第6話2-2:慣性の法則

「こうして自転車に乗りながら慣性の法則の素晴らしさを感じるのはいいわ」


 折り鶴女子は自転車をフラフラと右往左往させながらゆっくり漕いでいました。歩きの僕を気遣ってのことだと思いますが、そもそも一緒に歩かない時点で気遣いもくそもないような気がしました。まぁ、変に気を使われすぎるよりはそれくらい気遣いできない方が気が楽に感じる自分はいましたが……


「ところで、あの時の話なんですけど」

「何? どの時の話?」

「殺人とかが起きてもいいという話です」

「会話が思いつかないから前の話の続きで紛らわすつもりなの?」

「そういうつもりではないです。本当に気になっていたのです、あれからずっと」


 僕はそういうものの、もしかしたら折り鶴女子の言うとおりかもしれません。無言は良くないという常識から、今度は天気ではなく前の会話を話題に持ち出したということでしょう。たとえ僕にそのつもりはなかったとしても、そう教育された犬かもしれません。


「別にいいけど、そんなに難しいことじゃないわよ。天気は80%が晴れっということと同じように、殺人や自殺も一定確率で確実に起きるというだけよ」

「そんな天気と同じと考えなくても」

「でも、そんなものよ。殺人とかの理由を色々と考えても、結局わからないと思うわ。一応、社会の変化するときに殺人や自殺が増えるという理論はあるらしいけど」

「それはあなたの理論ですか?」

「自殺に関しては有名な社会学者のデュルケムが『自殺論』の中で言っているわ。あなたた、自殺はどういう時に増えると思っていたの?」

「嫌なことがあったときですか? 仕事が無くなった時とか」

「たしかにそうね。仕事がなくなるとき、例えば不景気のときに自殺が増えると言われているわ。しかし普通なら自殺しないような仕事がなくならない好景気な時にも自殺は増えるわ。だから、嫌なときだから増えるわけではないのよ。仕事があろうがなかろうが、社会が変化するときに自殺が増えるの」

「でも、それはその理論ではそうであって、ほかの理論では違うのでは?」

「そんなの当たり前でしょ? 理論なんか3割当たれば上出来よ。野球の打率だって3割超えたら一流でしょ?」

「そうなめちゃくちゃな」

「とにかく価値観の問題。意識の問題よ、何事も」


 折り鶴女子は少し上機嫌に酔っぱらいの千鳥足のように自転車を揺らしています。鉄橋と歩道の間の狭い車道を、車が通ったところを見たことがない車道をほかの下校生徒とともにわちゃわちゃと詰まった血液のように流れました。左の壁の向こうの第二グラウンドからは高く貼られた網を飛び越えてハンドボール部の練習風景が聞こえてきました。


「そういえば、クラブには所属していないのですか?」

「しているわよ、化学部・物理部・天文部に」


 多いな。予想の3倍の数。いや、予想では0だったので何倍とかではないか。


「理科4科目のうち3科目ですか。生物部はなかったのですか?」

「あるわよ。でも、先客がいたからやめたわ」

「どういうことですか?」

「私の前に入部した人がいたのよ。しかも、カップル。居づらいと思って入らなかったわ。」


 そういう普通の感性があることに驚きました。てっきり、そういうことには全く理解がないと勝手に思っていました。自転車との距離が少し空いてきたので僕は少し足早になりながら、自転車と徒歩との速さの違いも理解して欲しく思いました。


「それは仕方ないですね。化学部とかはカップルいないのですか?」

「いないわよ。まぁ私のいないところでどうなっているのかは知らないけど」

「それを言い始めたらキリがないですよ」

「物理部に関してはほかに部員いないし」

「1人で何をしているのですか?」

「そうね、絵を書いたりかしら」


 それは美術部では? 僕は絵のスケッチのように折り鶴女子の生態系を描こうとしましたが、掴みどころがない性格でした。足早になったから少し息が上がっていましたが、白い息になるほどには気温は低くなかったです。


「化学部では何を?」

「最近はかき氷を作っているくらいかしら。そろそろ厳しい季節になってきたわ。でも、こたつで食べるアイスが美味しいみたいに、暖房で食べるかき氷も愛しいかも知れないわ、ワクワクドキドキね」


 化学部の活動に疑問を持てばいいのか、ワクワクドキドキという普段聞かない言葉に疑問を持てばいいのか、両方ともを疑問に持たないようにすればいいのか。今までの流れに沿って疑問に持たないつもりですけど、その不思議さは思った通りか思ったより強いかはどう判断しているのだろうか、僕は? 普段は周りの視線を気にするが人自体には興味がない僕ですが、目の前で長いくせ毛を風に揺らしている人物に対して視線は気にならないがその人自信には興味があるようです。


「天文部は?」

「さっきから会話に困っているの? 話すことがなかったら無理に話さなくてもいいわよ。私、静かなのが好きだから」

「僕も静かなのは好きですが、さすがにほぼ初対面の2人でそれはまずいかと」

「ふーん。普通ね。もっと変な人かと期待したけどがっかりだわ」

「変な人を期待って、本当にラノベみたいな発言ですね」

「そのラノベについて一応調べたけど、最近はなろう小説に負けているらしいわね。だから、なろうみたいな発言と言ってもらいたいわ」


 知らないよ。画面が銃弾を受けた防弾ガラスみたいにバキバキにひび割れているスマホを見せる時くらいは自転車から降りろよ。自転車から降りたら死んでしまう病気にでもかかっているのか。


「なろうはまた違うと思います。たしか、無自覚にすごいことをしてしまって周りから崇められるタイプです。俺またすごいことやってしましました?みたいな発言です。最近は仲間から追放された先で上手くいって元仲間に対して、ざまぁと発言するらしいですけど」

「ふーん、難しいのね、最近の小説は」

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