墓参り

 私は、とある墓地の管理人をしている。


 あなた方もご存知かもしれないが、墓地の現状は悲惨なものだ。

 全国各地で、墓参に来る縁者も無く荒れ果てたままの墓−いわゆる無縁墓が問題となっている。

 そうはならず、お参りに来る者がいる場合であっても、彼らが皆かつてのように先祖に対する畏敬の念を持っているとは、到底言い難い。




 天候にも恵まれた彼岸の入り。

 私と同僚三人が詰めている事務所には、朝から訪問客と電話が途切れない。

 久々の墓参りで自分の家の墓の場所を忘れてしまった、などというのは序の口。車で来たら墓参渋滞に巻き込まれた、暇じゃないんだぞ、と凄まれたり。果ては、忙しいので代わりに墓の掃除をしておいてくれ、などと言う電話まで来る始末。


 無縁墓と思しき墓の隣近所からももちろん苦情が入る。確かに、すぐ側に荒れ果てた墓があるのでは良い気もしないだろう。これについては私達から墓の持ち主にコンタクトを取ることになるのだが、そこは無縁というだけあって、すんなり連絡がつく方が珍しい。仮についたとしても対応を拒否されるのがオチだ。

 曰く、血縁者とは言え自分からは遠い人間なので実感も何も無いとのこと。ならば墓じまいをして欲しいところだが、そのための費用も勿体ないのだそうだ。何とも寂しい話ではないか。




 息つく間も無く時間が過ぎ、気づけば夕方の閉園時間である。園内放送を流し、車や人が列になって去って行くのを見届け、私達は誰とも無く笑い合った。


「お疲れ様。何とか乗り越えたな」

「明日も大変そうだけど、まあ頑張ろうや」

「そうですね」


 私は、帰り支度をして玄関に向かう同僚達を見送った。


「今日も迎え待ちかい?」

「ええ。妻も今仕事が終わったらしいので、もう少しかかりそうです」

「そうか。じゃ、いつも通り戸締り頼むな」

「はい。ではまた明日」




 一人残された事務所で、私はしばし仮眠を取った。目覚める頃には、辺りはすっかり闇に包まれている。

 事務所の窓から外を眺めつつ、熱いコーヒーで、ぼんやりした頭に気合を入れ直した。

 迎えなど来るはずも無かった。そもそも私に家族はいない。

 同僚を騙していることについては気が引けるが、私の仕事はここからが本番なのだ。




 時計の針が零時を指すと同時に、事務所は昼間同様の賑わいを見せた。ただ一つ昼間と違うのは、彼らは墓参者では無く参られる側の方。つまり、墓に入っている死者だと言うことだ。そんな彼らは列をなして、私に子孫の愚痴をこぼす。


「あいつの居場所が知りたいんだがね。墓参に来たのは良いが、この後どこに行って遊ぶだの何だのとべらべら喋ってばかりで、先祖を敬う気持ちがちっとも感じられなかった」


 私が子孫の住所を伝えると、彼は心得顔で頷いて、その場から消えた。


「聞いてくれよ。俺のところには今年も誰も来ていない。雑草も伸び放題で酷いもんさ。流石に我慢の限界だよ。今年こそガツンとやってやらなきゃ気が済まない」


 調べると、連絡はついたが対応を拒否している案件だった。


「なぁに。居場所さえ分かれば充分だ。早速行って、嫌と言うほど脅かしてやるよ」


 お気をつけて。私がそう声をかけると、死者の姿は恐ろしい笑みを浮かべてかき消えた。





 少し前に、墓に死者はいないという歌が流行ったことがある。それによれば、死者は風になっているのだという。

 確かに間違いではないだろう。彼らは風にでも何にでもなれる。そして自由に飛んでいくことができるのだ。もちろん、あなたの側にも。

 だからこそ、先祖に対する念はゆめゆめ疎かにしてはならない。そう、忠告だけはしておくよ。

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