第16話 1日目 クセが強い一年生

 



「という訳で、新しいお友達を紹介しまーす。ドルルルル、ジャジャーン!」


 くちドラムロールからの口効果音を決めた雪峰ゆきみね明里あかりは、学校ジャージ女子あらため男の娘もとい新井長巻ながまきに向けて、両手をひらひらさせる。


「マキちゃんでーす!」

「おい」


 軽くたしなめるも、当の雪峰ゆきみね本人は満面の笑顔だ。


「ほほー、流石オレらのリーダー、ナンパ師だぜ!」

「ふむふむ、やはりわたしが見込んだ通りの逸材」

「ち、違いますっ、ボク、男の子ですってば!」


 岩谷いわや亮司りょうじ大門だいもんすず先輩は、凍りついた。


「え」

「は」


 大きな声を出して恥ずかしいのか、男の娘もとい新井くんは太ももの間で両手をもじもじさせる。

 うん、仕草がもう女の子だね。


「コレが、男子だってーのか!?」

「……負けた。理由もなく叩きのめされた気分」


 長いまつ毛にパッチリお目々。

 顎のラインは細く、青みがかった細い髪はキューティクルたっぷりのショートヘア。

 線の細い小柄な体型と相まって、どう見ても……ボクっなんだよなぁ。


「やっぱりボクなんて……」

「気にすんな」

「師匠……!」


 しゅんとしょげる新井くんの細い肩をポンと叩く。

 つか俺はキミの師匠になった覚えはないからね、新井くん。


「つか、ちゃんと自己紹介しとく方がいいんでない?」

「そ、そうですね」


 胸の前でギュッと小さく両拳を握った男の娘もとい新井くんは、目を輝かせて俺を見上げる。

 やばい、上目遣いの破壊力が。

 いや待て、待つんだがく

 どんなに可愛くても、相手は男だぞ。

 いや、もう男でも良いか……良いわけあるかい。

 モテなさ過ぎて新しい扉の前に立ちそうになった俺の横。


「は、はじめまして。ボク、新井あらい長巻ながまきです。よろしくお願いしますっ」


 ぺこんと頭を深く下げる新井は、師匠のおかげで男らしい挨拶ができましたっ! なんてのたまわっている。

 なにこのかわいさの集合体。


「お、おおぅ……」

「かわわわわわわわわ」

「はわわわ、師匠、すず先輩が壊れちゃった!」

「慌てるな雪峰ゆきみね、たぶん放っときゃ治る」



「ははは……すごく楽しそうな人たちですねっ」


 おおぅ、意外とポジティブだな。

 新たな仲間、新井くんを囲んで、話をしながら歩く。

 とにかくこれですへての条件をクリアした班の完成だ。


「とりあえず班結成の報告に行こう」


 リーダーらしく、先陣を切って歩き出す。


「きゃっ!?」


 左側に柔らかい衝撃が……ん? 柔らかい衝撃?


「痛ったぁ〜い、ひどいですぅ」

「ああ、すまん」


 衝撃は、女子にぶつかった時のものだったようだ。

 女の子座りで地べたにへたり込む女子へ頭を下げると、女子はにっこり笑って言い放った。


「ぶつかっできたお詫びとして、先輩の班に入れてください……ねっ」


 え。

 なにその理論。


「師匠……なんですかこの女は」

「いや知らん」

「えー、ひどいですぅ」

「どういうこと!?」

「だから知らんて」

「あんなに優しくしてくれたのにぃ〜」

「師匠!?」


 知らないのは本当だ。

 だいたい、たまたまぶつかっただけの俺の班に入れろなんて、暴論が過ぎる。


「あなた……遅刻してどこの班にも入れなかったのね」

「そそそ、そんなことないですよぉ、やだなぁ〜はは……」


 なるほど合点がいった。

 これだけ初対面の俺たちに話せるだけのコミュ力があり、しかも結構可愛い。

 そんな女子がなぜ班が決まらずに、ふらふらしていたのか。

 大門だいもん先輩のおかげで、その謎が解けた。


「で、何処の班にも入れなかったから、入れろと」

「やだなぁ先輩。こーんなに可愛い女の子が、誰にも誘われない訳ないじゃないですかぁ」

「そか、アテはあるんだな。それじゃ」


「あー! 待って待って! 待ってくださいよぉー」

「だって、こっちはもうお前を班に入れる必要性が無いし。あとなんかウザいし」

「ウザい!? このあたしが!?」



「ふむ、自覚症状無しとは……」

「世の中こわいですよねー」


「だ、だいたいそこの茶髪パーカーのビッチ先輩だって」

「失礼なこと言わないで! 私はビッチなんかじゃ……え?」


「取り消せ」

「え……?」

「取り消せよ」


「コイツはな、確かにモノを知らないバカだった。けど、学ぶことと反省を活かす努力が出来るヤツだ」

「えっと、その……そんなつもりでは」

「それにな、コイツの爪を見てみろ」


 俺は雪峰ゆきみねの手首を掴んで、ふざけた一年女子に向ける。


「コイツの爪、一回も長かった時は無い。作業の時に邪魔になるからな。これだけ真摯にアウトドアと向き合っているヤツに向かって、見た目だけでビッチとか言うな」


「ひどい……ひどいですぅ……」


 一年女子は泣き出したが、俺は知らん。

 俺に泣き落としは通用しない。


 泣きじゃくる一年女子を置き去りにして、俺は班のメンバー報告のために先生のもとへ向かった。

 後から雪峰ゆきみねが駆け寄ってくるが、振り返りはしない。


「師匠……ありがとう」

「気にすんな。売り言葉に買い言葉だ」


 俺は先生が座る長机に向かって一直線に歩く。

 先生に班員名簿の記入用紙をもらい、その場で書き入れる。


「ねえ……あの一年の子、班に入れてあげられないかな」

「どうして」

「どうしてって……入る班が無いみたいだし」


 俺は黙々とメンバーの名前を記入し続ける。

 そして、雪峰ゆきみね岩谷いわや大門だいもん先輩、新井、そして俺の名前を書き込んで、ペンを置いた。


「やっぱりダメ、かな……」


 雪峰ゆきみねは、縋るように俺の顔を覗き込む。

 その表情を見て逡巡した俺は、雪峰ゆきみねに背を向けて言い捨てる。


「名前」

「え?」

「名前。知らなきゃ名簿に書けないだろ。聞いてきてくれ」


 雪峰ゆきみねは、大きな声で「うんっ」と言い残して、皆の元へと走って行った。


 つか先生方。

 その生温かい目はやめてくださいね。

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