#3-4 妻が秘石の争奪戦に参戦します④

 私達が内装工事の始まる前の雑然とした連絡通路を中程まで進んだ時だった。

 先頭付近を進む戦闘員が進行を止めるように手をあげる。

「イーッ、ミスティックムーン様! 前方の連絡口上部に2基の監視カメラを発見。扉自体は電子ロックキーが施されているようです」

「あなた、どうしたらいいのかしら」

「まぁ、当然それぐらいはあるだろうな」


 そうだな、ここはまだ事を荒立てたくないところだが……。


「ふごぉ、ここはこのマッスルオオカミにお任せくださいぃ。この改造マッスルランチャーを以てすれば、あのような扉一撃で粉砕できますぅ」

「……要らん。怪人、ハウス! ハウスだ」

「……」

 美代子の横に正座するマッスルオオカミをよそに、数人の戦闘員が手を挙げた。

「イーッ、我々は電子戦に特化した戦闘員であります。我々にお任せください!」

「そうか、それじゃやってくれるか?」

 戦闘員達はノートパソコンを取り出すと、素早い指の動きでキーボードを叩き始めた。

 数分も経たないうちに戦闘員から報告が入る。


「イーッ、監視カメラへの干渉成功、これよりダミーのループ映像を1時間流します」

「イーッ、電子ロックシステムの解析完了。暗証番号を改ざん、いつでも開けられます」


 いや、怪人に比べてどんだけ有能なんだよ戦闘員。


「スゲーなお前ら……。美代、いやミスティックムーン、侵入には問題なさそうだ。進むか?」

「ええ、行きましょう。皆のもの続け。先へゆくぞ」

「イーッ」

 こうして、1号ビルへの侵入はまんまと成功した。


「よし、目的の展示会場のフロアはこの上だが、事前情報によればこのフロアに警備の指令センターがあるらしい。後顧の憂いを無くすため、そこを先に沈黙させようと思うが」

 美代子に判断を仰ぐと、美代子は俄然やる気を見せはじめた。

「素敵! 私、一度ドラマみたいに首筋チョップとかで気絶させてみたかったの」

 美代子が目を輝かせて手刀を振る仕草をする。

「美代子はダメだ。相手は普通の人間だし、加減に失敗したら殺しかねないからな」

「えー? ……ふう、何だかつまらないわ。ねぇオオカミさん」

 美代子はふてくされたようにマッスルオオカミを相手にお手を教え始める。


 少しでも事故が起こる可能性はつぶしておかないとな。

 何かもっとスマートな手は……。


 美代子の横で策を巡らせていた私の目に、自分の腰にぶら下げた遠隔式スタンガンが目に入った。

「おーい、戦闘員の中で、このスタンガンに習熟してるヤツはいるか?」

 私の問いに2人の戦闘員が手をあげる。

「イーッ、自分達は組織の訓練プログラムを修了しています」

「そうか、じゃあお前達で警備センターの制圧を頼む」

「イーッ、お任せください」


 2名の戦闘員を残して、私達は一階上の展示会場へと進攻を続ける。

 展示会場は休館日のためか、入り口付近の照明は落とされて周囲は薄暗かった。

 電子戦要員が会場入口の解除をする間に、私は美代子と怪人にもう一度作戦の確認をする。

「ここまでは順調のようだ。だからここからは『プランA』でいく。下の戦闘員が警備センターを沈黙させたら、我々は中に侵入し秘石の展示室に直行する。秘石の前に着いたら、美代子、展示室のガラスは好きに破壊しろ。」

