第14話 英雄になりたかったんです……

【第三章】

 ◇英雄になりたかったんです……

 見慣れない天井、見慣れない壁。

「アンディ起きてる?」

 知ってる声。知ってる顔。

「寝てます」

 俺は再び瞼を閉じ、布団を被る。

 だがそんな抵抗も虚しく、テイラーに布団を奪い取られる。

 まだ眠い目を閉じていても朝の日差しが瞼越しに明るさを覚え始める。

「そろそろ起きて。もうすぐ九時半だよ!」

それでも起きるものかと必死の抵抗を試みる俺。

「寝てます。寝てるので起こさなぃぃぃ痛い、痛いです!テイラーさん起きるんでお願いです!耳を引っ張らないでぇぇ!」

「じゃあ早く起きて、準備して!」

 サルのように赤くなった耳を摩りながらもやむなく俺も起床し、身支度を済ませる。

 その後はテイラーと共に荷物を纏め、それでも元々それほど多くの荷物を持っていなかったこともあり、時間は掛からなかった。

「テイラー、荷物持つよ?」

纏めた荷物を重そうに抱えているテイラーに呼びかける。

「いや、大丈夫だよ、このくらい——ってキャッ!」

 と、その瞬間、テイラーは悲鳴と共に階段の段差に足を踏み外した。

「ぐおっ⁉」

 俺は落ちてくるテイラーを受け止めるが、勿論止めることはできず階段を落ちる。

 ズシャーンと言う効果音でも聞こえてくるんじゃなかろうかと言うくらいには派手に俺はテイラーの下敷きになる。

「痛った!てかテイラー大丈夫か?怪我とかない?」

 俺はテイラーを見上げて、一先ずテイラーの怪我の有無を尋ねる。

「ご、ごめん……怪我はないよ」

 よ、よかった、怪我はないようだ。もしテイラーが怪我したなんて村のやつらに聞か

れでもしたら俺が消されかねない。

 勿論俺は元より丈夫な体を持ち欲は無く云々……まぁとにかく怪我はない。

 ……あれ、見上げてる?そういえば俺の手になんか柔らかい感覚が——と手を動かすと、

「ひやっ⁉」

 俺の手の動きに反応するように、頭の上からなにかに驚くような声が聞こえた。

 あれ?と不思議に思った俺はまだズキズキと痛む頭で回りを確認しながら冷静に今の状況を思考する。

 結論、ヤバい。この状況はヤバい。

 階段から落ちて、テイラーを抱き留めたとき俺の手は、その、テイラーの、で、臀部をしっかり、がっしりと鷲掴みにしていた。その柔らかく、テイラーのスレンダーな体形では想像していなかったが、意外と大きい。女の子とは誰しもこうなのだろうか?

 ってそんなことを考えている場合ではない。どうするこの状況……!頼む、誰か助けてくれ!助けが来ても何もできないけど。

しかし、そんな俺の願いが通じたのか玄関のドアが開く。

——なんて一瞬でも考えた俺が馬鹿でした。

「おはよー」

 そこにはまだ眠そうに目を擦りながらだが、時間に間に合うように早くに来ていたらしいルネがいた。

 俺は一瞬、助けが来たと希望を示してしまったが故にそれは絶望へと瞬く間に変貌した。

 テイラーもルネがいることに絶望的な顔色を示す。

 そしてルネの目には階段のすぐ下の床に仰向けになってテイラーの臀部を掴んでいる俺と傍から見れば俺を押し倒すような形になっているテイラーを見るとその猫目を悪巧みでもしているような目へ変える。

「あー、僕一時間後にまた来るわ。そんじゃごゆっくりー」

 木の擦れるドアの音と共に消え去ろうとするルネを俺とテイラーは隼の如き速さで駆け、ルネを取り押さえ必死の形相で事のあらすじを白状する。

「違う!違うんだ!俺はテイラーが落ちてきたから受け止めただけなんだ!」

「そう!あたしも足を踏み外しただけだから!」

 俺らは必死で言い訳、というか本当の、ありのままの事実を話してルネの誤解を取ろうとするが、ルネの顔にはまだ疑問が残っているようだった。

「まぁ言いたいことは分かるし、辻褄もあってるんだけど一つ気になってることがあってそれのせいでどうも腑に落ちないんだよね」

 ルネはちらっと俺の方を見て、にちゃぁぁという音が聞こえてきそうなにやけ顔を向ける。

「な、なんだよ」

「いやさ、さっき見たときさ、アンディ君テイラーちゃんのお尻触ってたよね?」

 オワタ。

 俺は掴んでいたルネの手を離し、その場から逃げること脱兎の如し!と思ったらルネに足を引っかけられその場ですっ転ぶ始末。

「そんじゃごゆっくり~。少ししたら戻ってくるから。テイラーちゃんも殺さない程度でね」

「うん。分かった」

 テイラーは俯せに倒れている俺の背中の上に乗り、ルネはばいちゃーとだけ言い残して一度家の中へ戻っていった。

(いや、絶対分かってない分かってない!この人目ヤバいって!なにそのドス黒い目!寧ろどうやったらできんだよ!)

