第25話 2日目 恐怖のワンダーフォーゲル

 



 一年の女子、羽生はにゅうエマがリタイヤした後の行程は順調だった。


「大丈夫か、雪峰ゆきみね

「うん。まだ大丈夫だよ。師匠」

「嫁を気遣う影のあるイケメン……あり寄りのありね」

「おいガク、もうすぐゴールだぞ。新井も頑張ったな」

「ふぁああ、疲れました……」


 各チェックポイントを巡り、ゴール前に戻って来たのは午後三時半過ぎ。

 規定時間の三〇分前だ。

 俺たちはゴールが見えるところで、アウトドアチェアーに腰掛けたりレジャーシートの上で休んだりしなから、規定時間の午後四時を待っていた。


 不意に、茂みを踏みしめる音がした。


「やあ、僕はワンダーフォーゲル部の部長にして生徒会長の、三年の瀬戸せと慎吾しんごだ。よろしくね」

「ああ、どうも……」


 突然の友好的な自己紹介にとりあえず会釈を返すが、それより何よりいきなりの先輩登場に、班の皆も戸惑っていた。


「君たちのリーダーは……大門だいもんさんかい?」

「帰れ、そしてくたばれ」


 にこやかに話す瀬戸せとさんに、いつも以上の辛辣さで応対するのは、万能少女の大門だいもんすず先輩だ。


「ははは、嫌われてしまったようだね。でも僕は諦めないよ。そして、雪峰ゆきみねさんと、そこの女の子……も、ぜひよろしくね」

「はあ」


 疲労のせいか、雪峰ゆきみねは気のない返事だ。どことなく栗色の髪にもいつものツヤが無い。

 女の子に間違えられた新井に至っては、疲労プラス放心のせいか何も答えない。

 しかし返事をしようとしまいと、なおも瀬戸せと先輩の弁舌は止まらなかった。


「おや? 君たちの班は六人だったはずだが……あの一年生の可愛らしい子はどうしたんだい?」

「途中でリタイヤしました」


 なんとも嫌味ったらしい言い方の瀬戸せと先輩に、簡潔かつ拒絶気味に返す。


「おお、脱落者を出すなんて、なんて罪深いことだ。これでは、リーダーの資質が疑われても仕方ないね」

仄暗ほのぐら安置所モルグに帰れ」


 両手で頭を抱え、オーバーリアクションで嘆く瀬戸せと先輩に、大門だいもん先輩の辛辣しんらつな罵倒が飛ぶ。

 が、どこか嬉しそうに口角を上げて、本当に仄暗い目で俺を見つめてきた。


「そうか、君がリーダーか。学園を代表する美女二人を従えるにしては、少々うつわに問題がありそうだ」


 ──よく喋る人だな。


「別に、好きでリーダーになった訳じゃないので」

「はは、おまけに責任感も無いときたか。君とは良きライバルになれそうだと思ったのに、残念だよ」


 あー、そっすかー。

 ライバルなら同じ三年生から探してください。


 瀬戸せと先輩は言うだけ言って満足したのか、顔を歪めて笑いながら茂みの向こうに消えて行った。


「本当、嫌な奴」


 吐き捨てるように呟く大門だいもん先輩に視線を向けると、本当に嫌そうな顔をしていた。


「あいつ、しつこいのよ。罵詈ばり雑言ぞうごんも養分にする変態だし」


 たしかに。

 さっきの言動からして、しつこさというか、ねちっこいだろうとは思う。

 あと、大門だいもん先輩は瀬戸せと先輩を嫌いな事は十二分じゅうにぶんに伝わった。


「嫁も気をつける方がいい。あいつに目をつけられたら厄介」

「大丈夫です。私もあの人、嫌いなので」


 嫌い、と一刀両断する雪峰ゆきみねも、嫌悪感を抱いているようだ。


「リーダーの資質が無いって、師匠がどれだけ優しいかも知らないくせに」


 あ、嫌悪感じゃなくて怒ってたのか。

 つかな、雪峰ゆきみねさんや。

 俺の中身を知れば知るほど、リーダーの器じゃないことの確認にしかならないぞ。

 コミュ障で単独行動好き。

 そんな奴には、どこにもリーダーの資質はない。

 あってたまるか。


「そういえばさっき瀬戸せと先輩が言ってた、ワンダーなんとかって、なんですか?」

「ワンダーフォーゲル、な」


 ワンダーフォーゲル。

 ドイツ語で渡り鳥、以上。


「ワンダーフォーゲルは若い年代のアウトドア活動で、発祥はドイツよ」


 大門だいもん先輩は、懇切丁寧に新井に説明を始める。

 その傍ら、岩谷いわやは何かを考え込んでいた。


「思い出したぜ。あいつ、地元の議員の息子だ」


 地元の議員、ねぇ。

 議員の息子が全員あんな奴とは思わないけれど、妙に納得してしまう。


「とにかく、ワンゲル部には注意が必要」


 注意喚起する大門だいもん先輩に皆が頷くことで、その話題は終了した。


「あーもう、せっかく気分良かったのに」


 雪峰ゆきみねが嘆くが、それは皆同じだろう。


「ボク、男らしくなりたい、なぁ」

「マキちゃんは、可愛いのは嫌?」


 相変わらず雪峰ゆきみねは、新井をマキちゃんと呼ぶ。

 まあ、長巻ながまき という名前は、少々呼びにくいのは分かるけど。


「ボク、小さい頃から女の子に間違われてたから」


 シートの上で、新井は体育座りの膝に顔をうずめてしまう。


「まあ、なかなか望んだ自分には、なれねェよなー」


 岩谷いわやも、遠い目をして空を仰いでいた。


 規定時間の四時が近づく。

 そろそろゴールの準備を始めようと立ち上がった時、雪峰ゆきみねの悲鳴が耳を貫いた。

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