第8話 悪魔は魅了する

七斗学院の学院イベントの一つ。各国の思惑入り乱れる全員が強制参加のお茶会だ。

何をどう見ても外交手段になっている禍々しいイベントだが、天使たちからしたら誰が誰を魅了しているかを明示する良い機会となる。


案の定、大人気なのはフェーゲ王国のペトロネア殿下の側近たち。


まあ、ペトロネア殿下の魅了が強過ぎて、微塵も天使の魅了が通ってないのが笑える。一番魅了に弱いはずの竜族のナーガ、先日竜ドラゴン吐息ブレスを使っていた少女ですら、ペトロネア殿下から目を外さない。

純天使よりも魅了が強い悪魔ってなんだよ。さすがは魔王第一候補。


そんなことを思いながら果実ジュースを飲んでいたからか、妖しい微笑みのひとが近づいてきた。



「光と幸運の女神バルドゥエルの祝福を得たようです。贈り物は気に入っていただけたでしょうか?」

「時の神クィリスィエルも、風と土の神は引き裂けないでしょう」



私の返答が意外だったのか、マリアン……そう、マリアンと呼び捨てるように言われた。マリアンの目が僅かに見開かれる。


マリアンは「美しいあなたに会えて嬉しい」といったご挨拶をくれたのに対して「いくらイタズラ好きな神様が居たとしても、夫婦を会わせないことはできないでしょう」と私が返答した。


会場の空気がざわりと揺れる。


まあ、あまり長いことこの演技をしているとエデターエルは私を手放すのに躊躇しないだろうから、早めに終わらせた方が良い。マリアンが本当に私を押し付けられちゃったら可哀想だ。



「マリアン様と離れる時は、闇の神が眷属ピオスエラに魅入られているようでした」



そう言って、胸の前で手を合わせ、緩く目を伏せる。歓迎会のときにマリアンにした仕草の次に魅了の力が強い仕草をマリアンに向けてみた。もちろん私なんだから魅了の力なんかこもるはずがない。


魅了されてるフリで炙り出す輩がいるなら、過剰なぐらいでよいだろう?


フェーゲ王国には純天使はいない。混血天使も力が強い子はいないと聞くから天使の魅了に詳しい人がいない。

だから、私から力を向けられたように見える本人が魅了されてるフリをしたら周りは信じてしまうだろう。



「癒しの女神アスクリィエルの祝福と風の神シナッツェルの御加護を祈りましょう」



マリアンは艶やかな笑みで、私の手をとり、手首にキスをくれた。


「離れている間、苦しいほどに寂しかった」「その寂しさを癒して、あなたのことを守りましょう」というコテコテの演技だ。

ついでにキスも執着を意味するキス、魅了された人が取る典型的な行動だ。


そんな絵本にでも書いてありそうなあからさまな演技だが、マリアンの色気に当てられたらしいアリエルが気を失いそうになっている。


やっぱり私は普通の天使とどっか違うらしい。


ゆっくりとした動作で私を引き寄せるマリアンに天使らしく応じる。細部の動作にまで気を配る。

奇人変人の王女でも教育だけはラファエル兄様の一流の教育が施されている。バッチリだ。



「さすがですね」

「これで十分かな?結構めんどくさいんだ、早めに終わらせて欲しいね」



マリアンに抱き寄せられたこの状況で耳元で囁かれる言葉はロマンス小説なら愛だろうけど、現実は策略について、現実は物語と違って真っ黒だ。



「ソフィア様」

「ペトロネア殿下、時の神クィリスェルのお導きに感謝いたします」

「時の神クィリスェルの祝福をいただいたようです」



おっと、麗しのフェーゲ王国のペトロネア殿下からのご挨拶だ。社交用笑顔でさえ、天使が霞む。


今日のお茶会は素敵だね。うちのマリアンは優秀でしょう?みたいな会話をしていて、一部の魔族たちが不自然な行動をしているのに気がついた。

他国のことだからあまり詮索したくないけど、なんでマリアンが私に誑かされるのが良い釣りになるのかがわからない。


私の近くにいた人間の目が虚ろなことで気がついた。


もしかして、ペトロネア殿下、魅了が全開か!!?


ラファエル兄様の魅了に慣れている私からしたら何ともないけど、それはまずい。むしろ、これだけ強い魅了向けられてマトモなのは希少だ。



「ぜ、ぜひ俺に微笑みかけてください!」



私の後ろの方にいた人間がペトロネア殿下の足元に身を投げ出す。こういうのは一人やり出すとみんな伝染するんだよね。


あーぁ、想像してたけど、やっぱり。


死屍累々だよ。たまにラファエル兄様が受けているのを見かける。



「さて、混沌の神カオシエールは降臨した」



ペトロネア殿下はそう言うとマリアンとは異なる種類の笑みを浮かべて、死屍累々のひとたちを一瞥してお茶会を退出されていかれた。

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