「ところでさ、あんた階段落ちて色々混乱してるところにかこつけて、あたしのお尻触っただけじゃなくて揉んだよね?」

 うわぁ。バレてるぅ……

「そんで痴漢野郎、最後に何か言い残すことある?」

 ほら、殺す気満々じゃねぇか!だが今の俺がここから逃げる術はない。

 って言うか痴漢野郎って二回も男って意味が……って言ってる場合じゃなさそうだ。

「後生だから殺さないでください」

「それ以外で」

 それ以外で⁉

俺の人生最後の頼みはあっさりと却下され、残りは死を待つだけとなった。

「それじゃ、最後に最後に母さんに生んでくれてありがとうと」

「いや、こんな痴漢野郎に育ってしまってごめんなさいでしょ」

「そんなちっぽけな願いすら聞いてくれないのか。これが人間のやることかよぉぉぉぉ‼」

「天っ誅!」

 ガンッと俺の脳天にテイラーの踵落しが直撃し、俺の顔面は地面にめり込んだ。

 そのあとの記憶は無い。


目を覚ますと多くの人がいる。

「やぁ。目が覚めたかい?」

 声の方を見るとルネが座っていた。

「お前、俺になんか恨みでもあんの?殺す気なの?」

 アハハと笑ってるけど、こっちからしたら笑いごとじゃねぇよと突っ込みたい。今はそんな気力無いけど。

「あれ、テイラーは?」

「今、ギルドの受付でプレイヤー登録の手続きに行ってるよ」

「ギルド?」

「そう、ここはハードリック王国のギルド。そして文字通りの『プレイヤーの玄関』。ここでプレイヤーとして登録されるだけじゃなくて、プレイヤーが初めてこの世界に来る場所でもあるんだ。そしてプレイヤーはこの世界に来ると同時にクラスが与えられるんだ。それらは全部で七つ。剣の使い手であるブレーダー。槍の使い手であるランサー。弓の使い手であるアーチャー。ハンマーの使い手のクラッシャー。魔法使いのソーサラー。銃の使い手であるガンナー。そして最後は武器は無く拳を使うスマッシャー。そんで僕はブレーダーだね。ほらこれがギルドカード」

 ルネは手の平を上に向けるとそこには一枚のカードが姿を見せる。

「それって自分で選べるのか?」

「いや、一般的にはその人にとって最も適したクラスが与えられるよ。そんで基本的に与えられたクラスの武器——ブレーダーなら剣、アーチャーなら弓というようにそのクラスの武器しかもつことはできないよ。ってここまで自信満々に語りはしたけど、僕もこの世界の住人がプレイヤーになるなんて話聞いたことなんて無いから実際にどうなるかは未知数だね」

 そうなると俺が使うのはやっぱり剣なのだろうか?それとも意外と他の武器だったりと想像が膨らむ。あーどうしよう。もし隠された魔力とかがあったり、魔力は無いけどそれ以外の能力が一般じゃ考えられないくらいのものだったら……

 なんてくだらない考えでも自分のクラスを想像するとこれからどんな武器を使うことになるのか?なんてことを考えると遂口角が緩みそうになる。

「あ、テイラーちゃん戻ってきた。どうだったどうだったー?」

 登録の終わったテイラーのクラスを訊くのが待ちきれないルネは軽い足取りでテイラーへと駆け付ける。

 一方でテイラーの顔はどうも浮かない顔色で俺は不思議に思う。クラスに不満でもあったのだろうか?

