第27話

 俺はモンスター軍団の最後のオークを、ひと太刀で両断する。

 テュリスの言っていたとおり、最初から最後まで鋭い斬れ味のままだった。


 そしてあれほどモンスターを斬ったというのに、俺の身体には返り血ひとつついていない。


「『JRPG』に血なまぐさい表現ってあんまりないやろ。

 血まみれになりたんやったら、もう少ししたら血に関するチートが出てくるから我慢しいや」


 と、妖精が教えてくれた。


 さらに俺はぜんぜん疲れていなかった。

 戦争というのは心身ともに極限状態に追いつめられるものだが、今の俺は楽しいスポーツを終えたみたいに爽やかな気分だ。


 額の汗をぬぐって剣を背中の鞘にしまう。

 剣というのは本来は腰に携えるものだが、「『JRPG』の主人公といえば背中に剣やろ!」と例の妖精に言われて仕方なく背中に担いでいる。


 そんなことはさておき、村人たちのところに戻ると、みながひれ伏していた。

 その代表であった大聖女の村長がおもてをあげると、泣きそうな顔になっていた。


「ブレイ様……このたびは村をモンスターから守ってくださり、本当にありがとうございました……!

 ご無礼の段は、ひらに、ひらにご容赦くださいませ……!」


 土下座のポーズで、「ははーっ」と地面に額をこすりつける村人たち。

 村の聖女たちは、ずっと俺に祈りを捧げてくれていたようだ。


「ブレイ様、とても立派な戦いぶりでした!」


「私たちもシャイネ様にならって、途中からブレイ様の援護をさせていただいたんです!」


「ブレイ様こそが、本当の勇者様です!」


 いきなりみんなが手のひらを返したようになったので、俺は戸惑う。


「いや……俺はたいしたことはしちゃいないさ」


 それは謙遜ではなく本心だった。

 だってそれほどまでに、この戦いが楽勝だったから。


 Aランクの勇者ともなれば、200体くらいの雑魚モンスターはひと薙ぎで全滅させる。

 それに比べれば俺なんてまだまだだ。


 と、俺の横からいきなりズタボロの男が割り込んできた。


「そ……そうだ! このオッサンはたいしたことをしちゃいない!

 こ……今回はモンスターがあまりにも雑魚揃いだったから、やる気が出なかったんだ!」


 声を裏返してまで必死になっていたソイツは、勇者シュパリエだった。

 さわやか系のイケメン顔が風船のように膨れ上がり、見る影もなくなっている。


「それでも僕がいたから、モンスターは怖れをなして戦意を喪失したんだ!

 こんなオッサンでもモンスターを倒せていたのがなによりもの証拠だ!

 だから今回のモンスターたちは、この僕の力で退けたといっていい!

 なのにキミたちと来たら……! その目は節穴か!?

 なぜこの僕を讃えない!? なぜこの僕にひれ伏さない!?

 なぜっ、なぜっ……!? なぜこのオッサンをチヤホヤするんだっ!?

 そんなことはあってはならない! あってはならないんだぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!」


 それは魂の叫びであったが、村人たちには響いていないようだった。


「たしかに私たちの目は節穴でしたわ。

 あなたのようなヘタレ勇者を信じ、もてなしてしまったのですから」


「そうよ! なにが夜伽に使ってあげる、よ!」


「あんたみたいなヘタレ、絶対にお断りよ!」


「そうだ! さんざん威張ってたくせに、戦いになると真っ先に逃げ出しやがって……!」


「お前の仲間ももう、ひとりもいねぇじゃねぇか!」


「ふざけやがって! この村から出いけっ!」


 村人たちから「出ていけ」コールを受け、シュパリエはワナワナと震える。


「で……出ていけ、だと……!?

 オッサンにではなく、この僕にっ……!?

 こ……ここっ……! こんな屈辱は、生まれて初めてだ……!

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 シュパリエはいじめられっ子のような絶叫とともに、腰に携えていたもう1本の剣を引き抜いた。


「ならば僕の本当の力を見せてやろう! この我が家に伝わる伝説の聖剣で!

 この剣は絶対に折れたりはしない! そしてひと太刀でモンスターの軍勢を屠るほどの力がある!

 これで、山にいるモンスターを根絶やしにしてやる!

 僕の本当の力を見て、怖れおののくがいいっ!」


 すると、バカにしていた村人たちの顔色が一変する。


「山に行ってはなりません! 聖なる山は何人たりとも立ち入ってはならないのです!」


「そうだ! 俺たちが何のために毎年、モンスターの大移動を我慢してると思ってるんだ!

 モンスターの巣を根絶しようとしても、山に入ってはならない言い伝えがあるからなんだぞ!」


「山に入った者には不幸が降りかかるのです! それは勇者様でも例外はありませんっ!」


「待て! シュパリエ! いまのお前には武器の耐久力を無限にする力はない!

 たとえ伝説の聖剣でもすぐに折れるだろう! だから、バカなことはやめるんだ!」


 俺もいっしょになって止めたのだが、


「うるさいうるさいうるさっ!

 バカにされたままで引っ込んでいられるかっ!

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 しかしシュパリエは制止を振り切り、涙を振り乱しながら山に向かって走りだす。

 村人たちは追いかけたが、山への立ち入り禁止を示す柵を乗り越えられてしまい、追えなくなってしまった。


 しばらくして山の中から、


「うわああっ!? なんで、なんで刃こぼれするんだっ!?

 これは伝説の聖剣なんだぞ!? それに僕のスキルがあれば、絶対無敵の剣のはずなのにっ!?

 うわあああっ!? 来るな来るな来るな来るなっ! くるなぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!

 わ、わかった! 降参だ! 降参です!

 む、村を襲いたいんだろう!? ならこの僕が案内するよ! いや、させてください!

 いま村には弱っちいオッサンしかいないから、みんなで攻めれば……!

 ぼ、僕は味方です! あなたたちの味方ですぅぅっ!

 い、いや! 下僕です! たった今から皆様に、忠誠を誓いますぅっ!

 だからっ……だからっ……!

 ……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ……パキィィィィーーーーーーーーーーンッ!!


 あまりにも見苦しい断末魔と、それとは対象的な澄んだ音色が響いてきた。

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