第6話 天使を庇った悪魔

ちょうど今アルミエル先生と噂をしていたマリアン・ベリアルだ。


思わずカッと頬に血が上る。これじゃあ、まるでロマンス小説でありがちな「あの人、私のことが好きなのかしら?」みたいなところに本人来ちゃった状態じゃないか。

うわぁぁぁと叫んで転げ回りたいが、腐ってもエデターエルの王女としてそんなはしたない姿は見せられない。



「ソフィア、ソフィア、起きれるかい?」

「え?ぁあ、すみません。アルミエル先生」



寝てないのに何をと言おうと思ったが、いくら天使の才能のない私でもアルミエル先生の意図は察した。王女が机に突っ伏しているはしたない姿を他国の人に見せられないよね。



「水の神ハーヤエルのように袖に隠していただき、有難く存じます」

「土の女神ネルトゥシエルを庇護するは水の神ハーヤエルの使命じゃの」



天使らしい会話を交わして、私がしっかりエデターエルの王女モードに入れたのを確認したからか、アルミエル先生の黄色の刺繍がされた袖が下げられる。


扉の近くにいる彼の緩やかなウェーブのかかった前髪からのぞく蒼い瞳が訝しげに細められる。

うわぁ、ペトロネア殿下が近くにいるときは気が付かなかったけど、この人も相当強いな。私と同じぐらいの魔力量で王族じゃないとか、さすがフェーゲ。



「ソフィア様?時の神クィリスィエルの思し召しでしょうか?光の眷属ロキニエルの御加護を給われたようです」

「時の神クィリスィエルも気まぐれを起こすことがあるようです」



社交用の笑顔と一緒に「間を開けずに会えて嬉しいよ」を神様表現をふんだんに使ってご挨拶くれた。習って私も「私も会えて嬉しいよ」を天使的に表現した。



「うむ、マリアンくんの表現は上手じゃぞ。光の神バルドゥエルに微笑みかけられたようじゃな」



そうか、他の国の人からしたらアルミエル先生はこういう表現を練習する相手なのか。私の奇行を見ているはずのマリアン・ベリアルが私を天使扱いしてくるから動揺した。


頬に手をあてて、熱を逃がす。



「アルミエル先生、クラスの課題をお持ちしました」

「結構じゃ」



近づいてきたマリアン・ベリアルの臭いに思わず目を見開く。

こいつ、こんなに涼しい顔して、怪我してるのか!よく動き回れるなと思うほど、血の臭いがする。



「待って!」

「ソフィア様?!」



私が急に手を握ったからか、マリアン・ベリアルは手を振りほどこうとして静止する。


乱暴に扱うと天使はサクッと骨が折れたりするのを思い出してくれたらしい。まあ、普通は条件反射でもそういう対応が取れないらしいけど、私はもう天使の力が……以下略って感じだ。


手が震えるほどに酷いならどうして治療せずにウロウロしているんだか。あのペトロネア殿下が気が付かないわけないから、さっきの戦闘訓練か。


私たちを庇ってそんな怪我してたなんて。ペトロネア殿下の側近たちは強いから大丈夫だろうなんて甘い見方をしていた自分を反省する。



「癒しの女神アスクリィエルよ。我が力を糧に癒しを与えたまえ。望むは快癒、痛みと苦しみからかの者を解き放ちたまえ」



服を脱いで怪我している傷口を見せろと言うわけにはいかないから祝詞を唱えて最大出力だ。私のこれで癒せないのは死人だけ、病気は癒せないが怪我ならこれで全快するはずだ。



「ソフィア様……これは」

「闇の神が眷属ピオスエラに魅入られているようでしたから。アルミエル先生、それでは時の神クィリスィエルのきまぐれまで。ごきげんよう」



思いつきと暴走でやらかした自覚はあった。王女直々に怪我の治療するなんて、通常なら相当な額を吹っ掛ける事案だ。無償で、それも他国の者に施すなんて普通の天使なら有り得ない。

普通の天使は魔力量が少ないからね。あのレベルの癒しを与えたら寝込む。


適当に歩いて、広い中庭に出る。


その辺のベンチにでも腰掛けて頭を冷やそうと思うや否や、腕を掴まれた。

掴まれると言っても全然力は入っていない、壊れ物に触れるようににそっと触れてくれている。



「ソフィア様、時の」

「前に言ったと思うけど、私は直截な表現が好きだよ。いいよ、ちょっと話そうか」

「わかりました。お時間をいただけて光栄です」



逃げないというか、追いついたからには逃げれないと判断したのか、エスコートするように手を差し出してくれた。手首から除く血のにじむ包帯が痛々しい。



「こちらこそ、話さないといけないと思ってた」



私があまりに天使らしくないからか、見下ろしてくる瞳が分かりやすく好奇心を教えてくれていた。

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