恋する男はつまらない

すけだい

第1話1-1:折り鶴の女子


 僕が左を向くと鶴が折られていました。それらは色とりどりからは程遠い、ねずみ色の再生紙で折られていました。その燻った彩は願いを叶え終えて燃え尽きたような印象を与え、ありがたみを全く感じないものでした。

 10月の寒くなっていく季節に、それは卓上で小さく群れをなしていました。僕は英語の授業に耳を傾けながら、それが増えていく様子を横目で眺めていました。高校2年生にもなってそれを製造しているのは、高校2年生にもなって寝癖をハネ散らかせているロングヘアーの女子でした。

 その長い寝癖で顔が隠れて見えないが、彼女の白くて長い指が折り鶴の製造過程を包み隠さず窓際からお天道様に見せていました。その製造過程は次の通りである。

 まず、授業で配られた要らないプリントの端を1平方cm位の大きさにちぎります。次に、それをシャーペンの先や細かな指使いで器用に折っていきます。すると、あれよあれよと小さな折り鶴が出来上がります。

 彼女はそれを10程机の上に並べると、新たにプリントをちぎり始めました。僕が思うに、どうして誰もそのことに関心を持たないのだろうか、先生も含めて?しかし、その理由は至極簡単であり、次に述べる通りです。

 1つ目として、彼女は優等生でした。テストの成績がよくて運動は中の上、基本的に授業には真面目に取り組んでいて、先生から見たら嫌われる要素はありません。したがって、先生からしたら、優等生が何かを考えて行動していると見逃されるのです。

 2つ目として、彼女は友達がいませんでした。休み時間は誰とも話さず1人で読書や考えことをしているか、どこかに姿をくらませているかでした。したがって、クラスメイトからしたら、仲良くない人が何かをしているから無視しているだけです。

 僕は深緑色の黒板に写る白い文字と白い天井に斑についている黒い点と薄茶色の机に置かれているねずみ色の鶴とに見回りの看守のように順番に目を循環させていました。先生の言葉が頭に入ってこなく真っ白なノートにペンを走らせることなく、水槽の中のように静かな教室の中で息苦しさを感じていました。そんな囲いの外に飛び立っているような彼女を包む窓からの光を、僕は影から眺めるだけでした。



 授業が終わり僕は読書のふりをしながら時間を潰していました。僕は極度の恥ずかしがり屋で、人に話しかけることも話しかけられることもまともにできませんでした。初めのうちはクラスのあるグループが罰ゲームとして僕のところに話しかける遊びがありましたが、それもすぐに飽きてなくなったらしいです。

 あの時の僕はおどおどとして緊張による甲高い声を出したものである。そして、その様子を見てその遊びをしていた人たちは隠れて笑っていました。僕は自分が人に笑いを提供できることに前向きになろうとしましたが、今にして思えば腹立たしいことであります。

 そんな罰ゲーム遊びを久しぶりに僕は拝見出来ました。といっても、その話し相手は僕ではなく鶴を折る女子でした。クラスの女子の1人が鶴を折る子に妙にテンション高く話しかけ、遠くでは女子グループそれをニヤニヤしながら静観していました。


「ねぇ、何作ってんの?」


 奇妙な人物を相手にするときに出るその震える高い声の方向に僕は興味ないふりしながら耳を傾けました。僕も小さな鶴を授業中に折る行動に少しの興味がありましたが、それを聞く勇気がなかったのです。僕の代わりにそれを聞いてくれる人がいるということで、本と腕と体で囲った円の中に入っていた僕の頭は、城外の見張りをするように彼女らの言動を横目で注視して活字を無視していました。


「折り鶴」


 鶴折りの女子はできあがった折り鶴から目線を上げて、芯のある声ではっきりと答えました。僕は驚きました、というのも勝手なイメージでおどおどとしたか細い声が発せられると思ったからです。そした、彼女が見上げた時に髪の毛で隠れていた横顔が少し現れ、柔らかそうな眉毛と不釣合いな強気な目に高く尖った鼻と小さなおちょぼ口がありました。


