第二十七話 女失格!?


 松坂由美子は、この夜の出来事を一生忘れないだろう。


 オリエンテーリングも無事に終了し、一年生の全生徒も教師たちもみな揃って予定通り、夕方にはバスで学校へと帰着。

 そのまま解散となり、翌日の金曜日は休みとなって、日曜日も含めた三連休。

 生徒たちは大喜びし、教師たちはその日のうちに反省会などの会議を経て、そのままお疲れ様飲み会へと突入をする。

 駅前の居酒屋さんへと繰り出して、夜遅くまで慰労会が催された。

「いやいやみなさん、お疲れ様でした」

 校長の労いもそこそこに、教師たちはビールで乾杯。

「しかし今年の一年生たちは、意外と逞しかったですなぁ」

「山歩きでも殆ど、手を焼かなかったですものね」

 二泊三日の疲れを癒すように、お酒が進んで料理に舌鼓である。

「ささ、松坂先生も」

「あ、どうも♪ 先生も、ご返杯」

 などと宴は盛り上がり、程よいところでお開き。

「我々は、も少し呑んできますわ」

「私たちは、この辺りで」

 帰宅する組と二次会組で別れ、由美子は帰宅組の一員だった。

 由美子自身が早く帰りたい。とかではなく、単にフラフラになってしまったからだ。

「こんなに飲んで、若いわねえ」

「呑みすぎちゃって~すみませ~ん、えへへ~♪」

 先輩の竹田先生が付き添ってくれて、由美子はタクシー乗り場まで、肩を支えられながら到着。

「さて、タクシー拾うから、松坂先生は座ってて」

「は~い♪」

 竹田先生がタクシーを止めた頃、由美子は乗り場のベンチに腰かけて、ウトウトと寝落ちしそうになっていた。

「ほら松坂先生、タクシー来たわよ」

「んふぁ~…たくひー?」

「だらしないわねー。生徒たちに見せられない姿ね」

 苦笑いしながら、竹田先生は後輩教師を支えて立たせようとするものの、酔って脱力する人間の身体は、ぐにゃぐにゃで重たい。

「困ったわねー。山頭先生に付き合って貰えば良かったかしら」

 と、竹田先生が困っていたら、男子生徒の声がした。

「竹田先生、それに松坂先生。こんばんは」

ハキハキとした挨拶と綺麗な礼をするのは、他でもない、三四郎である。

「あら 葵くんじゃない。こんばんは。こんな時間に、駅前で何をしているの?」

 詰問ではなく、優等生の少年と夜の駅前で出会う珍しさに、訊いているだけだ。

「はい。兄の法律事務所がこの近隣でして、家に忘れていたらしい書類を、届けに行った帰りです」

 兄は結婚して家庭があり、忘れ物は当然、家族と暮らしている自宅に置いてきてしまっていた。

 しかし奥さんは赤ちゃんの面倒を見なければならないので、三四郎に声が掛かったのだ。

「あら、お義姉さんを助けて お兄さんのお使い? 偉いわねー。そうよね。葵くんが夜遊びとか、ちょっと想像つかないわよねぇ」

 教師の職業癖というのか、訊いて、ちょっとホっとした感じの竹田先生だ。

「先生がたは、今 お帰りですか?」

「あ、そうなのよ丁度良かった~。悪いんだけど、時間ある?」

「はい」

 竹田先生は、三四郎に由美子を担いでもらって、タクシーへと運び込む。

「ぅうん…」

 お酒に酔った由美子が油断しきった美顔を、担ぎ上げる三四郎は初めてジっと見て、頬が上気していた。

「あ、一緒に乗って。松坂先生、私一人じゃ支えられないのよ」

「は、はい」

 由美子を後部座席へと乗せて、三四郎も一緒に乗って、竹田先生は助手席へと乗って、タクシーが出発。

「隣駅の、川沿いの、ツバメハイツまで」

「はい」


 タクシーは数分で到着をして、竹田先生が料金を支払い、三四郎はぐでんぐでんな由美子を引っ張り出して、背中に負ぶさった。

「ぅうん…はれ、こころこ?」

 酔った由美子が、うつろな目で周囲をキョロキョロ。

「先生のマンションです」

「ん~?」

 三四郎が告げると、由美子はボンヤリと少年を見つめた。

「はれ~、さんしろーくんじゃなひ~♪ ろ~ひたの~? あ、こんなじかんによあそびとかしちゃって! ラメれしょ~! がくせーははやく、かえりなさ~い! あはは♪」

 楽しいお酒なのか、少年の背中で酔ったまま、ガックンガックン前後に揺れている。

「まーだらしない。葵くん、こんな大人の姿は、マネしちゃダメよ」

「はい」

