第二十五話 おんぶ


「さ、乗れ」

 足首を捻挫した少女へと、少年はしゃがんで、背中を向ける。

「え…で、でも…」

 ふくよかな女子は、体重的な何かを気にしている様子だし、友達はなんだか驚きながら羨ましげな感じだ。

 三四郎の日常的なトレーニングを知っている由美子は、教師として、男子の手助けを受け入れていた。

「助かるわ葵くん。さ、福岡さん」

「で、でも、ぁの…」

「早くしろ」

 男子の催促と担任教師の支えで、ヨロヨロと立ち上がったものの、やはりふくよかな何かを気にしている、年頃な少女。

「でも、その…わたし…ぉ、重ぃ…し…」

 真っ赤になって戸惑うクラスメイトの言葉に、体力を見くびられたと感じたらしい三四郎は、強く言う。

「そんな事あるか! けが人は黙って言う事を聞け!」

(うわ、イライラした三四郎くん 初めて見たわ)

 と由美子は感じながらも、今は少女の怪我が心配だ。

「大丈夫だから、福岡さん」

「は、はぃ…」

 顔中を真っ赤に染めながら、ふくよかな少女が少年の背中へと、遠慮がちに負ぶさる。

「「「ひゃあぁ…っ!」」」

 友達の女子たちは、羨ましさ全開で驚きながら、ドキドキなシーンと感じているようだった。

 少女の体重を預かると、三四郎は声を掛ける。

「立つぞ」

「は、はぃ…っ!」

 クラスメイトを背負った少年は、何の重さも不安も感じさせる事なく、スックと立ち上がった。

「葵くん、行ける?」

「余裕です」

 少年のザックを担任教師が預かって、一行は下山を再開。

「………」

 負ぶされている少女は、恥ずかし過ぎるようで、ただ黙って体重を預け続けるしかない。

 なにより、ふくよかゆえの大きなバストが、少年の背中に押し付けられている事が、体重と同じくらいに恥ずかしいのだろう。

 少女の友達はと言えば、羨望の眼差しで少年を見つめ、後を付いて歩いている。

 D組の生徒たちが、負ぶされる少女を心配げにチラチラ見ながら、通り過ぎていた。

「お? 松坂先生、どうされました?」

 最後尾の加持先生が追い付いて、状況を確認する。

「そうですか。葵、最後まで行けるか?」

「はい、余裕です」

「そうかそうか。頼むぞ。でも無理はするなよ」

 そんなヤリトリもあった。

 下山はさほど時間を要する事もなく、由美子たちはD組よりも少し遅れて、ゴール地点の宿へと到着をした。


 今日の宿泊施設は昨日と違い、街が近くに見渡せる丘の上で、三階建ての地味な県営施設だ。

 捻挫をした女子は、念のためにと街から来てもらったお医者さんに診てもらい、やはり捻挫だと診断されて、新しく湿布薬を貰って事なきを得た。

「「福やん、うらやま~!」」

 おんぶ騒動は、特に女子たちの間で話題になったようだ。

 女生徒の一件が収まると、夕食時、由美子はミョーな違和感を感じる。

(………何かしら。何だか、心に引っかかるような…)

 小さなしこりみたいな、何か。

(………?)

 それが何なのか、食事の間は解らなかった。

 生徒たちの入浴時間、お風呂を済ませた学生たちは、みんなジャージを着用している。

 由美子は、友達の助けを借りてシャンプーと濡れタオルで汗を落とした捻挫女子の部屋へ、様子を診に来た。

「福岡さん、足の具合はど…えっ!?」

 驚かされたのは、怪我の見舞いに来た女子たちの人数。

 別のクラスの女子たちも集まっていて、みんなで少女の怪我を心配しているようだ。

(福岡さん、人気あるのね)

 と思ったら。

「福やん、葵くんの背中 どんな感じ~?」

「やっぱり葵くんでも、男子って汗臭いの?」

「あたしもおんぶされたい~!」

 三四郎が気になっている女子たちからの、質問攻めに遭っていた。

 かくいう捻挫女子は、色々と恥ずかしそうに、真っ赤な顔を伏せている。

「ほらほらみんな、怪我人にムリさせないの」

「「「は~い」」」

 とはいえ、少女たちの気持ちも解る。

(高校生にとっては、やっぱり男子におんぶされるのって、恥ずかしいわよね)

 と、ちょっと微笑ましく思って、由美子は夕食時に感じた違和感の正体に気づいた。

(! ふ、福岡さんの…胸…っ!)

