第12話 宴のあと

 


 バターを塗って熱した小さなスキレットに、皮をむいたくし切りのリンゴを並べて焼いていく。

 リンゴに焼き色がついたらひっくり返して、水で溶いたホットケーキミックスを投入。

 あとは同じ大きさのスキレットでフタをして、焚き火の上で焼けるまで放置。


 さあ、出来上がるまで俺も肉とポトフをいただこう。



「ん、何か良い匂いがする」

「本当だ、甘い香りがしてきた〜」


 最初に気づいたのは、岩谷いわやが連れてきた大門だいもん先輩だ。雪峰ゆきみねも鼻をひくひくさせて、甘い香りに気づいたようだ。

 岩谷いわやは相変わらず肉に夢中で、匂いにはまったく気づかない。


 そろそろ良い頃合いだな。


 焚き火からスキレットを下ろして、ひっくり返す。

 うん、中々良く出来てる。

 四つに切り分けてステンレス皿に乗せたそれを、フォークを添えてみんなの所へ運ぶ。


「うわぁ、美味しそう!」

「甘い香りの原因は、それね」


 女子二人のテンションが明らかに上がっている。

 対して岩谷いわやは、受け取った皿に鼻を近づけて、くんくんと匂っていた。


「簡単なデザートを作ってみた。よかったら食べてくれ」


 用意してきたプラスチックのカップに紅茶を注ぎながら、みんなを促す。


「ふむ、アウトドアで焼きリンゴのケーキと紅茶か。キミの旦那は中々しゃれているね」

「はわわ……だ、旦那!?」


 甘味に舌鼓したつづみを打つ大門だいもん先輩が、とんでもないことを口走った。

 ──冷静に見て、雪峰ゆきみねと俺が釣り合う訳がない。

 雪峰ゆきみね明里あかりは、ギャルだ。

 しかも飛び切りの美少女で社長令嬢。

 方や俺は、じいちゃんがキャンプ場を持ってはいるが、ごく普通のサラリーマンの息子だ。

 どう見たって俺の方が格下、社会的地位が違うのだ。

 今一緒にいるのだって、キャンプにおける師匠と弟子の関係でしかない。

 弟子は、いずれ独り立ちをする。

 ただ、それまでの関係。

 何も期待しないし、期待してはいけない。


 なのに何故。

 雪峰ゆきみねは笑顔でこちらをうかがっているのだろうか。

 いや、もしかしたら怒っているのかも知れない。

 その怒りを、笑顔で隠しているのだ。

 そうじゃないと、俺の平常心が危うい。


「おお、うめぇなコレ!」

「うん。リョウジに着いて来てよかった」


 こういう時に、岩谷いわやの底抜けなアホはありがたい。

 つか、お前らこそお似合いカップルじゃんかよ、リア充め。


「ええー、大門だいもん先輩と岩谷いわやくん、付き合ってないんですか!?」

「うん、わたしはリョウジの保護者」

「ああ? もうガキじゃねぇんだけど?」

「うるさい泣き虫リョウジ。黙って味わうといい」

「くっ……」


 ──どう見ても熟練カップルなのだが。





「いやぁ、食った食った」

「まさかデザートのあとにお肉のお代わりを食べるとは……やはりリョウジはまだまだ子ども」

「い、いいだろ。肉が旨すぎるのが悪い」


 俺も驚いた。

 まさかデザートのあとに、まだ肉はあるかと聞かれるとは思わなかった。

 しかし岩谷いわやの幸せそうな顔を見ると、頑張って肉を焼きまくった甲斐がある。

 雪峰ゆきみねが作ったポトフも綺麗に空になって、今日のおもてなしは中々上手くいったと思ってよいだろう。


「しっかしアレだな。鹿角かづのの焚き火テクニックは中々だな。焚き火マスターのオレに迫るものがあるぜ」

「同意。火加減が絶妙だった」


 た、焚き火マスター?

 初めて聞いた名称だが、そんな資格あるのん?


「今度は一緒にちゃんとしたキャンプやろうぜ。お前となら、いい焚き火が出来そうだ」

「いや、俺は……」

「わかってる、ソロなんだろ?」


 岩谷いわやは、腹をさすりながら満面の笑みを向けてくる。


「だったらお互いソロでいいじゃねぇか。隣どうしのサイトでやろうぜ」

「リョウジにソロは無理。焚き火しか出来ないくせに」

「オ、オレだってやる気を出せばソロキャンプくらいできるわ!」

「ふふふ……どうかしらね」


 岩谷いわや大門だいもん先輩の掛け合いは、見ていてなんとも和むな。

 しかし、隣どうしのサイトでソロ、か。

 それも良いかも知れない。


 ふと気になってちらりと雪峰ゆきみねを見ると、咄嗟に笑顔を作って向けてくる。

 その笑みに頷きで返した俺は岩谷いわやの提案に同意し、そのまま片付けに入った。


「わたし達も手伝う。リョウジ、スタンドアップ」

「まあ、肉の恩は返さねェとなぁ」

「いや、今日は鉄板をもらったお礼なので」

「そっか、わりぃな」


 でも、と粘る大門だいもん先輩を宥めて、あっさり座り直した岩谷いわやに目を向ける。


「今回の肉は、岩谷いわやにもらった鉄板のおかげで美味しく焼けた。ありがとう」

「おう、コッチこそごちそうさんな!」


 またしても能天気な岩谷いわやに助けられて、無事に解散となった。

 帰り際に大門だいもん先輩が雪峰ゆきみねに声を掛けていたが、離れていたので聞こえなかった。




 冷めた鉄板の焦げをヘラでこそぎ落としながら、雪峰ゆきみねの様子を見る。

 目がトロンとしていて、時折うつらうつらと舟を漕いでいる。

 やはり慣れない環境で疲れが出ているようだ。


「ちょっと休んでいいぞ」

「ううん、お片付けまでがおもてなしだから」


 なんだその、家に帰るまでが遠足みたいなヤツ。

 無理しても何にもならんのに。

 俺はガスバーナーに火をつけ、お湯を温め直す。


「ほれ、これでも飲んでろ」

「……ありがと」


 コーヒーを注いだシェラカップを手渡すと、雪峰ゆきみねは申し訳無さそうに受け取って、椅子に座った。


岩谷いわやくんと大門だいもん先輩、仲良かったね」

「そうだな」


 焚き火の燃え残りに火が無いのを確認して火消し壺に移しながら、雪峰ゆきみねの言葉に相槌を打つ。


「私も、頑張らないと」


 何かを決意したように、雪峰ゆきみねは拳を握って呟いた。

 その言葉の真意を知るには、まだ俺は雪峰ゆきみねを知らなかった。



   ──続




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