第13話 天使は策略を探る

「風の神シナッツェルの御加護を賜りますようお祈り申し上げます」



よよよ……と涙を流して別れを惜しむ母を思わず冷たく見てしまう。周りの天使たちは母のその心に感化されたらしく、涙ぐんでいる。


記憶を掘り返しはじめるが、コレと前に話したのは何年前だったかな。私は色々なことに興味があるから、あまり会わないと忘れちゃうんだよね。



「光の神バルドゥエルが微笑まれますよう」



そんなわざとらし過ぎて気味悪い集団にドン引きしていた私の横で、ラファエル兄様が卒なく挨拶を述べる。

そんなこんなで、私は両親(仮)と目が合うことすらなくフェーゲに行く前の出国の儀式が終わる。七斗学院を経由して転移陣で飛ぶだけなんだから、そんな別れの儀式いるか?と私は思ってしまう。


まあ、そう思ってるのは私ぐらいなのかな。


転移陣の間、王宮に務める精霊たちがふんだんに魔力を込めた努力の結晶ともいえる植物のアーチの手前に、ラファエル兄様の婚約者レリエルが待っていた。もちろん私を睨みつけるアリエル付き。



「時の神クィリスィエル……」



長々としたお別れの挨拶を述べ始めたレリエルを横目にアリエルを観察する。私のこの間の考えが正しければ、アリエルが映しているのはレリエルの心。

まさかラファエル兄様に世話を焼かせている私のことが憎いのか?結婚すれば妹よりも親密になるのは確かなのに、そんなことでここまで憎む?



「ソフィア」



ラファエル兄様に呼びかけられて思考の底から戻ってくる。どうやら今生の別れ並みの悲しみようのレリエルとのお別れは済んだらしい。


転移陣を動かすのは私だ。魔力量的にラファエル兄様だと2人を運ぶのは重すぎる。転移陣に手をついて、問題ないことを確認する。行先も間違いなく七斗学院。



「ラファエル兄様、良いですか?」

「もちろんだよ」



魔法陣に魔力を込めると、白墨で描かれた陣が黄色の光を帯びて輝く。一瞬でぐるりと世界が回って、見慣れた学び舎に到着した。



「時の神クィリスィエルのお導きに感謝いたします」



そう言って出迎えてくれたのは、これもまた見覚えのある魔族だった。マリアンと、もう一人はシジル・アスダモイというペトロネア殿下の側近の一人、ついで言えば今のフェーゲの宰相トビトの息子だ。

豪華なお出迎えといえば良いのか、成人がいないことにツッコミを入れたら良いのか微妙なとこだ。



「離宮にて、我が母エリザベートが待機しております。ご滞在の間は、我がベリアル家が守護の神シナッツェルの役目を賜ります」



なんとなく読めたぞ。要はこのエデターエルからの賓客をもてなすのはペトロネア殿下の派閥、つまり純悪魔派と誇示する気か!

妙な納得を得たところで、シジル・アスダモイとラファエル兄様がフェーゲ王国の転移陣に入る。どうやら私を転移させるのはマリアンらしい。



「マリアン?」

「御守りはつけてきていますね。ソフィア様、約束して欲しいことがあります」

「なにを?」



会話をしながら、私のつけているマリアンから渡されたブレスレットにマリアンが魔力を流し込む。

うぅ……、マリアンと魔力差がさほどないから庇護されてる安心感よりも私自身の力と反発するから違和感の方が強い。


とはいえ、私の魔力じゃこの御守りを動かせないから防御魔法を展開するにはマリアンの魔力が必要だ。



「もし、御身が危険に晒されたときには魅了を使ってください。その場にいる誰を魅了しても構いません」

「え?」

「フェーゲの情勢は聞いているでしょう?ペトロネア殿下へ瑕疵をつけるために、国の賓客であるあなたがたを狙う者が出るかもしれません」

「うへぇ、そこまでか」



やっぱり私が行くのは危険かもしれない。天使のくせに魅了を使って庇護者を得られないのはキツイのかも。



「マリアン」

「どうしました?」

「私はね、第七だからエデターエルからしても、さほど重要でもない。だから身を守るよりも、信念を通すよ」




そう言って笑う。魅了を使わないと言えば、誰かしら護衛をつけてもらえるはずだ。少なくとも護衛なら私より強い。いざとなれば襲ってきた不届き者を魅了して身を守れると思われてるより安全だ。


唇を震わせて何かを言おうとしたマリアンはゆっくりと目を伏せた。

自惚れでなければ、マリアンはいくらか私に親愛の情をくれていて、心配してくれている。ラファエル兄様以外からこういった感情を向けられるのは少しこそばゆい。



「あなたならそういうかもしれないと思っていました」

「さすがマリアン。さて、兄様たちは転移陣から降りたみたいだし、私たちも行こうか。

それに、魅了以外の天使の特性知らないの?ラファエル兄様を口説き落とせたなら、天使は心理戦でよい戦力になるよ?」



それを聞いたマリアンが僅かに眉をひそめたから、エデターエル国外では知られてない天使の特性なのかもしれない。



「天使は相対する相手の心を読む。色を見るって言うんだけどね。魅了が弱い子はそれで世渡りしている。ちなみに私は見ないよ、だからラファエル兄様を口説くんだね」



普段から私に色々と融通をきかせるマリアンには少しサービスをしておこう。天使といるだけで与えられる多幸感がない分、分かりやすいお返しが必要だ。



「エスコートは私の役目です」



なにかを考え始めたマリアンの目の前に、エスコートするホスト側の手の出し方をすると、呆れたような顔でくるりと手を入れ替えられた。



「行きますよ」



人の魔力で移動するのは初めてだ。人の魔力で転移すると酔うと聞いたからそっと目を閉じて、移動の感覚に馴染んだ。

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