第2話 ひとり酒ラプソディーだにゃ!

 その日の晩、ローリエルはギルドの酒場で荒れに荒れていた! 床にはすでに、安酒の瓶が山のように積もっている! 金貨一枚の酒乱――今夜は手切れ金が尽きるまで飲もうという腹積もりであった!


 事情を知らない冒険者たちは酒瓶の山に一瞬目を奪われるが、カウンターにローリエルが腰かけているのを見ると「なんだ、いつものか……」と安心して去っていった。そうして一人、また一人と客足が減り、とうとうギルドの酒場の客はローリエル一人になってしまった。

 ローリエルはカウンターに顔面を伏せてうなりながら、ぼたぼたと涙をこぼした。


「うぅ……ぐすっ……畜生ちくしょう……せっかく金持ちのイケメンとパーティー組んでたのに解雇されちゃったにゃ……あんな上玉、きっと二度と見つからないにゃ……」


「馬鹿なやつだよお前は。せっかくこの俺が勇者殿に口利きしてやったのに。チャンスを棒に振りやがって」


「うるさいにゃ! クソヒゲは黙って酒を持ってくるがいいにゃ~!!」


「まぁ別に構わんが、飲んだ分だけ借金は増えていくからな……」


 大男がため息を吐きながら酒瓶を片付ける。筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの肉体に、ヴィンテージかつ武骨な重鎧。好き放題に伸び切ったヒゲ。一見だらしなく見えるこの壮年男性こそ、冒険者ギルド・ソージュ支部を総括するギルドマスターだった。名はオーゼフ。かつては魔王討伐まであと一歩というところまで迫った、熟練の戦士である。


「んで、どうするんだ? これからは」


「しょうがないから、借金返済のために適当なクエストでも回していくしかないにゃ……」


「借金を返すのは当然だバカ。そうじゃねぇよ。それが終わったらどうすんだって聞いてんだよ」


 マスターはいつになく真剣な表情で、ローリエルの顔を覗き込んでいた。


「確かにお前はどうしようもない酒クズだ。その上、面喰いだから救いようもない身の程知らずだ」


「やかましいにゃクソヒゲ!」


「そんなお前でも戦闘力に関しちゃ一級品だ。正直なところ、お前が本気で戦えば勇者殿にも引けを取らないと俺は思ってる――その才能が、こんな片田舎で一生を終えるなんて勿体ねぇよ」


「……なにが言いたいにゃ?」


「お前、魔王ブッ倒しちまえ」


「はァ!? そんなの私の仕事じゃないにゃ!」


 魔王とは、魔界から追放されたとある王のことだ。彼はこの世界に大量の魔物を生み出し、地上に自らの王国を創ろうとしている。


 そのため諸国は同盟を結んで、共同出資によって冒険者ギルドを結成。数十年に一度、冒険者の中で最も優れた力を持つ者に「勇者」の位を任命し、魔王討伐の旅を支援しているというわけだった。

 勇者にとって魔王を倒すのは義務だが、そのパーティーから解雇された今、もはやローリエルに魔王を倒す理由はない。


「だからこそだよ、ローリエル。勇者でも何でもない、傍から見れば飲んだくれ狂人のお前が、魔王の首なんて持って帰ってみろ。一躍英雄扱い、色んな国から一生かかっても使いきれないほどの金が入ってくるんだぞ。あとついでに、お前を見捨てた勇者殿にも「ざまぁwww」って言ってやれる」


「ふぉぉぉぉぉぉぉッッッ!? つまり借金がチャラになる上、一生酒が飲み放題ってことかにゃ!?」


「ああ……!! 好きなだけ飲め……!!」


「うぉぉぉぉぉぉっ!! 俄然がぜんやる気が出てきたにゃァァァァァァァ!! そうと決まれば祝い酒だにゃ! おいさっさと酒持って来いにゃクソヒゲ!!」


「だから、もう金無いだろお前は……」


「金が足りなきゃ体で払ってやるにゃ!」


「いい年してにゃーにゃー言ってる女に興味なんかねぇよ。そろそろ店じまいだからさっさと帰れ」


「うがー!! こうなりゃ意地でも朝まで居座ってやるにゃ~~!!」


 結局、その日ローリエルは金貨一枚では足らずさらに借金を重ねてしまい、気が付いた時にはギルドの便所で夜を明かしていた。

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