第25話

 その内容はともかく、シュパリエは聖女に言い返されたのが初めてだったのか、軽いショックを受けていた。

 しかしすぐに立ち直り、長い髪のかかった肩をすくめる。


「ふっ、まあいいさ。オッサン、イカれ魔女、ブサイク聖女……お似合いのトリオじゃないか。

 ただし、僕の邪魔だけはしないでくれよ。

 戦いに参加するのであれば、すみっこのほうで僕たちが討ち漏らしたゴブリンでも駆っていてくれ」


 それだけ言って、シュパリエは俺たちに背を向ける。

 シュパリエの仲間や村人たちは、俺たちに向かって舌打ちをしながらシュパリエの後を追って広場を出ていった。


 それどころか村長らしき大聖女までもが、


「あなたたちのおかげでシュパリエ様の心が乱されてしまったではないですか。

 もしこれでシュパリエ様がお怪我をするようなことがあったら、わたしはあなたたちを許しませんよ」


 美しい顔をクワッと歪めて俺たちに捨て台詞を吐いていった。


 そして広場には俺たち以外、誰もいなくなる。

 俺の隣にいたコレスコがムスッとした表情でぼやく。


「ねー、あーしら行く必要ある? なんかムカつくんですけど」


「そうだけど、昼メシ分くらいは働いたほうがいいだろ。もう少しだけ付き合ってくれよ」


「そうです! 『りんじんをあいせよ』です! このむらのために、がんばりましょう!」


 俺はあんまりやる気のなさそうなコレスコと、やたらとやる気のシャイネを引きつれ、村の外に出る。

 そこはモンスターを迎え撃つために作られたのであろう、小石ひとつない整地となっていた。


 戦場となる真ん中に、シュパリエを先頭とした陣形が組まれている。

 さらにその向こうには『聖なる山』が広がっていて、山道から降りてくるモンスターの集団が見えた。


 ……ザッ! ザッ! ザッ! ザッ!


 砂煙と地響きをあげ、迫り来るモンスター軍団。


 ざっと見てその数、200体以上。

 こちらの戦力は100に満たないほどだから、倍以上の戦力差がある。


 しかしシュパリエは余裕たっぷりに剣を引き抜く。

 その甘いマスクにふさわしい細身の剣を掲げると、


「いくぞぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 先陣をきって、モンスターに突撃開始。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 勇猛な雄叫びをあげ、仲間と村人たちが続く。

 さらに村の聖女たちが、返す白波のように後を追う。


 出遅れた俺は、とりあえずヒロインコンビに命じる。


「俺も突撃するから、お前たちは後からついてきてくれ!

 ふたりとも必ず一緒に行動して、離れるんじゃないぞ!」


「オッケー、オッサン!」「はい、おにいちゃん!」


 コレスコとシャイネは素直に頷くと、仲良し姉妹のようにしっかりと手を繋いだ。

 それならはぐれることもなさそうなので、俺は安心して走り出す。


 最前線ではさっそく大激突が起こっていた。

 シュパリエやその仲間たちは、なにかゴチャゴチャ言いながらモンスターの群れを蹴散らしていた。


「ふっ、この僕の剣のサビになろうとしても無駄だよ!

 この僕の剣は、いくら斬っても曇りひとつつかないんだ!」


「そうだ! 耐久力が無限の武器……!

 それこそがシュパリエ様のスキルなんだ!」


「このおかげで俺たちの剣はずっと斬れ味が衰えねぇうぇに、替えの剣なしで戦い続けられる!」


「それがどれだけ強いかわかるか!? お前たちみたいな雑魚モンスターなど、ナマスみてぇに全員スッパスパよ!」


 彼らはそう豪語するだけあって、手持ちの武器は見事な斬れ味だった。


 剣によるダメージというのは主に、斬撃、打撃、刺突の3種類に分かれる。

 斬撃は斬れ味があるうちには強力だが、斬っていくうちに威力が衰えていくという欠点がある。


 そのため多くのモンスターと戦うことになる戦場などでは、重さで叩き潰すような剣が有用とされている。

 それを彼らは斬れ味優先の細身の剣で戦い抜いているのだ。


 当然のことながら、そんなのは長く続くはずもない。

 俺にスキルを奪われた今となっては。


 先陣で戦っていた者たちは、さっそく違和感に気付く。


「あ、あれ? 斬れ味が、だんだん鈍く……!?」


「お、おかしいぞ!? 今までこんなことはなかったのに!?」


「な、なんでだっ!? なんでだ!?」


 そしてとうとう


 ……ポッ、キィィィィィーーーーーーーーーーンッ!!


 金属がへし折れる澄んだ音が、戦場になり響きはじめた。


「うわあっ!? お、折れた!? 剣が折れたっ!?」


「なんでっ!? シュパリエ様に仕えてから、いままで一度も折れたことのない剣がっ!?」


「にっ、逃げろっ! 逃げろぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!」


 勇者軍はとうとう、半分に折れた剣を持って逃げ惑いはじめる。

 俺はそいつらにぶつからないように、入れかわるようにして最前線に躍り込んだ。


 勢いを増して迫ってくるモンスターたちの前で、背中の剣を抜く。

 シュパリエに負けず劣らずの、細身の剣だ。


 石柱を斬ったときの感覚を思い出しながら、横への薙ぎ払い斬りを放つ。

 銀色の剣閃が扇状に広がり、突っ込んできたゴブリンたちをまとめてふたつに分けた。


『レベルアップしました!』


 血風けっぷうのなかに、文字が躍る。

 俺の耳元で、妖精の声がした。


「イベントの戦闘は経験値が多くもらえるから、レベルアップのチャンスやでぇ!」


「そういうことなら……ガンガンいくぞっ!」


 俺は返す刀でもう一閃すると、後続のゴブリンたちが空間ごと切り取られたようにバラバラになる。


『レベルアップしました!』


 す、すげぇ……!

 たったの二刀で、20匹以上のゴブリンをいちどに倒しちまった……!


「ぶもおっ!」


 猪突のように猛進してくるオークも、大上段からの一撃で両断。

 左右に分かれた身体が俺の両肩すれすれにそれていく。


『レベルアップしました!』


 そして驚くべきは、いくら剣を振り回しても疲れないことだった。

 妖精は当然のように叫ぶ。


「難易度イージーやから、スタミナの概念がないんや!」


 剣の耐久力がないうえに、いくら暴れても疲れない……!?

 それってもう、『無敵』じゃないか……!


 その時の俺は、たしかに敵なしだった。


 初めて戦った狼型モンスターのコボルトは素早い動きで翻弄してきたが、


 ……シュバッ!


 それを上回る俺の剣撃の前にはあっさり散っていく。


『レベルアップしました!』


 豚型のモンスターのオークは棍棒による力強い一撃が脅威だった。

 ごうと振り下ろされた棍棒はなんども俺の身体を捉えかけたが、


 ……スパーンッ……!


 受け太刀をすると俺の剣ではなく、棍棒がスッパリと斬れた。


『レベルアップしました!』


 勝てる……! 勝てるっ……! 勝てるっ……!

 コイツにも……! アイツにも……! ソイツにもっ……!


『レベルアップしました!』

『レベルアップしました!』

『レベルアップしました!』

『レベルアップしました!』

『レベルアップしました!』

『レベルアップしました!』


 いままで負け続きだった俺の人生において、初めての連続勝利。


 俺は汗まみれになっていたが、疲れを知ることなく、夢中になって戦場を駆け抜ける。

 全身がびしょ濡れのまま粟のなかを転がり回るように、何もかもが入れ食いだった。

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