静な判断力を持っているらしい。


 校舎の中を二人で探索する。教室や図書室、保健室、理科室など目についた部屋は隈なく探した。


 しかし、一向に見つかる気配は無く俺たちは途方に暮れることになった。


「やっぱ、ここにはいねーのか……くそ!」


 階段の踊り場に座り込み不安を募らせていく。


 この間にも夕は危険に晒されているかもしれない。


 そう考えると、胃の中を全て吐き出してしまいそうになるほどの気持ち悪さが襲ってくる。


 そんな中、ヒマリが何かを思いついたように話し出す。


「うーん……。多分無理だと思うんだけど、試してみるね」

「試すって……。何をだ」


 ヒマリは俺の横にちょこんと座った。


心力ヴァイト探知だよ。人間界の人でも心力ヴァイトはゼロって訳じゃないから……」

「そんなことできるのか?」

「すごく難しいんだけどね。ただでさえ魔獣シャドウと違って、普通の心力ヴァイトはクセがないから。ちょっと集中するから静かにしててね」


 そう言うとヒマリは瞑想を始めるかのように目を閉じる。ヒマリの体からは青白い光が漏れ出し空気に溶け込んでいく。これが心力ヴァイトってやつか。


 俺は実のところ心力ヴァイトってやつが何なのかいまいちわかっていない。


 最近会話でちょくちょく出てくるが、何だよそれって心の中で思ってたりする。


 ヒマリ曰く、俺の心力ヴァイト保有量は人間界では高い数値らしいが、そんなものを感じたことはないし、ましてや魔法なんて知らなかった。


 俺がこれまで魔獣シャドウと戦ってこれたのは、紗希から教わった夜式一刀流と地獄のようなトレーニングのおかげだ。


 集中しているヒマリの顔を何となく見つめる。改めてよく見るとやっぱり可愛いな。夕の方が可愛いけど。そこだけは絶対譲らないけど。


 五分くらい経った所でヒマリは「ぷはぁー!」と息を吐き出す。どうやら心力ヴァイト探知にはそれなりの労力が必要らしく、額には汗が滲んでいた。


「ごめん。やっぱり無理だったよ……」

「そっか……。しょうがねぇよ。もう少し探してみようぜ」

 

