第二章

第7話 弟子ができたにゃ!

 ローリエルは驚愕きょうがくに眼を見開いていた。

 それはソージュの街を出て、ルービの街へと向かう最中の出来事。


「お願いします! どうか僕を――この不肖、グラシア・シューホンベルクをあなたの弟子にしてくださいッ!」


 酒瓶が大量に積まれた荷車、そのほろの中から突然一人の少年が飛び出してきたのである。その少年には見覚えがある。センジュゴリラに追われて街にやってきた、あの少年だ。


「僕はあなたのように強くならなければいけないんです! だから、どうか僕を弟子に……!」


 グラシアと名乗ったその少年は、先ほどから地面に頭を付けたまま意地でも動こうとしない。いや、ローリエルが本気で地面から引きはがそうとすれば造作もないことだが、彼女にはそれがはばかられた。こんな子供相手にケガでもさせてしまっては恐ろしい。なんせローリエルは、今もまさに酒瓶を片手に絶賛飲酒している最中であり、つまり「絶酔狂乱」の効果によって全能力が三億パーセント上昇している状態なのだ。


 というのが、表向きの理由。


 本音を言えば、この少年はかなり顔立ちが良かった。率直に言って、かなりローリエル好みの顔立ちだった。彼女は酒カスであると同時に、面喰いでもあった。そんな可愛らしい男の子が、自分に向かって必死で頭を下げている光景は、とても嗜虐心しぎゃくしんをそそられる。素晴らしい光景だった。有体に言えばもうちょっとだけ見ていたい。


(顔面がいいだけじゃなく……多分この子、家柄も良いんだよにゃ……)


 なんせ彼の身に着けている服や装飾品は、いかにも高価で強力な品々ばかりである。アリアドネのドレス、守護神の耳飾り、ヘルメスの靴、そして背負っているのはオリハルコンの剣。まともにこんな装備を揃えようと思ったら、金貨千枚あっても全く足りないだろう。つまり相当な金持ちか、由緒正しい家柄の生まれと推測するのが妥当なのである。


(むむ……しかし、私の直感がささやいてるにゃ……! 美味い話には裏があると! フツーに考えて、こんな金持ちでイケメンが私の弟子に志願するなんて都合のいい話あるわけないにゃ!)

 

 ローリエルはこれまで、上手い話に喰いついては痛い目を見てきた……すべては目先の誘惑を断ち切れぬ、未熟さが招いた失敗! ローリエルは心を鬼にしてグラシアから目を逸らし、荷車を引く!


「申し訳ないけど弟子は取ってないんだにゃ! それに、私に着いて来るということは魔王を倒す旅に同行するということになるにゃ! 君のようなひ弱なお坊ちゃまにはとても……」


「バ、バカにしないでくださいッ! 確かに僕はひ弱ですけど! 魔王を倒したいという目的は師匠と一緒です! どうかぼくを連れて行ってください!!」


「ちょっと待つにゃ! いつの間に私が師匠になったにゃ!?」


「雑用でもなんでもしますから! どうかお願いします!!」


「ええい引っつくにゃ! 暑苦しいにゃ!」


 ローリエルは細心の注意を払って、足にしがみ付くグラシアを引きはがそうとする――絶妙な力加減が難しい! 何度優しく振りほどこうとしても、グラシアは一切諦める気配がなかった。見かけによらず、かなり頑固なところがあるらしい。

 ローリエルはとうとう、イケメンを足蹴りにしているという罪悪感に耐えかねて「うううっ……」とその場でうずくまってしまった! その隙を、グラシアは決して見逃さない!


「師匠! お願いします! もちろんタダでとは言いません! 謝礼もしっかりお支払いします!」


「謝礼ッ!?」


 ローリエルの体に活力が満ち、眼が怪しく光る! 現金ッ!! しかしローリエルは辛うじて、なけなしの理性で己を律する!

 ……まずは、お話だけでも聴かせてもらおうッ!!


「グラシア君、これはお金の問題ではないのにゃ! それを重々承知してもらったうえで一応聞かせてもらうんにゃけど、具体的にはおいくらほど頂戴できるのかにゃ!?」

「ええと、金貨五千枚ほど持ち出してきたので、それでなんとか……」

「はァ!? 金貨五千枚!?」


 一般庶民的な感覚からすれば、金貨五千枚というのは十年は軽く遊んで暮らせてしまうような大金だ。やはりこの少年は只者ではないとローリエルの直感が囁く。

 ――が、しかし、それだけの大金が頂ければ当分酒代には困らないこともまた事実ッ!


(こ、こんな育ちが良くて顔面も良い優良物件と、一緒に旅をするだけで金貨五千枚!? こんなことがあっていいのかにゃ!?)


 もはやローリエルの頭から「疑い」の二文字が消失してしまった! 今、彼女が思い浮かべているのは、飲んでも飲んでも飲み切れない大量の酒だけッ! 酒のプールに浸かる夢の光景ッ! 借金が半分返済できるという発想は微塵もないッ! それがローリエルという拳士の生き様であるッッ!!


「グラシア君……」

「は、はいっ!」

「君の心意気と覚悟に感動したにゃ! 私は君を必ず、立派に育ててみせるにゃ!」

「し、師匠ーーーーッ!!! ありがとうございます! ありがとうございますッ!!」


 こうして、世にも奇妙な凸凹でこぼこ師弟が結成されてしまったのだった――!!

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