第17話

 洞窟に取り残されたペロドスは、勇者小学校の教員たちから救出され、即日入院となる。

 ペロドスは病院のベッドの上で、「子供を狙った変質者のオッサンに罠に嵌められた!」とわめいていた。


 これが事実なら大問題だと、教員たちは子供たちに事情聴取を行なう。

 しかし子供たちの主張はペロドスとは真逆で、誰もがオッサンをかばいペロドスを変質者だと罵る。


 これに対しペロドスは「オッサンが恐怖で子供たちを支配しているんだ!」と反論。

 いつもであればこの時点で街の世論はオッサン批判一色となり、オッサンがいくら弁解しても聞き入れてもらえず、衛兵に突き出されていたところだった。


 しかし今はオッサンには強い味方がいる。

 ギャル魔女のコレスコと小学生大聖女のシャイネがオッサンをかばったことで、事態は一転。


 特にシャイネの一言は多大なる影響を及ぼし、街の世論はオッサン擁護一色となった。


 オッサンはいままで勇者の主張を一方的に押しつけられ、痛い目にあわされるという『権力の理不尽』を味わわされてきた。

 しかし今回は計らずとも、勇者にやり返す形となったのだ。


 勇者の主張というのは基本的に全面的に受け入れられる傾向にあるが、今をときめく小学生大聖女の前にはひとたまりもない。

 ペロドスは一気に『ロリペド勇者』だと知れ渡ってしまった。


 勇者にはランク付けがあり、勇者中学の卒業時点の成績によってAからEのランクを与えられる。

 勇者高校にあがるとプロの冒険者と同じ扱いになり、酒場のクエストなども受けられるようになる。


 ペロドスはEランクの勇者で、不祥事を重ねれば勇者の権限剥奪ともなりかねない。

 しかし今回は変質者の証言だけで確固たる証拠はなかったので、なんとかEランクに踏みとどまることができた。


 そして病院を退院したペロドスは懲りもせずに勇者小学校の引率役を行なっていた。

 以前の小学校は悪評が広まっていたので、別の小学校に鞍替えして。


 しかし、洞窟に入っても『松明が消えない』という能力は発揮されなくなった。

 このスキルがあったからこそ、彼は『どこでも明るい』という良いイメージがあったのだが……。


 その唯一ともいえるアドバンテージを失ってしまったのだ。


 ペロドスは街の聖堂に赴き、自分のスキルが消えたことを大聖女に訴えた。

 すると大聖女から、衝撃の事実を明かされる。


「いちど点灯した松明が消えなかったのは、ペロドス様のスキルではなく……。

 『神ゲー』のスキルから受けた恩恵だったようです。

 しかしその恩恵が受けられなくなったので、松明は消えるようになったのです」


 ペロドスは愕然とした。


「なっ……!? そんなバカなっ!?

 『神ゲー』って、オッサンのゴミスキルのことじゃないか!?

 僕はいままで、オッサンの力を借りていたというのかっ!?

 そ……そんなのウソだっ! そんなこと、あってたまるかっ!」


 しかし大聖女は無情なる表情で、首を横に振る。


「いいえ。ウソではありません。

 少し前の話になりますが、勇者ハーチャン様も同じような訴えで、この聖堂に駆け込まれたのです。

 ハーチャン様は、その者を生涯の仲間にするとおっしゃっておりました」


「あ、あの……勇者ハーチャンが……!?」


 ペロドスはこうしてはいられないと、聖堂を飛び出した。

 ハーチャンに奪われる前に、オッサンをパーティに勧誘しようとしたのだ。


 しかし、その脚はどうしてもオッサンのボロアパートには向かわなかった。


 無理もない。

 この世界における最高位の存在である勇者が、荷物持ちのオッサンに頭を下げるのはプライドが許さなかったのだ。


 ペロドスは苦悶する。


「あ……あの力を取り戻したい、どうしても!

