第十三話:翼人の伝承

 佳穂達が人魚と別れた後、気まずそうに岩場にやって来た三人は、佳穂が『人魚の涙』を手にしている事に驚きを隠せなかった。


「それ一体どうしたの!?」

「何か、ここに落ちてて」


 ナタリアが興奮しながら尋ねると、困ったような顔で佳穂は笑う。


「レティだって何日も通ったと聞いたわ。相当運が良かったのかしら?」


 あまりにも出来過ぎた偶然に、レベッカが腑に落ちない顔をするも。佳穂は敢えて、人魚に貰ったとは口にしなかった。


 話せばきっと、レティリエも喜んでくれるかもしれない。そうは思ったのだが。

 だが、人魚が語ってくれた『大事な人が、一番大事だって思えるようになったら』という言葉が、何処か願掛けのようにも感じ。話してしまえばその願いが消え去ってしまうのではと感じてしまったのだ。


「でも良かった。折角だし、大事にしてあげてね」


 敢えて誰かに渡す言い伝えに触れないレティリエの思いやりある言葉に、佳穂は笑顔で頷き返していた。


* * * * *


 佳穂達が村に戻り、折角だから皆で紅茶でもと佳穂に誘われ、一緒に家に戻ったのだが。

 家のドアを開けた時、そこには雅騎だけでなくローウェンとグレイルの姿もあった。

 三人はテーブルに座り、紅茶のカップを持ったまま、扉を開けた佳穂達に振り返っていた。


「速水君。ただいま」

「お帰り」

「あら、ローウェンとグレイルじゃない。こんな所で何油を売っているのかしら?」

「たまには休みたい時だってあるんだよ。なぁ、グレイル」

「ああ、そうだな」


 レベッカが皮肉めいた言葉を掛けると、ローウェンとグレイルは苦笑しながら紅茶を飲み干す。

 そして、ローウェンがすっと立ちあがった。


「雅騎。邪魔したな」

「いえ。気になさらないでください」

「グレイル。そろそろ狩りの時間だし、俺達も行くとするか」

「ああ。雅騎、今度は佳穂とうちにも顔を出してくれ。少し距離はあるが、落ち着いていい場所だからな」

「ありがとうございます。お二人共気をつけて」


 彼の言葉にグレイルも立ち上がると、家の扉に向け進んでいく。


「レベッカ。ナタリア。お前達も行くぞ」

「え〜っ!? 今帰ってきたばっかりなのに!?」

「相変わらず人使いが荒いわね。そんなんじゃ妻に呆れられるわよ」


 思わず歯向かうナタリアを擁護するように、白けた顔でそう返すレベッカだったが。


「ま、俺はそんな妻も愛してるから大丈夫さ。お相手はどうかな〜?」

「ば、馬鹿! ふ、ふざけないで!」


 ローウェンの惚気とも言わんばかりの笑顔と言葉に顔を真っ赤にすると、腕を組み不貞腐れそっぽを向いた。


「レティリエはゆっくりして行く?」

「あ。ううん。私も孤児院でマザーと夕食の用意しないといけないの思い出しちゃって。だから一緒に戻るわ」


 狩りに行けない分、自分も何かをせねばと感じたのか。佳穂の言葉に少し残念そうな笑みを浮かべるレティリエに、彼女は笑顔を返す。


「そっか。レティリエもがんばってね。みんな、今日はありがとう」

「またみんなで何処か行きましょうね」

「うん!」


 こうして、人狼達は佳穂達に手を振り、家を出て行き、彼女達は普段のように、三人だけになった。


「さて。紅茶淹れるからゆっくりしてて」

「あ、うん」


 雅騎がゆっくりと椅子から立ち上がると、そのまま台所に向かい、佳穂とエルフィが入れ替わるように椅子に腰を下ろす。


『雅騎はローウェン達と何を話していたのですか?』


 何気なくエルフィが、そんな他愛もない質問をしたのだが。彼はそれを聞くと、一度動きを止め、軽く頭を掻く。


「ちょっと、それについてはお茶でもしながら話そうか」


 少し歯切れの悪い反応に、佳穂とエルフィは思わず顔を見合わせ。雅騎はそんな二人気に留めず、紅茶の準備を進めるのだった


* * * * *


 佳穂達の前に手慣れた手つきでトレイから紅茶のカップを静かに置いた雅騎は、普段と同じく佳穂と向かい合うようにテーブルに付く。

 その表情は何処か少し冴えない。


「二人が出掛けてる間に、ドワーフの行商人達が来て、その村長さんが見えられたのさ」

「ドワーフの!? まだ村にいるの?」

「いや。今日は別の集落にも行かないとって事で、少し前に出て行ったよ」

「そっかぁ。会いたかったなぁ」


 ドワーフといえば、レティリエとグレイルが最初に人間に捕まり、何とか脱出した際に二人を匿ってくれた種族だ。その村長といえば、幼い頃にレティリエに助けて貰い、彼女が初恋の人だと言っていた気さくで優しい人物。