「どうしたテイラー?なんかあったのか?」

「あーアンディ起きたんだ。いや、まぁなんかあったかと聞かれると、うん。なんかあったね」

 微妙な歯切れの悪さを滲ませながらテイラーは答える。

テイラーは「実は……」と手に持っていたギルドカードを俺らに渡す。

 そのギルドカードには


 テイラー・クランド

 クラス:NPC

 Lv.Max

 体力:24 攻撃:28 防御:23 スピード:32 スタミナ:36 魔力:64


「訊きたいことは色々あるけど、一先ずそれは置いておくにしても『クラス:NPC』っておいルネどういうことだ?」

「い、いや僕に問い詰められても分かんないよ⁉如何せんNPCをプレイヤー登録させるなんてこの世界で初めてのことだと思うし。それでもNPCの表示がでるってことはNPCはプレイヤーにはなれないのかもしれないね……」

 嘘だろ……

 しかも『レベル:Max』って、それってつまり今後成長する余地が無いってことじゃねぇか……

 クソッ、近距離で思いっきりクリーンヒットでも貰ったような気分だぜ。

「でも凄いね、魔力量は普通のNPCより間違いなく多いよ。同じくらいの能力値なら一般プレイヤー以上の可能性は全然あるよ」

 たしかにテイラーの魔力量は他の能力値とは一線を隔している。

 そうでなくても昨日初めて魔法を使ってその日のうちに見様見真似で魔法を使えてしまえる辺りテイラーもには魔法のセンスというのがあるのだろう。

「ちなみになんだけど他の数値ってどういう意味があるの?なんとなくは感覚で分かるんだけど体力とスタミナの違いとか無いように聞こえるんだよね」

「そうだね、確かにその辺も説明しておかないとだよね。まず攻撃の数値が高くなるほど敵に与えるダメージが増えてくるよ。防御の数値は高ければ高いほど敵からのダメージを軽減できる。スピードは言わずとも分かるかもだろうけどその人の動きの速さだね。魔力は魔力量のことだね。これの数値が大きければより多くの魔法を発動したり、より強大な魔法を発動させることができる。これは飽くまで傾向だけどやっぱ魔力の多い人はソーサラーに選ばれてる割合が多いかな」

そうなるともしクラスがNPCでなければ恐らくソーサラーであったことだろう。

「それで体力とスタミナなんだけど、体力っていうのは謂わばその人の命だね。それが0になると私達は死にまーす。基本的に体力は時間で回復できるけど凄く時間がかかる。だから基本的には魔法、アイテムなどでの回復がベースなんだけど、一定値以上は魔法、アイテムでの回復は不可能なんでご注意を。まぁそういうわけでプレイヤー達は死ぬのを防ぐ為に防御をあげたり色々とプレイヤーは画策するわけです。」

 あー、うんうん、なるほど。半分理解したようで、半分は理解できていないのだがとりあえず、体力が0になるとダメってことは分かったぞ。

「そんでスタミナってのはちょいと複雑なんだけどまぁ簡潔に説明するとこの数値が高いとそれだけ長時間の行動が可能になる。つまり、長期戦とかがすごい強いってことだね。あと、この数値が高いと重装備ができるってことかな。装備の一部は必要なスタミナの値があるから注意が必要だねーってことでそれじゃ次!アンディ君行ってみよー!」

 なんでこいつはこんなにいつもハイテンションなのか知らんが、俺はルネに左腕をガッチリ極められながら憲兵にでも連れていかれる悪人のようにして受付まで連行された。

「ようこそギルドへ。本日はどのような御用でしょうか?」

「プレイヤー登録で」

「では只今その準備を致しますので少々お待ちください」

「はぁ、つまんな~い」

 淡々とした会話というかやり取りを受け付けのお姉さんと交わす俺を退屈そうな目でルネが見てくる。

「なにがよ?」

プレイヤー登録で面白みを期待する方が筋違いな気がするが、俺は試しにどんなもんをこいつが求めていたのか訊く。まぁどうせしょうもない答えが返ってくるのは分かっているが。

「だってさ、受付の人結構可愛かったじゃん?それなら口説きに行くとかって期待してたのに」

 ほらな?

「テイラーちゃんよかったねー彼全然目移りしなかったよ」

「な、なな、なんでそれをあたしに言うの⁉」

 ちょっと何を言ってるのか分からないがテイラーはルネの背中を涙目でポカポカ叩きまくってるし、ホント仲の良いことで。

 そんな茶番をしていると受付のお姉さんはなんかやたらと厳つい機械を持ち出してきた。

「あ、これ凄いんだよ!」

 テイラーはさっきに見たのか機械が持ち出されるとそれを近くで見ようと俺の側に来て身を乗り出す。

 見た目だけで凄いのは分かるが、テイラーは興奮していて気づいていないかもしれないけど——近い!近いです!時折髪が俺の頬を掠めてきて、ああ擽ったいなぁ!