 ジャージの上からでも解る、豊かな膨らみ。

 バストの大きさのみで言えば、由美子よりも恵まれているだろう。

 下山時は、緊急事態だったから気づかなかった。

 しかし、あらためてそのサイズを目の前にすると。

(こ、この質量が三四郎くんのっ、せ、背中に…っ!)

 そう解ると途端に、正体を現した心のモヤモヤが、増大されてゆく。

 あんなに大きな胸、男子に対してはとんでもない破壊力なのでは。

 三四郎くん、あの胸で福岡さんに興味を。

(って、私、何考えてるの…っ!?)

 三四郎は、純粋に人助けをしただけだ。

 そして自分は、教師として少年の行動を称賛すべき立場だ。

 なのに。

(私…こんな時にっ!)

 ヤキモチを灼いている。

 いつかの嫉妬が頭を過り、強い自己批判が脳裏を駆け巡る。

(私は馬鹿なのっ? いちいち女生徒に嫉妬してっ!)

 一人悩乱する女性教師に、捻挫の少女が謝意を示した。

「あの、由美子先生…ご心配を お掛けしました」

「え、あ、ううん。捻挫は、もう大丈夫なの?」

「はい、おかげさまで」

「そ、それは良かったわ。あ、えっと…ぁ葵くんにも、明日でいいから、お礼、言っておいてね」

「は、はぃ…」

 小声で返した少女に、友達が突っ込む。

「ああ~、福やん赤くなってる~」

「な、なってないもん!」

 女子たちの賑わいから、担任教師は退室をした。


「それでは、見回り 頑張りましょう」

「「はい」」

 消灯の時間が過ぎると、一部の学生たちが活動を始めるタイミングだ。

 宿泊施設の入り口は、昨日と同じく体育教師が固めている。

 由美子は、今日は外担当で、適当なタイミングで裏の避難階段あたりを見回る事になっていた。

「あら、誰かいる?」

 三階の扉を開けたら二階の踊り場から男女のヒソヒソ声が聞こえたので、あえて自首を促す形で、学生たちを自室へと戻らせた。

「ちゃんと寝なさい」

「「は、は~い」」

 とはいえ、踊り場から見える夜の街は、山並みや三日月と相まって、とても綺麗だ。

「まあ…こんなにきれいな夜景だもの。二人切りにも なりたいわよね…」

 それにしても。

 一人になると、思う。

「はぁ…私、心が狭すぎるわ…」

 少年の善行を、女子のバストの大きさで嫉妬してしまう。

(こんなんじゃ…三四郎くんに呆れられ–)

「てしまうとかっ、そんな話じゃなくてっ!」

 少年の正しい行動と、年頃の少女の羞恥は、よく解る。

 由美子が気にしているのは、あのバストに三四郎の心が吸い寄せられてしまうのではないか。という恐怖である。

 だから、自分に言い聞かせる。

「私は教師なんだからっ、生徒に対して、変な勘ぐりとか、ダメでしよう!」

 と自分を叱咤していたら、背後の扉が開けられた。

「由美子先生。ここでしたか」

 扉を開けられたタイミングで振り返ったら、眼鏡の少年が顔を覗かせている。

「あ、葵くんっ!」

 いま考えていた少年が顔を見せて、心臓が跳ねた。

「ど、どうしたの? もう消灯の時間でしょ?」

「昨日は通路におられましたので、今日は外周りかと推測しました」

「答えになってないし、そんな推測しなくていいの!」

 三四郎を想っていたとバレてしまいそうで、由美子は焦りを隠せない。

 同時に、今夜も自分を見つけた少年に、ドキドキしてしまうのだった。


                     ~第二十五話 終わり~

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