 俺は立ち上がって階段を降り始める。


「待って。近くに心力ヴァイトの気配は感じなかったんだけど、嫌な空気があるっていうか所々引っかかるものを感じるんだよ」

「もしかして魔獣シャドウか?」

魔獣シャドウにしては薄いんだけど……。万が一ってこともあるし……」

「分かった。その気配、辿れたりするか?」

「うん。ある程度覚えてるから」

「取りあえす急ごう。もし、夕が魔獣シャドウに遭遇してたんなら——あんまり考えたくはねーな」


 俺達は急いで階段を駆け下りヒマリが感じたという嫌な気配を辿り、校舎を駆け巡る。


 正直、この気配があたっていて欲しくない気持ちの方が大きい。


 ヒマリが感じた気配が魔獣シャドウだったとして、夕が奴らにさらわれたのだとしたらきっと助からない。


 しかし、魔獣シャドウは基本的に人に襲いかかることしかしないはずだ。人をさらって拉致するなんて紗希からも聞いたことはなかった。


「なあ、魔獣シャドウって人間をさらったりするのか?」

「えっと、人間界に現れるタイプは〝パラサイト〟って言ってね。人の肉体を媒介にしてるんだけど、稀にを残す個体がいるらしいの」

「人間の記憶を持ったまま化け物になるってことか」

「うん。今まで数体しか確認されてないけどね。今回は違うと思うけど。それに――」

「それに?」

「そんなのに遭遇したら間違いなく死ぬよ。私と紡の二人だけじゃ倒せないだろうね」

「——いやそもそもお前ビビって戦えないんじゃん」

「う、うるさい! 紡のバカ! ヘンタイ! ムッツリスケベ!」

「ごふぅ!」


 からかい気味に発言した俺の脇腹にヒマリは拳をめり込ませる。


 本当にどこからそんな力が湧いてくるのだろうか。そう思うほどにヒマリの一発は重い。


「——ッ! ここが一番気配が濃いかも」


 気配を辿って行き着いた先は体育館だった。


 体育館特有の重い扉は劣化からか、さらに開けづらくなっている。


 何とか力技で扉を開けると中はカーテンが閉まっているせいで、かなり暗かった。


 中を見渡すと奥の方で光が漏れ出していることに気がつく。


「もしかして!」


 その光は体育館の用具庫から漏れ出しているようで急いでそこに向かう。


 思い切り扉を開けるとそこには——体を縛られた夕が倒れていた。


「夕!! 大丈夫か!?」


 倒れる夕の元へ駆け寄り抱き抱える。目立った外傷は無いが気は失っているようだった。


 後から追いついて来たヒマリも夕を見て心配そうに顔を覗き込む。


「気を失ってるだけだといいけど……怪我は無さそうだし」

「ああ。薬か何かで眠らされてるのかもしれないし、早く病院に連れて行こう」


 夕を抱きかかえ、用具庫から出ようと振り返る。


 すると、そこには見知らぬ男が立っていた。


「ッッ!」


 風貌は小太りの中年男性といった感じで、薄汚いティーシャツによれよれのジーパンを履いている。


 そして、手には包丁が握られていた。


「ねえ、君達何してるのかな」


 掠れた声で男は問いかけてくる。


「……何だよお前」


 空気が張り詰めていく。ヒマリは既に戦闘態勢に入っているようだった。


「折角、今からお楽しみの時間だったのにぃぃぃ……。台無しだよぉぉぉぉぉ!」


 男は包丁を振り上げこちらへ向かってくる。


 俺は夕を抱きかかえたままだったので、一瞬対応が遅れてしまう。


 しかし、臨戦態勢に入っていたヒマリが男の脇腹を蹴りつけて体勢を崩す。


「ふん!」


 そして、畳み掛けるように顔面へ拳を喰らわしていく。


「がはぁ! 痛い痛い痛いぃぃぃ」


 男は地面にのたうち回る。


 こいつが夕をさらった犯人か。正直しばきまわしてやりたいがそれどころではない。


「助かったぜヒマリ! 早く逃げるぞ!」

「分かった!」


 夕を抱きかかえてヒマリと共に用具庫をあとにする。


 しかし、出口までもう少しという所でが辺りを包み込んでいく。


「この気配——なんで!」


 振り返るとさっきの男がふらふらと、こちらへ近づいてくる。


「うぅぅぐぅぅ……じゃま……するな……ジャマヲスルナァァァ!!」

「——ッッ!」


 男が金切り声をあげると同時に、魔獣シャドウの気配が濃くなっていく。


「おい。こいつ、まさか自我を残してるタイプか?」

「いや、それだったらもっと規模の違う心力ヴァイト反応があるはず……多分この人は、今この瞬間、完全に取り込まれたんだよ」


 男の筋肉はバキバキと膨張していき手足は鋭く変形していった。


 白目だけになった双眸は、ゆらゆらと青白く発光している。


 相変わらず気持ち悪い見た目だ。


「さっきヒマリが感じ取った薄い気配は、完全に取り込まれる前だったから。そういうことか?」