 答えながら、酔った由美子の明るさに、三四郎は不思議な愛らしさを感じている様子だった。

「ここなんだけど…あ、葵くん、松坂先生の住所とか、ナイショよ」

 相手が生徒とはいえ、個人情報を知らせてはいけないとか、今更で気づく竹田先生。

「はい。僕は毎週土曜日、この河原までランニングに来てますし、松坂先生もそれはご存じです」

「あらそうなの。え、ここまでランニング?」

 三四郎の自宅は四駅隣で、土曜日の朝はここまで走ってきていて、生徒思いの由美子は三四郎の家が共働きという事もあり、気にかけてくれている。と、三四郎は説明をした。

「あらそうだったの。なら、駅前で会ったの 葵くんで良かったわ♪」

 竹田先生も安心したらしい。

「そ~なんれすよ~♪ さんしろーくんはぁ、まいひゅ~ここれぇ、らんにんぐひて~、わたひのへやもひってるんれすよぉ~♪ うふふふふ」

「あらそうなの」

「せ、先生が僕に気づいて、窓から挨拶をくれましたので」

 少年は人生初かもしれないくらい、焦った。

「それなら 松坂先生のお部屋まで、担いで貰っていいかしら?」

「はい。先生をお届けしたら、。すぐに帰ります」

「そうね。タクシーの運転手さんには、ここで待ってて貰うから」

 竹田先生が、由美子のバッグから鍵を取り出して三四郎に手渡すと、タクシーの運転手さんに待っててもらえるよう、頼みに行く。

 先に階段を上がろうとする三四郎の背中で、その悲劇は起きた。

「ぅぷ…きもちわるぃ…」

「先生?」

「あら、ちょっと松坂先生?」

 タクシーから小走りで駆けてくる竹田先生の顔が、明らかに焦っている。

「うぅ…なんか あつぃ…」

 酔った身体を少年の背中で温められて、由美子は気分が悪くなってしまったらしい。

「なんかクラクラしてるわぁ~。うぷぷ…」

「あらやだ葵くんっ、松坂先生、下ろしちゃってっ!」

 竹田先生が緊急避難を発したと同時に、少年の背中で決壊が発生。

「ぅぷっ–えろえろえろえろえろ–」

「うぅわぁぁぁあああああああっ!」

「まっ、松坂先生ーっ! 葵くんっ!」

 三四郎の背後、首筋から背中にかけて、由美子は盛大なリバース現象を起こしてしまった。


「うぅ…頭が痛い…」

 由美子が目を覚ますと、自室のベッドの上だった。

「あら、起きた?」

 キッチンから、竹田先生の声がする。

 下着姿で眠っていた由美子は、室内着を着てフラフラと起きて、キッチンへ向かう。

「あ、竹田先生…お早うございます…」

「お早うじゃないわよ~。昨夜は大変だったんだから」

 姉のように苦笑いをしながら、竹田先生は、しじみの味噌汁を作ってくれていた。

 状況から、由美子はぐでんぐでんに酔って送って貰ってしまったのだと、理解をした。

「あぁ、すみません。なんだか色々と、ご迷惑をかけてしまって…」

「私はいいけど、とにかく週明け、葵くんには ちゃんと謝っておきなさい」

「…は?」

 なぜ三四郎の名前が出てくるのだろう。

 由美子は、昨夜の記憶がボンヤリしている。

「たしか…慰労会があって…お店を出て…駅前のタクシー乗り場に行って…それから…」

「覚えてないの? まあ、本来なら その方が良いんでしょうけど」

 呆れながらも、どこか楽しそうな雰囲気でもある竹田先生。

「あの…私…何か、しでかしました…?」

(まさか、酔って裸踊りとか…っ!)

 三四郎の前で裸踊りなんてしたら、恥ずかし過ぎて死んでしまいそうだ。

 聞くのが怖い。

「んーまぁ…あれ」

 言われて、おタマで指示されたリビングの隅を見ると、紙袋と、中には男性物の赤いシャツが洗濯されて畳まれて、収められていた。

「? ?」

 三四郎の服だろうか。

(ま、まさか私…酔った勢いで、三四郎くんとっ!?)

 とか想像しても、下着姿だったし、竹田先生もいるしで、可能性は無しだろう。

(それにしても…シャツしかない…?)

「覚悟して 聞きなさい」

「は、はい…」

 由美子は、想像した裸踊りよりももっと恥ずかしい醜態を聞かされた。


                     ~第二十七話 終わり~

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