「どうして折り鶴を折っているの?」

「眠たかったから。眠気覚ましに鶴を折ったの」


 その毅然とした声に僕は授業中に得た眠気を吹き飛ばしました。そして、釈然としなかったのはその理由です。僕が思うに、質問をした女子生徒も釈然としなかったはずであり、証拠として困惑して眉の間が狭くなっていました。


「眠たかったら、他にもすることがあるんじゃないの?」

「それは何?具体的に案を出してくれないと返事できないわ」


 うわー、きっつい言い方!

 そう思いながら僕は言葉を窮している質問者に本の横から上目を遣いました。質問者は自分の指を擦らしながら緊張に抵抗していました。おどおどとした甲高い声でイジメられっ子のように追い詰められていました。


「えっと、例えば寝る……とか?」

「私は授業中に眠たいけど寝ない方法を考えた結果、折り鶴を思いついたのよ。そして、身近に折り紙がなかったから要らないプリントを使ったの。プリントを小さくちぎったのは、たくさん折るための省エネよ。ほかに何か聞きたいことはあるの?」


 その言葉を聞いて質問者はそそくさと悪霊のように退散していきました。罰ゲーム仲間の雑踏に混じり何かしら言い合っている姿を見て、意地が悪いなと人の醜さを再確認していました。いつの世も男女関係なく心無い人がいるものだ。

 しかし、その様子が少し怯えたというか面食らったというか、思った反応と違う面倒くさい奴を相手してしまったと言いたげな彼女たちの不満げな様子を見て、僕は内心でほくそ笑みました。群れを作って数の暴力で優位に立ったモノたちが、見下していた一人ぼっちにちょっかいを出したら噛み付かれたので、いい気はしないでしょう。僕は自分の忘れていた嫌な思い出で重くなった心臓部分が少し軽くなったのを感じました。

 折り鶴の女子はそんなことに全く興味なさそうに折り鶴を眺めていました。幼子が人形遊びをするように、自分の世界に入ったように儚い微笑を浮かべていました。その指は折り鶴の鼻をつついたり羽を動かしたり胴を掴んで旋風させたりしました。

 その子供のようなあどけない顔と大人のような凛とした顔を交互に表す彼女は、言うなれば危うさを感じるものでした。善にも悪にもなり、ただ純粋に興味のあることにしか目が行かないタイプです。僕が思うに、人は皆はじめはそうだが教育によって善悪を知っていき、その後は善に居続けるか悪へと逸脱するかを選びます。


「ねぇ、君」

「――何ですか?」

「あっ」


 僕は無意識に話しかけたことを思わず後悔してしまいました。今まで家族以外の誰かに自分から話しかけたことなんてなかったから、ここから先の会話の続け方なんてわかりません。というか、どうして突発的に話しかけてしまったのだろう、自分は?


「何のようですか?」


 おどおどしている僕に対して、折り紙の女子は凛としたまっすぐな目で僕を見て澄ましたような印象を与えてきました。特に悪いことをしていないのに先生から目を見られて質問されたような息苦しさを僕は感じました。僕はどうして、こんな嫌な思いをしようとして、人に話しかけているのどろう?


「いや、何もないです、はい」


 僕は怯えた子犬のように緊張で目を潤ませながら本に目を隠して前を向き直しました。そんな僕を見て折り鶴の女子は気ままな猫のように僕に対して既に興味が全くなく、折り鶴をまたたびのように小突いてました。普通なら僕に対して不審な顔をしたり僕が盗み見していることに気付いて嫌な顔をするものだが、まるで僕がそこにいないかのごとくの態度に、僕は失態を帳消しにしてもらった安心をしました。

 ――よかった、僕のことを気にしていない。よかった、僕は人間関係に疲れることがない。よかった、孤独に耐える修行ができる――

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