第9話

 俺たちはピカピカになった部屋の中で、メシを食っていた。


「おにいちゃんのためにうでによりをかけさせていただきました。いっぱいめしあがってくださいね!」


 テーブルには所狭しと料理が並んでいる。

 チキンの丸焼きにミートローフ、魚のムニエルにグラタン、色とりどりのサラダに黄金色のスープ、ふかふかのパン……。


 こんなごちそうを前にするのは、家を追い出されて以来だ。


 ここ十年くらいはずっと、干し肉とパンを安酒で流し込む毎日。

 干し肉もパンも干からびていて、砂を噛んでいるみたいに味がしなかった。


 しかしシャイネの料理には味があった。

 あたたかさも、作った者の愛情も感じられた。


 そして何よりも、懐かしかった。


 俺はなんだかいろんな思いがこみあげてきて、食べているうちに泣きそうになる。

 しかしなんとか堪えられたのは、コレスコがいてくれたから。


「うまっ! うまうまうまっ! うんまぁーーーーーーっ!?

 どれも激ヤバなうまさなんですけど!? コレ好きなんですけどぉーーーーーっ!?」


 調子っ外れな声で感激しながら、パクパク食べるギャルを見ていたら涙なんて消し飛んだ。

 ベタ褒めなうえに見事な食べっぷりなので、作った側としては冥利に尽きるだろう。


 しかし作った側のシャイネとしては、俺の反応のほうが気になるようだった。


「おにいちゃん、ミートローフがおすきでしたよね。

 ちゃんとなかにゆでたまごもいれておきました」


「よく覚えてたな」


「はい、もちろんです。サラダもおとりしますね。

 あっ、コレスコさん、スープのおかわりはいかがですか?」


 シャイネはかいがいしく世話をしてくれる。


 彼女はまだ小学4年生だというのに、すでに所作が洗練されていた。

 言葉遣いは舌たらずなところはあるが、受け答えはもう大人顔負けだ。


 かたやコレスコは高校生だというのに、食べ盛りのワンパク坊主のよう。


「はぐっ、はぐっ、はぐっ! はぐはぐはっ! ああっ、これも超うまーっ!

 でもシャイネって珍しいね! 聖女ってフツー家事とかしないんじゃないの?」


「はい、ほかのせいじょさまはそうみたいですね。

 でもわたしはおにいちゃんのために、ずっと……しゅぎょうしていたんです」


 『しゅぎょう』のところで少し言い淀むシャイネ。

 俺と目が合うと、ポッと赤くなってうつむいていた。


 そういえばこの部屋の片付けもぜんぶシャイネがやってくれたのか。

 部屋を埋め尽くすほどのゴミ山は消え、窓辺には花まで飾られている。


 なんていうか綺麗になりすぎて、自分の部屋じゃないみたいだ。

 引っ越してきたばかりのような居心地の悪さを感じていると、俺の脳裏にふと、ある事実がよぎった。


「ああっ!? そうだ! 明日にはこの部屋、出て行かなきゃならなかったんだ!」


 そういえば、家賃滞納で追い出されることになってたんだ。


 住むところを失ってホームレスになるくらいなら、いっそ……と思って、今朝がた首に縄をかけた。

 しかしまさか、夜にはこんな美少女ふたりに囲まれてごちそうを食べることになるなんて夢にも思わなかったので、すっかり忘れてた。


 しかしその問題は、あっさり解決する。


「あっ、おにいちゃん。わたしがこのへやにきたときに『おおやさん』にごあいさつをさせていただいたんですけど……。

 たまっていたおやちんなら、わたしのおこづかいでおしはらいしておきました」


「なにっ!?」


 滞納していた家賃は30万エンダーはあったはずだぞ!?

 俺が半年飲まず食わずで働いて、やっと返せるような額だってのに……!


 それを、おこづかい感覚で!?


 実をいうと俺は、このあとシャイネにお小遣いでもやろうと思っていた。

 森で稼いだ小銭があったからな。


 ……や、やらなくてよかった……!


 しかし安心感と同時に、たまらない屈辱感に苛まれる。


 小学生の女の子に、家賃を肩代わりしてもらうだなんて……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 食後、俺たちは公衆浴場へと行った。

 俺のボロアパートには風呂なんてないし、そもそも俺は風呂になんて滅多に入らないのだが、コレスコが汗かいて気持ち悪いと駄々をこねたんだ。


 その帰り道、湯上がりの肌でぴっとり俺にくっついてくるコレスコ。


「そうくっつくなよ」


「えーっ、いーじゃん! だってあーし、オッサンのヒロインなんっしょ!?」


 俺たちの横を控えめについてきていたシャイネが、おずおずと尋ねる。


「あ、あの、コレスコさん……。ヒロインって、なんですか……?」


「さぁ? よくわかんないけど、なんかイイ関係ってことじゃね?」


「な、なるほど、『おともだち』とか『しんゆう』とかのことなんですね。

 そのヒロインさんというのは、どうやったらなれるものなのでしょうか……?」


「さぁ? オッサンが勝手にあーしのことをそう言ってたから。あーしもノリでそう言ってるだけ」


 するとシャイネは俺の前に回り込んで、胸の前で小さく握り拳を固めると、


「お、おにいちゃん! わたしも、おにいちゃんのヒロインさんになりたいです!」


「えっ!? そ、それは……!」


 いきなりの申し出に、俺は言葉に詰まってしまう。

 横で浮いていた妖精が、こんなことを言った。


「ああ、新しいヒロイン候補の登場やな」


「っていうか、そもそもヒロインってなんなんだよ?」


「『JRPG』には必須の存在に決まっとるやないか!

 チートの設定によっては、お姫様抱っこで宿屋に連れ込んでもオールオッケーなんやでぇ!

 旦那もさっさと、『ゆうべはおたのしみでしたね』とか言われてこんかい! 卒業してこんかい!」


「なっ!? そんなこともできるのか!?

 ……って、ダメだダメだ!

 コレスコは女子高生だし、シャイネに至ってはまだ小学生なんだぞ!」


「そんなこと言われても、コレスコもシャイネもヒロイン候補になってもうたがな」


「……も、もうシャイネまで、ヒロイン候補になっちまったのか……!」


 俺の独り言にコレスコもシャイネも若干引き気味だったが、俺の口から飛び出した『ヒロイン候補宣言』に、


「わぉ! シャイネもヒロイン候補にしてくれるってさ! よかったじゃん!」


「はい、ありがとうございます!

 おにいちゃん! わたし、おにいちゃんのりっぱなヒロインさんになれるよう、いっしょうけんめいがんばります!」


 俺としてはそんなつもりじゃなかったんだが……。

 ヒロインコンビは意気投合し、すっかり盛り上がっていた。

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