「任せて」

「警報を本当に殺せているかはその時にならないとわからないが、鳴っても鳴らなくても秘石を確保したら後は迅速な離脱を最優先とする。いいか?」

「かしこまりましたぁ」


 その時、インカムに警備センター制圧の報が入った。

「よし、入口のカギはどうだ?」

「イーッ、今、解除成功しました」

「よし、行こう」

「イーッ!」


 私達は照明の落ちた会場内を秘石に向かって突き進んだ。

 何の抵抗もなく、秘石が納められた展示ケースの前にたどり着く。

 秘石は、先日と変わらずよどんだ沼のような濃い緑色をたたえて鎮座していた。


「……美代子」

「ええ」

 シュッという呼気が美代子の口から漏れ、ノーモーションから繰り出された拳が展示ケースの強化ガラスに叩き込まれた。

 ガラスは硬質な破砕音をたてて床にぶちまけられる。

 警報は沈黙したままだ。


「どうやら、作戦は成功のようね」

 美代子が秘石に手をかけようとした時だった。


「待てっ! お前達の悪事、見過ごすわけにはいかない!」

 暗い会場内に声が響きわたった。


「むうぅ、何者だぁー?」


 ――いや、聞かなくてもわかるだろ。


「お前達がその石を狙うことはわかっていた!」

「人類の貴重な財産を奪うなど、言語道断じゃい」

「大人しく石は諦めて投降するのよ」

「さもなくば、我々が正義の鉄槌を下す!」

 5つの色をまとった戦士達が展示物の陰から次々と飛び出てくる。


「我ら、神空戦隊スカイチャージャー!」


 私達は包囲されていた。


 ……はぁ、なんでこうわるもののやることってのは筒抜けなんだろうな。

 だがまぁ、ある意味こんなお約束は想定の範囲内だ。

 こっちも対策は打ってある。


「美代子っ、怪人っ、戦闘員! 作戦変更だ。これからは『プランB』でいく」

「わかったわ」

「イーッ!」

 美代子が後ろ手に秘石をそっと私に手渡した。

「ふふ、本当は始めからこっちになればいいと思っていたのよ」

 ゆっくりと、スカイチャージャーの包囲の中心に向かって歩き出す。

「動くな! ミスティックムーン、逃げ場はないぞ」

 恫喝するブルーに、美代子は悩ましげな仕草で答える。

「あら、またこの間の続きがしたいの? うふふ、アナタ1人で私を満足させることが出来るのかしら? またあの時みたいに赤いボウヤと3人で楽しみましょ」

「貴様っ、愚弄するのか!?」

 ブルーとレッドが美代子の方に距離を詰める。

 なんか必要以上にエロくなってる気はするが、美代子は作戦通りに動いていた。

 作戦開始前、私は美代子達に二つの作戦を伝えていた。

 ひとつはプランA。そして何者か――この場合はほぼスカイチャージャーのことだが、もし妨害が入った場合はプランBに移行することを。

 プランBでは、まずスカイチャージャーの中でも戦闘力が高いと思われるレッドとブルーを美代子が引きつける。

 次に、戦闘力が多少劣ると思われるグリーンを怪人が足止めする。

 残るイエローは力が強そうだが体型からみて鈍足、ピンクの戦闘力は未知数だが、戦闘員が数で攪乱する。

 こうして、スカイチャージャーに的を絞らせないまま乱戦に持ち込み、最終的に秘石を奪還する作戦だ。

「美代子、怪人、そっちは頼んだ」

「うふふ。任せて、アナタ」

「お任せくださいぃ」

「よおーし戦闘員、これからバラバラに逃げるぞ。無駄な戦闘は不要! いいな?」

「イーッ!」

 私と戦闘員は一カ所に固まったあと、一斉に全方位に駆け出した。

「あ、レッドどうするのよ、これじゃ全部は追えないわ!」

 ピンクが叫ぶ。

「今そっちに行く――」

 動こうとしたレッドを美代子が遮った。

「あら、アナタは私の相手をしてくれるんじゃなくて?」

「くっ」

 美代子はレッドとブルーを牽制しながら戦闘員達の退路を確保する。


「コラぁ、さかしか! うりゃ、うりゃあ」

 イエローが力任せに戦闘員を1人床に抑え込む。

「――!? レッド、あったと! 秘石はこいつばい」

 イエローが濃い緑色の石のようなものを掲げた。

「おい、黄色いの。手に持ってるものをよく見たほうがいいんじゃないか?」

 私の言葉に、イエローが手のものを確認する。

「な、これはっ……秘石じゃなか! アボカドじゃーい」

「イーッ」

 戦闘員が一斉に濃い緑色の塊を頭上に掲げる。

「なにコレ? これじゃどれが本物かわからないよ」

 ピンクが困惑の声をあげた。


 戦闘員達のアボカドは、合流前に近所のスーパーで買い占めてきたものだった。

 色形が秘石に似ていたので、攪乱用に戦闘員には一個ずつ持たせてある。


「グリーン! ピンクの援護を」

「そうしたいんだけど、コイツ、力が強くて!」

「マッスルぅ、マッスルぅ」

 怪人はグリーンの腕をガッチリと掴んで離さない。


 よし、作戦通りハマった。


「美代子、10分後だ。決めておいた例のトコで合流するぞ」

「わかったわ」

 私は戦闘員達に混ざって展示会場入口に向かって走り出す。

「イーッ」

「ぬあーっ! コイツもアボカドじゃい!」

 背後で、イエローの怒声が響いていた。


 会場外へ出た私と戦闘員達はそれぞれ非常階段、エスカレーター、エレベーターを目指して散っていく。その中で、私はこっそりと1人だけ上階への非常階段に向かった。

 中の異常事態は程なく外部に発覚するだろう。

 地上に向かって万が一警備員や警察に出くわしたら戦闘員と違い私単独では逃げられない。だからあえて上階への逃走を選択した。一歩間違えば袋の鼠になってしまうが、だからこそ上に逃げるとは考えにくいだろう。


 ……それにしても、さすがに高層ビルを階段で登るのはきつい。

 あと何階ぐらいあるだろうか。

 私が非常階段に手をついて下を覗き込んだ時だった。

 5階くらい下のフロアの手すりからピンク色のマスクがひょこっと顔を出す。


 げ、まさか!?


「あー! やっぱりこっちに居たー! ちょっとアンタ待ちなさいよ」

 甲高いピンクの声が響きわたる。


 く、なんで気がついた?


 私は、へばりかけた体に鞭打って再び階段を駆け上がった。

 しかし、それを上回るペースで階段を駆ける足音が迫ってくる。

 ……マズいな。このままでは追いつかれる。


 私は階段を諦め防火扉から手近なフロアに転がり込んだ。

 エレベーターホールまで走り上階行きのボタンを押す。

 幸いにも数フロア下にいた一基が上昇してくる。

 エレベーターに乗り込むと、迫り来るピンクの足音を聞きながら最上階のボタンを押した。

「コラァ、この卑怯者ー!」

 ピンクの怒声を聞きながら、エレベーターは上昇を始める。

 私は息を整えながら腕時計を確認した。

 美代子と別れてからはまだ5分程しか経過していない。


 もう少し粘らないと駄目だな……。


 最上階に出ると、私は屋上への出口を探す。

 エレベーターを振り返ると私が乗ったのとは別の一基が上昇を続けていた。

 目に入った「関係者以外立ち入り禁止」と書かれたドアを開けると、短い通路の先に上に続く階段が見えた。

 私は迷わず階段を登り、重い鉄扉を押し開けた。

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