【序】見つけた場所

 風の通り道である縁側でうとうとしていた蒼矢――否、総司は、竹刀のぶつかり合う音に重たげにその頭を上げた。


 緑薫る穏やかな風が頬を撫でていく。だが、背中には嫌な汗がじわりと浮かんでいた。その汗に心地悪さを感じて、総司は今まで見ていた夢を振り払うかのように頭を振る。すると、いつの間にか縁側には影がさし、道場に続く通路からにゅっと人が現れた。


「大丈夫か、総司」


 総司は呼ばれた声に振り返る。そして相手の姿を捉えて、その顔にようやく安堵の色を浮かべた。


「近藤先生」


「練習熱心なのもいいが、この暑い中倒れられたりしたら敵わんからな。気をつけろよ」


 稽古で流した汗を手拭いで拭いながら、近藤はどかりと隣に腰を下ろす。古い縁側の板がギシリと鳴って、お互いに顔を見合わせ苦笑する。


「別にそんな軟じゃありませんよ。ただ、昔の夢を見ただけです」


「何だ、総司。お前また稽古さぼって昼寝していたのか? こりゃ、俺の心配し損じゃないか」


「先生、失礼ですよ。ちゃんと稽古は終わらせてあります」


「うん、そうか。偉い、偉い」 


 近藤は豪快に笑いながら総司の頭をわしゃわしゃと撫でる。


 いつまで経っても子供扱いする近藤に、初めこそ反発していた。けれど、何を言っても無駄だと諦めがつくと意外と心地よい。


 そう思うようになったのだから重症かもしれない。


 総司は一通りその洗礼を受けると、大きく伸びをして腰を上げた。道場の方から、土方が近藤を呼ぶ声が聞こえている。


「先生、土方さんたちが呼んでいます。行きましょう」


 そう言って促すと、促されるまま近藤は立ち上がった。


「おーい、近藤! まだかよ!」


 立ち上がった早々、聞こえてきた大声に、近藤は慌てて駆けていく。せっかちな原田が騒ぎ出したのだろう。道場の床をどんっどんっと鳴らしながら騒ぎ立てる原田の姿が目に浮かぶようで、総司は笑いを堪えるのに必死だった。


「原田、お前って言う奴はー!」


 近藤の怒鳴り声と共に、板張りの床からこちらまで振動が伝わる。


 総司は今度こそ堪えきれずに吹き出した。


 笑いが絶えない新しい世界。そこはとても居心地が好くて、総司はいつも救われる。だからこそ、この世界はもう二度と失いたくはないとそう思えるのだ。


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