第21話 1日目 師弟の夜

 


 岩谷いわやと俺──鹿角かづのがくは、雪峰ゆきみね明里あかり羽生はにゅうエマを探しにコテージを出た。

 新井くんには連絡係としてコテージに残ってもらっている。


「ったくよォ、あの一年が現れてから、ロクなことが起きねェ」


 岩谷いわやの言う通り、あの羽生はにゅうエマがトラブルメーカーである事は否定出来ない。


 雪峰ゆきみねはそれを知っていたのか。

 そもそも、初対面では無かったのか。

 頭の中で、良くない考えが回り続ける。


 小一時間ほどかけて全てのコテージの周りを探したが、羽生はにゅう雪峰ゆきみねも見つからなかった。

 懐中電灯片手に途方に暮れていると、ポケットの中でスマートフォンが鳴った。

 たぶん新井くんだ。


「……羽生はにゅうは帰ってきた、らしい」


 新井くんからのメッセージを見ながら、岩谷いわやに報告する。


「一人でか。なら嬢ちゃんは何処で何してんだ」

「分からん。とりあえず俺らも一度戻ってみるか」


 コテージまでの帰り道、俺たちは無言で歩き続けた。

 口を開けば、きっと羽生はにゅうを責める話題になってしまうから。

 事情を知らないまま、羽生はにゅうを悪く言うのは嫌だ。

 それに、羽生はにゅう雪峰ゆきみねが一緒に行動していたとは限らない。


 とにかく、情報が欲しい。


 コテージの前にたどり着いた俺は、レンガ造りのかまどに人影を見つけた。


「ちょっと止まってくれ」

「あん?」

 

 並んで歩く岩谷いわやを制止して、様子を見る。

 かまどに腰掛ける人影。

 月明かりに浮かぶあのピンクのパーカーは、雪峰ゆきみねが着ていたものに見える。

 フードを被っているためその髪色は確認できないが、十中八九。


「──雪峰ゆきみねだ」


 安堵とともに、苛立ちが募る。

 が、岩谷いわやは違ったようだ。


「ま、嬢ちゃんが無事で何よりだ。あとはリーダー、任せたぜ」


 ポンと俺の肩を叩いて、岩谷いわやはコテージに戻って行った。


 ひとり取り残された俺は、気づく。


「アイツ、厄介ごとを俺に押しつけて逃げやがった……」


 リーダーなんて、引き受けるんじゃなかった。





 覚悟を決めた俺は、歩を進める。

 向かうはレンガ造りのかまど。雪峰ゆきみねがいる場所だ。


 湿った土を踏みしめて、一歩一歩近づく。

 そして、俺がかまどの前に立つと、雪峰ゆきみねはフードの中から俺を見つめる。


「師匠……」


 俺は、第一声にかける言葉を選んでいた。

 が、元々コミュ障の俺には、気の利いた言葉なんぞ浮かぶはずはなく。


「ちょっと待ってろ」


 そう言い残して、小細工のための道具を取りにコテージへ戻った。


 道具を持って再びかまどへ向かうと、先程と変わらない姿で雪峰ゆきみねは俯いていた。

 俺は、雪峰ゆきみねの前で持参した道具──焚き火台を組み立てる。


 細い薪を傍らに置き、その何本かをナイフで削って、毛羽立たせる。

 フェザースティックと呼ばれるものだ。

 こうする事で、火がつきやすくなるのだ。

 何本かをフェザーにしたら、次は麻縄をほぐし始める。

 雪峰ゆきみねは無言で、俺の作業をフードの奥から見ていた。

 麻縄を繊維状にほぐして、綿のように軽く丸める。


 小さなファイヤースターターを取り出して、棒状のロッドを麻縄の綿にあてがう。

 ナイフの背をロッドに押し当てて、一呼吸。

 ロッドを一気に引き抜いた。

 バチバチと火花が出て、あっという間に麻の綿に着火する。


「すごい……一発で着火した……」


 漏らすように呟く雪峰ゆきみねを他所に、俺は火を育て始めた。

 フェザーの削りくずを煙を上げる麻の綿に混ぜ込み、軽く息を吹きかける。

 それをレンガ造りのかまどに移して、フェザースティックを一本くべる。


 取り出したのは、火吹き棒。

 といっても金属で出来た、ただのストローみたいなものだ。

 ピンポイントで息を吹いてやると、麻の綿からフェザーの羽の部分に引火した。

 そこから太い部分に火を回らせ、何本か削ってあったフェザースティックを少しずつくべていく。


 火花は、火になり、炎へと成長した。


「やっぱり師匠、すごい」


 別にすごい事は無い。練習すれば誰でも出来る。

 そういう方法だし、そのための道具だ。


 俺は無言のまま、クッカーにペットボトルの水を満たす。

 それを焚き火に組んだ薪の上に、じかに置く。


 じっと見つめる雪峰ゆきみねの前で、湯が沸騰した。

 シェラカップに粉末を入れて、沸騰した湯を注ぐ。

 それをスプーンでかき混ぜると、あっという間にコーンポタージュとなった。


 冷たい、山特有の夜風が吹いた。

 ぶるると肩を震わせる雪峰ゆきみねに、湯気の立つシェラカップを渡す。

 俺の顔をしばし見つめて、ほんの少しだけ頷いた雪峰ゆきみねはカップを受け取り、フードの中で口に運ぶ。


「……おいしい」


 ほんの少しだけ、雪峰ゆきみね明里あかりまと強張こわばった空気が弛緩した。

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