第一夜 悪魔は天使を守りたい

私の何にも執着しない冷徹に見えるほどの合理的なその気質は「魔王の血を引くベリアル家らしい」とよく言われていた。



「マリアン!よそ見をするな!竜吐息ドラゴンブレス



私に向かってきた攻撃を素手で受け止めると、腕が裂けて血が飛び散った。即座に攻撃に反転した相方リンドラのおかげで追撃は来なかったが、結構深く傷をつけてしまった。


いつもなら防衛の水魔道を自らに施して守りきれる、そんな大したことない攻撃だった。でも、完全に意識がそれていた。

天使の王女ソフィア様に訓練場から外れた魔力球が当たるかもしれないとわかった直後、防衛のための水魔道を発動させていた。それも出力し過ぎの、どう見ても過剰防衛だった。



「マリアン、いくら殿下が強くても私たちが足を引っ張るわけにいかないでしょう」

「失礼しました。リンドラ、助かりました」



露骨に舌打ちをくれたのは戦闘訓練でペアを組んでいる同僚、ペトロネア殿下の護衛リンドラ・ナーガだ。


怒るリンドラを表情豊かだと思ったら、私をからかうように笑っていた表情豊かなエデターエルの王女が頭を過ぎっていった。

天使らしい緩やかに波打つ美しい金髪に、晴れた日の空のような淡い空色の瞳はまるで生命のない人形のようだったが、彼女が笑った瞬間、人形に生命が吹き込まれたようで思わず魅入ってしまった。あの瞬間を思い出してしまった。



「マリアンにしては珍しいじゃん。あーあ、結構深くいったね。とりあえず俺が魔導具使っとこうか?」

「シジル、気持ちだけで。エウロラがいればすぐでも、私たちに癒しの適性がほとんどないから魔導具も使うだけ無駄でしょう」



戦闘が得意な魔族ほど癒しの魔法が苦手だ。とても高価な癒しの力が込められた魔導具を使ってすら応急処置しか施せない。



「止血だけしとかないと、ってお前、目の色変わりはじめてる。学院でよそ様の血を奪うなよ」

「わかっています」



吸血鬼とは不便なものだ。怪我をしたり、病を得ると魔力が豊富な血液を欲してしまう。自力で生成する魔力量を越えて魔力または血液を使うと、獲物を探すために目の色が変わる。


ペトロネア殿下から渡されている小瓶を煽る。中身はペトロネア殿下の血だ。さすがと言えば良いのか、すぐに魔力欠乏による発作は収まった。ついでに多少、傷も治った。完全ではないもののすぐに処置が必要な状態からは脱した。

シジルに傷口を縛ってもらって、そのまま戦闘訓練を続行した。私たちはいつ首を捕れるか、同族にいつも見られている。弱味を見せるわけにはいかない。その後は注意していたせいか、特に事故なく、順当に勝ち残って授業は終えた。



「リンドラ、紙の課題は私がまとめてアルミエル教授に持っていきます」

「さっきのお詫びね、わかった」



リンドラから手渡された課題を受け取る。それを見ていたペトロネア殿下がさも楽しそうに笑ったので、思わず側近で揃って振り返ってしまった。


加護神シャムシアイエルを奉る魔族たちが住むフェーゲ王国を統べる魔王は「国に感情を捧げた」と神話で語られている。

創世記のころの魔王には、特に感情がなかった。合理的な判断を下せるものの、感情がないために魔王は統治者としてこだわるものがなく、国を維持できても繁栄させられなかったという。


その時代の魔王と比べても、ペトロネア殿下はとても魔王らしいと称される。意味もなく笑う真似をしたりしない。



「マリアンにが現れたようで私は嬉しいよ」

「ペトロネア殿下」



くすくすと楽しそうに笑いながらも、なんの感情も浮かんでいないペトロネア殿下は私よりもずっと魔王の血が濃く現れていて、神話の魔王らしい。


創世記から幾ばくかの時間が立って、加護神シャムシアイエルは魔王にあるものを贈った。それはとても貴重なだったという。

そのにより、フェーゲ王国の繁栄が約束されて、今日までフェーゲ王国が続いているという。聞き飽きたぐらいの神話だ。



「マリアンも魔王の系譜でしょう」



そう言ってニコリと、私のに賛成の意を示してくれるペトロネア殿下にため息をつく。


確かにベリアル家は魔王の血を引く悪魔の一族だ。フェーゲ王国で有名どころの家を挙げられたら必ずベリアル家は入る。でも、ペトロネア殿下が言っているのはそういうことではない。



「エリザベート様のそういうところ、私は信用している」

「母を評価いただき、光栄です」

「怪我はそのままの方が良いね、そのままお行き、マリアン。私ですら魅了されそうになったあの美しい王女様に会えると良いね」

「マジか」



ペトロネア殿下の言葉にシジルが声を出して驚く。私たちは天使なのに天使名を持たないソフィア様をすでに調べていた。天使なのに強い自我を持ち、天使の特性を持ち合わせない出来損ないの王女と聞いていた。

実際に歓迎の宴では魅了のポーズを使いながら一切私に魅了を放ってこなかった。だからソフィア王女は力を使えないものだと思っていた。


その王女様にフェーゲ王国で最も強い王子が魅了される?それも魅了の力をもつ吸血鬼の母親を持つペトロネア殿下が?

それはつまり、私はソフィア様からしたら弱くて魅了するほどでもない相手だったということか。


思わず腕に力が入りそうになり、呼吸に合わせて力を抜いた。せっかく塞がってきている傷が開くような愚行をおかすわけにはいかない。



「あぁ、リンドラ、安心すると良いよ。マリアンは魅了されたわけではないから、かの王女様はマリアンと同等もしくはそれよりも強い。彼女の力が発動するのは、私ぐらいだろうね」

「まさか!ペトロネア殿下、ソフィア殿下は天使ですよ」

「学期末には理解できるよ」



相変わらず常人に理解できない未来を確定事項として話すペトロネア殿下に混乱する。



「マリアン、ゆっくりしておいで?」

「かしこまりました」



ペトロネア殿下から遠回しに早く行けと言われて我に返った。大人しく恭順の姿勢をとってから、アルミエル教授の部屋に向かった。

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