「うん。恐らくね」

「まあ何にせよ、夕を見つけた後で良かった。さっさと終わらせるぞ」


 夕を一旦入り口の扉へ寄りかからせるように下ろし、俺も戦闘態勢へと入る。


『グヴォォォォォァ!!!』


 言語能力を失った化け物は不規則に腕を振り回しながら俺とヒマリの方は突撃してくる。


「俺に任しとけ——夜式一刀流『大蛇』」


 全身から力という力を抜き、スルリと相手の不規則な攻撃を右へ左へと避けていく。


 そして、相手の背後まで回り込み掌底を繰り出す。


「おらぁぁぁ!!」


 掌底をモロに喰らったパラサイトはそのままうつ伏せに倒れ込んだ。


 トドメを刺そうと近づいた時、何かに気づいたヒマリが声を荒げる。


「待って! 紡! 何かおかしい!」

「は? おかしいって——えっ!?」


 倒れていたパラサイトの背中が突然ボコボコと膨らみ出す。


 そして、まるで脱皮するかの如く新たなパラサイトが背中から現れた。


「何だよこれ! 脱皮したのか!?」

「違う! したんだ!」


 新しく現れたパラサイトと起き上がってきたもう一体が俺の前へと立ちはだかる。


『グギギギィィィ!!』

『グヴォォォォォォ!!』


 ちくしょう。こんな時に増えやがって。

 流石に『相棒』がいない状態で二体も相手にするのは分が悪い。


『グヴォ!!』


 一体が俺へと飛びかかってくるが、スッと横へ躱す。

 しかし、間髪入れずにもう一体が攻撃を仕掛けてきた。


『グギギィィ!!』

「こんにゃろおぉ!」


 後から追撃してきた奴の攻撃を避け、カウンターで鳩尾あたりに強打を入れる。


『グガァァァ!!』


 すると、再び攻撃を受けたパラサイトの背中が盛り上がっていき、さらにもう一体増殖した。


「おいこれどうすんだよ!」


 一旦ヒマリの方へと退き、奴らから距離をとる。


「多分、攻撃を受けると分裂するみたいだね」

「どうやって倒しゃいいんだよ」

「私の高威力の魔法なら分裂する前にやりきれると思う……でも……」

「ん?」

「この前別の空間を作りだす魔法を使ったでしょ? あれ無しで高威力の魔法を撃つのはちょっと目立つっていうか……」


 確かに真っ昼間から、どでかい爆発音が響き渡っていたら大騒ぎになるだろう。でも、今はそんなこと言ってる場合じゃない。


「大丈夫だ。 ここ廃墟だから」

「そういう問題じゃないんだよ!」

「いや大丈夫だって。から」

「紗希さんが?」

「おう。だから思い切ってやっていいぞ。お前がビビってないんだったらな——っと!」


 パラサイトの一体が俺を切り裂こうと腕を振り下ろす。後の二体もそれに続いて、連続で攻撃を仕掛けてきた。


「ったく! 俺ばっかり狙いやがって。ヒマリ!! やれんのかよ!」

「もう! 分かったよ! あとビビってないから——もう大丈夫だから」

「え? なんて? あぶな!」


 三体の攻撃は徐々に苛烈さを増し、連携力も上がってきている。こりゃ避け続けるのは骨が折れる。


「ヒマリ! 早くしろ! 流石に持たねぇ!」

「うん! 合図したら私の後ろまで退いて! それまで引きつけといて!」

「オーケー! 『大蛇』!!」


 再び体をぐにゃりと脱力させる。


 『大蛇』は相手の攻撃を避けたり、不意をつくのに適している歩法術。


 滑らかな動きでパラサイトの攻撃を避けていく。


 しかし、全てを避け切ることはできず少しずつ腕や頬に切り傷が増えていく。


「くぅっ!」


 致命傷になるほど深くはないけど、これ以上喰らい続けるのはまずい。


「ヒマリ! まだかよ!」

「——いける!」


 ヒマリのその言葉と共に『麒麟』で奴らの間を抜き去り、ヒマリの後ろへと退く。


「ありがとね。紡」

「おう。さっさとやってくれ」

「うん。——火炎心象魔法『爆火撃ノヴァ』」


 ヒマリは右手を頭上へ掲げ、その上には以前見たものよりも大きな魔法陣のようなものが浮かび上がる。


 そして、その魔法陣の上に隕石と見間違う程の火球が作り出されていく。


「すご……」

「——消し飛べ!!」


 

 ヒマリは空高く飛び上がり、パラサイトへ向けて魔法を撃ち出す。

 直後、まばゆい光が包み込む。


『グヴォァァァァァァァ!!』


 パラサイトの断末魔と共に、着弾した火球は辺り一面を吹き飛ばしていく。その威力はとてつも無く、風圧で体育館の窓ガラスは何枚か割れたようだ。


「ッッ!!!」


 俺は爆風に夕が巻き込まれないように、覆い被さるように抱きしめていた。


「ふぅ……。私、結構強いでしょ?」


 ヒマリは地面にスタッと着地するとそう俺に微笑みかけた。

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