第7話 えっ百円!?

 


「ねぇ、次はどこ行くの?」

「あそこだ」


 ホームセンターを出たばかりの歩道で、俺は雪峰ゆきみねに指を差して見せる。


「へー、こんな所にアウトドアショップが……って、セリエじゃん、百円ショップじゃん!」

「今の百円ショップは、アウトドア用品の宝庫だぞ?」


 特にタイゾー、セリエの二大全国チェーンは、数年前からアウトドアに使えるグッズに力を入れている。


 店内に入って、お目当ての陳列棚へまっしぐら。

 途中、雪峰ゆきみねはお菓子の誘惑に負けそうになったりしつつも、しっかり着いてきている。


「ほれ、ここだ」


 食器売り場の背面の棚。


「え、これって……!」

「シェラカップだ」


 商品名は、ステンレス製の手付きボウル。しかしその形状は、アウトドアで使用する深皿カップ、シェラカップそのものだ。


「そして、こんな物もある」


 同じ棚の違う段。

 ハガキくらいの大きさの黒い鉄の板。


「これ、鉄板!?」

「ソロ用の鉄板だな」


 そしてこっちには。


「え、この板でクッカースタンドになるの?」


 雪峰ゆきみねは目を輝かせて、手に取った商品を見ている。

 しかしなかなか良い反応だ。つられて俺のテンションも上がってしまう。


「あれ、これってもしかして、百円ショップのモノだけでアウトドア料理、できちゃう??」

「おお、気づいたか」


 そうなのだ。

 固形燃料もあるし、ゴトクとして使えるクッカースタンドもある。

 シェラカップは食器扱いなので直接火にかけることは出来ないが、ここ百円ショップには使い捨てのアルミ鍋や、ミルクパンのような小さな片手鍋もある。


「師匠、早く使いたい!」

「まあ待て、週末の天気は、と」


 うん、晴れだな。

 これなら出来る。


「週末、百円ショップのアイテムを使って、練習がてらデイキャンプするか」

「おー! デイキャンプ!」


 この時、俺は忘れていた。

 今週末もじいちゃんのキャンプ場に泊まりに行く予定のことを。

 まあいいか。

 昼はデイキャンプ。

 その後ひとりでテント泊すれば良いだけだ。



 そして、土曜日の昼。

 じいちゃんのキャンプ場に来た俺と雪峰ゆきみねは、両手に百円ショップの袋を提げていた。

 なぜか雪峰ゆきみねはホームセンターで買ったテントを持って来ているけれど、デイキャンプの意味、わかってるのだろうか。


 まあいいや。

 幸い他のキャンパーはいないし、時間的にもテント設営の練習くらいなら出来るだろう。


 俺は、百円ショップの袋からレジャーシートを取り出して、芝生の上に敷く。

 雪峰ゆきみねはというと……なんでいきなりテント建てようとしてるの!?


「だって、キャンプ場にいてテントがあったら、そりゃ建てるでしょ!」


 若干ナゾ理論だが、何事も経験だ。

 ならば。


「俺は手伝わないから、トリセツ読んで自分でやってみろ」

「ふーん、師匠は私をなめてるね。よしっ、立派なテント張っちゃうんだからっ」


 そう言って屈む雪峰ゆきみねの太ももの裏側が見え……おい!

 もうちょっと警戒心を持って欲しいものだ。

 特に、夏のキャンプ場には野生動物よりも獰猛どうもうでタチの悪い猛獣がいるかも知れないのだから。


 雪峰ゆきみねがテントと格闘している間に、俺は持参した角型はんごう、メスティンにパスタと水、そして塩を入れる。

 百円ショップのクッカースタンドを組み立てて、焚き火用防炎シートの上に設置。

 中に固形燃料を置いて、毎度おなじみターボライターで着火。

 同時にもうひとつ、百円ショップのクッカースタンドを組み立てて、固形燃料をセット。こちらはレトルトのパスタソースを温める。

 雪峰ゆきみねの進捗具合を見つつ、調理を進めていく。


 三十分後。


「できたー!」


 喜びの声と共に、雪峰ゆきみねが両手を天に掲げた。


「師匠ー、見てみて!」


 が、俺はそれどころではない。

 今回のパスタは水をギリギリで茹でている。

 ほんの少しのタイムラグで焦げパスタになる仕様なのだ。


 五、四、


「ねー、師匠ー、見てよー」


 三、二、


「師匠ったらー!」


 一、ゼ……


「こっち見てよ!」


 突然雪峰ゆきみねに引っ張られて、俺はパスタを茹でるメスティンから離れてしまった。


「ね、すごいでしょ!?」


 まあ、トリセツ通りに組めば出来るようになっているんだけどなぁ。


「褒めて褒めて!」


 でも、まだ詰めが甘いな。


「フライシート、逆向きだぞ」


 一見完成したように見えるテントだが、前面入口のファスナーをフライシートがばっちり覆ってしまっていた。


「ゔゔ〜、ちょっと間違っただけじゃん!」

「そのちょっとが、テントの入口を無くしている訳だが?」

「もう、やり直すもん!」


 雪峰ゆきみねは頬を膨らませながら、掛けたフライシートを外し始めた。


 でもまあ、頑張ってるな。

 こいつのキャンプ熱は、本物なのかも知れない。


「──って、ああ!?」


 忘れてた!

 パスタが、パスタが……!







「もー、師匠、そんなに落ち込まないでよー」


 俺は今、焦げたパスタを目の前に、弟子である雪峰ゆきみねに慰められている。

 みっともない。恥ずかしい。

 学年一の美少女に師匠と呼ばれて、ちょっと調子に乗ってしまった罰だ。


「けっこう美味しいよ、ちょっとポリポリしてるけど」


 雪峰ゆきみねは笑ってフォローしてくれるが、正直味は微妙だ。


「でもさ、師匠言ってたじゃん。成功も失敗も、ソロキャンプは全部独り占めだって」


 ん?

 そんなこと言ったか?


「あと、遅くなっちゃったけど……」


 焦げたパスタの器を置いて、雪峰ゆきみねはこちらに向き直る。


「あの夜、助けてくれて、ありがとう。師匠がいなかったら私、凍ってた」

 

 深々と頭を下げる雪峰ゆきみねを見て、あの夜の光景が蘇る。

 名も知らぬ俺に声をかけて、助けを乞うた女の子。

 あの時は、サンシェードとテントの区別すらつかなかったのに。


 今はその女の子が、自分だけでテントを設営できた。


 彼女は、確実に進歩している。

 もっとキャンプを楽しむために。

 もっとキャンプで楽しむために。


 ──乗り掛かった舟、か。


 この子が一端いっぱしのキャンパーになるまで、俺が微力を貸そう。


 この子が、自分だけのキャンプで笑えるまで──


「ああっ!? 師匠、テント飛んじゃったー!」

「はぁ!? ペグは?」

「ペグ? なにそれ」


 ──はあ、長い道のりになりそうだ。


 かくして初の師弟デイキャンプは、なんとも微妙な結果となった。

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