「それではこの機械の下へ手をかざしてください」

 受付のお姉さんはそういうと機械にある薄く平たい穴にギルドカードを差し込んだ。

 俺もそれに続き、早くこれを終わらし即座に撤収せんと言われた通りに手を機械の下へとかざす。

 受付のお姉さんがスイッチを入れると機械は青緑の光を放つ。だがその光も一瞬だけパーッと明るくなっただけで直ぐに消えてしまった。

「はい、登録は終了しました」

 どうやら光が消えたのは登録が終わったからだったらしい。

 俺はギルドカードを受け取り、支払いを済ませその場を後にした。

「で、ステータス、ステータス」

 ルネとテイラーは早く見せろとばかりに俺に身を寄せてくる。

 勿論俺も気になっているのだが、緊張で手が震えてしまう。一つ大きく深呼吸をして俺はギルドカードを裏返した。


 アンドリュー・アインザック

 クラス:NPC

 Lv.Max

 体力:43 攻撃:30 防御:53 スピード:39 スタミナ:43 魔力:0


「はぁ、なんだろね。うん。逆に凄い?のかもしれないね。魔力ゼロって僕見たこと無いよ。でもそれにしてもなんともコメントの残しづらいステータス」

「えーっと、まぁ、その防御とか体力とかそういうのは高いね、ま、まぁこれからだよこれから」

「お前らなぁ、コメントしづらいって一番しづらいのは俺だよ!それにこれからって、今現在で既にレベルマックスなんですけど?これからってどうすりゃええねん。しかも何だよ魔力0って。俺だって思春期真っただ中の男の子だぞ?ちょっとくらい勇者とかになって魔法でブイブイ言わせて、人生ウハウハ状態だーとか期待するだろうがよぉ!」

 俺はギルドの木の床に膝を付け、全開の蛇口張りに駄々洩れの欲望にに二人とも若干引いているが、引きたいやつには引かせておけ。そんなこと知ったことか。

 欲望も思いも無い男などいるはずがないだろうが。まぁ無いものは仕方ない。

 ちくしょー俺も魔法使いたかった。

「ってかルネ、お前のステータスはどうなんだよ?俺らは見せたんだからお前のも見せろよ」

 俺は己の自他共に認める微妙ステータスに対する八つ当たり気味にルネに訊いた。

「えー、僕の~?そんなに見たいのかぁ。仕方ないなぁ」

 あ、これ地雷踏んだ?言葉上では嫌そうにしているが間違いなく全然嫌がっていない。っていうかルネ、これもしかして自分のステータス自慢するために俺達のステータス先に見せただろ。


 ルネ

 クラス:ブレーダー

 Lv.256

 体力:187 攻撃:288 防御:164 スピード:321 スタミナ:224

魔力:204


「「……」」

ちょっとよく分かりません。

は?なにこいつ。頭可笑しいのか?いや、俺の目が可笑しいのか。いやしかしいくら目を擦ってもそのイカれた数値に変わりはない。

「テイラー、もうこいつ放って置こうぜ」

「うん。そうだね」

 未だによく理解していない頭の俺とテイラーは直ぐにギルドの外へ向かった。

 ハハハ、もうなんでもいいや。なんだこいつ。化け物かよ。

「え、あ、ちょっと待って、ごめん!ごめんってばー!」

 よく分からなさ過ぎて逆に大きな反応を全くしなかったことが想定外だったのか、一人ギルドに取り残されたルネは慌てて俺達を追いかける。

「ルネは俺達とは違うから『一人』で『寂しく』頑張れよ」

「あたしたちはもう大丈夫だから。ルネがいなくてももう『平気』だから」

 俺もテイラーもルネには『一人』『寂しく』『平気』嫌味ったらしく言う。

 なんだろう。なんかいいな、これ。毎日こいつに煽り倒された身としては実に気分がいい。

「じゃ、今までありがとな!」

 さらりと別れを告げてその場を俺は去るフリをする。

「うわぁぁーん!ホントにごめんなさい!調子乗りましたからぁ」

 あーすげぇ、マウント取れるのってこんなに気持ち良い痛てて!全然気持ち良くないです!そんなにガッチリと俺の左腕を極めないで!

「痛い痛い俺も調子乗っててずいまぜんでじだぁぁ!」

 何とか腕を解いて貰えた俺はそのまま地面へ倒れ込む。畜生、やっぱ悪いことは考えるんじゃあないってことですか?

 てか昨日はキックばっかりだったけど、今日は極め技(ロック)ですか?

 もうこんなに技受けまっくてんだから体力の数値マックスになったりしないんですかね。

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