 やはり物語を知る者。そんな彼に会えなかった事を、佳穂は心底残念がる。彼女の素直な反応に、少し緊張が解れたのか。雅騎は一度ふっと笑みを浮かべる。


「その村長さんに、ローウェンが万が一の事もあるからと、今この村で俺達三人が一緒に暮らしている話をしたんだけど。そうしたら、彼がエルフ村に伝承として残る、ある話をしてくれたんだよ」

『どんな伝承ですか?』


 エルフィがそう尋ねると、雅騎は表情に少しだけ真剣さを見せ、語り出した。


「『赤き月現れし夜。わざわいが村を襲った。だが、降り立った異界の翼人により、わざわいは退けられ、我等は護られた』」

「異界からの翼人!?」


 その伝承に、佳穂とエルフィは思わず目をみはると、互いに顔を見合わせる。


「書物にしか残っていない、ずっと昔の伝承らしいんだ。ドワーフや人狼にはそんな言い伝えはないから、エルフ村だけを襲ったわざわいかもしれないけど、ちょっとそれが引っ掛かってさ」


 真顔で語っていた雅騎は、自身の心を落ち着けるように、紅茶を口にする。


「翼人って、やっぱり天使なのかな?」

「わからない。異界ってあるけど、俺達の世界と同じ所から来たかも分からないし、別の世界に同じような種族がいるかも知れないからね」

『雅騎は、それが気がかりなのですか?』


 凛とした表情のまま、真剣な眼差しを向けてくるエルフィに、彼は頷き返す。


「偶然かもしれないし、何もなければ勿論良いんだけど……」


 視線を落とし、どこか切なげな顔をする雅騎の言葉の意味を、佳穂は理解した

 もし、伝承のような事があれば、それは人狼達が危険に晒されるかもしれない。彼は間違いなく、それを危惧している。


  ──私達のいる、意味……。


 ふと、雅騎が数日前に語った言葉が、佳穂の心に蘇る。


 ここにいる意味。

 自分達がいる。それがもし、起こるべきわざわいと対だとしたら。それは自分達の存在こそが、わざわいにも思える。

 だが。わざわいが自分達の前に現れるなら──。


「何かあったら、私達で守ればいいんだよね?」


 突然の言葉に、雅騎とエルフィが佳穂を見ると。

真剣な表情と、はっきりとした決意を見せていた。


「私は、この世界が。レティリエ達が好き。だからもしわざわいが起こるのだとしたら、それからみんなを守りたい。もし、その為にここに居るなら尚更」

「綾摩さん……」


 雅騎は、そんな彼女を見て懐かしさを感じた。


 彼の幼馴染であり、佳穂の友達でもある神名寺みなでら御影みかげ

 彼女がある理由で二人の元を去った際に、彼等は共に、彼女に起きた真実を知ろうとした事がある。

 事実が佳穂達をより辛く苦しめると知った雅騎は、その時に二人を制した事があったのだが。

 その時に見せた佳穂の勇気と決意が、今目の前にある。そんな気がしたのだ。


「速水君も、エルフィも居てくれるから。きっとみんなを守れると思う。だから、もしそんな事があったら、力を貸して欲しいの」

『……勿論。わたくしは常に貴方とあります。幾らでも力になりますよ』

「……そうだね。その時は、みんなで、絶対護ろう」


 佳穂の決意に、エルフィと雅騎は柔らかな笑みを返すと、紅茶を飲み欲し立ちあがった。


「さて。じゃあその為にも、今日も精がつく夕食でも用意するよ」


 そう言って台所に向かう彼に、慌てて佳穂も立ちあがった。


「それじゃ私も手伝う。エルフィも行こう」

『ええ』

「ゆっくりしててもいいよ」

「大丈夫。元気有り余ってるから。サラダでも用意するね」

「そっか。じゃあお願い」


 こうして、不安を掻き消すように、彼等は仲良く笑顔を見せ台所に立ち、普段の日常に戻っていくのだった。

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