 あの力があったからこそ、僕は子供たちに慕われる勇者でいられたんだ!

 なんでよりによって、あのオッサンなんだっ!?

 今なら、あのオッサンが土下座したらパーティに入れてやらなくもないが、僕から誘うだなんて屈辱だ!

 で、でも、早くしないとオッサンが、ハーチャンのパーティに入ってしまう……!

 ぼ、僕は、どうすればいいんだっ!?

 うがぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 しかしその心配は杞憂であった。

 なぜならば彼と同じように、勇者ハーチャンも懊悩おうのうしていたからである。


「チャハッ! 俺は何度あのボロアパートの前を行ったり来たりしたことか!

 女たちと楽しそうにボロアパートを出るオッサンに、何度声をかけようとしたことか!

 でも、できねぇ……! あのオッサンに『パーティに入ってくれ』なんて言えるわけがねぇ!

 でもあのオッサンがいなきゃ、俺はクエストにも出かけられねぇ……!

 お、俺は、どうすればいいんだっ!?

 うがぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 オッサンの身辺は、今日も平穏であった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 マジハリの森の洞窟から戻った次の日の朝、テュリスがいつになくハイテンションで言った。


「よぉーし、森での戦いに洞窟の探索!

 基本のキの字はこなしたから、いよいよ本格的な旅立ちの始まりやでぇ!」


「旅立ちってなんだよ」


「ふるさとを捨てて、旅に出ることに決まっとるやないか」


「なに!? この街を出ろってのか!?」


「ストーリー上は旦那は、強さに憧れて世界を冒険することを夢みる勇者ボーイってことになっとるんや」


「ストーリーってなんだよ!? それに俺はもうボーイって歳じゃないぞ!?」


「ヘソから下にチェリーぶらさげとるから完全にボーイやろ。

 それにもうストーリーは始まっとるから、いくら嫌がっても旅立つことになると思うで」


 妖精とは思えないド下ネタをブッ込んでくるテュリス。

 しかしそれよりももっと気になることがあった。


「嫌でも旅立つことになるって、どういう意味だ?」


「旅立たなならん理由が転がりこんでくるっちゅうこっちゃ。

 ようは『イベント』っちゅうやつやな」


 ふと、俺とテュリスのやりとりをポカンと見ていたヒロインコンビが話しに入ってくる。


「あの……おにいちゃん、どうされたんですか? どなたかとおはなしされてるんですか?」


「オッサンってマジでひとりごとが多いよね~。

 旅に出たいんだったらハッキリ言えばついてってあげるのに」


「はい! おにいちゃんとりょこうなんて、かんがえるだけでしあわせになれます!」


 ヒロインコンビが乗り気だったのが俺にとっては意外だった。


「いいのか、お前たち……」


「あーしはヒマだしね。ガッコはもう勉強することなんてないから、別の街にある勇者高校にでもちょっと顔だせばいいだけだし」


「わたしはおにいちゃんのいくところなら、どこへでもついていくつもりでした!」


 俺が旅立つのを渋った理由はいくつかある。

 今の暮らしは俺にとっては理想的なので、旅立ったらそれが無くなってしまうんじゃないかと思ったんだ。


 しかしこのふたりが付いてきてくれるなら……行ってもいい、かな……。


 俺の心が少し傾いてきたのを、テュリスは見逃さなかった。


「よぉーし、それじゃ旅立ちの準備や!

 勇者の旅といえば、何をおいてもまずは馬車やな!」


 テュリスの言うとおり、勇者というのはみんな自前の馬車を持っている。


「でも馬車なんて用意できるわけがないだろう。

 家賃も払えない俺には夢のまた夢だ」


「心配せんでええ、ワテに任しとき!

 『神ゲー』のスキルをナメるんやないでぇ!」


「まさか『神ゲー』は馬車も手に入れられるのか!?」


「そや、こいつを持ってき!」


 ドヤ顔の妖精がよこしてきたのは、一本の藁であった。

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