第8話 王都入場

【第二章】

◇王都入場

 ハードリック王国王都セントラル、人口およそ五十万のこの都市は別名『プレイヤーの玄関』とも言われている。というのも、この国の奥に丘に聳え立つ王城はプレイヤー達が初めてこちらの世界に来るときに召喚されるという世界でも片手で数えられるほど場所があるからなのだ。

王国の歴史としては他国よりも短く建国からまだ百数十年程しか経っていない。

それでもこの国が世界最大の大国として名を馳せているのには勿論プレイヤーが来る以前から世界でも最大級の武力を持っているのもあるのだろうが、プレイヤーの恩恵が大きいだろう。

この国の広大な領土が維持できているのも、プレイヤーがいるからこそということは認めざるを得ない。

「到着~‼」

「長かったね~」

「もう休みたいんだけど」

 三人とも思い思いの言葉というより、全員思ってることをそれぞれ分担するように述べる。

「しかしこの街、来るたびに人増えてると思うんだけど……」

 辺りを見回せばプレイヤーと思しき人々がそこら中におり、道を馬車で通るのも大変なほどだった。

「そりゃ、今、現在進行形でこの世界には五百万人近いプレイヤーがいるんだからね。まぁそれはこの国だけじゃないけど、それでもこの国だけで百万人くらいはいるんじゃないかなぁ」

「百万⁉一体プレイヤーの人たちの住む世界ってどれだけの人口がいるの?」

 正直、俺にはルネの世界の形が全く想像できなかった。

一千万くらいだろうか。いや四、五千万くらいだろうか。

 だが違った。それも少しではない。桁が違ったのだ。

「七億ちょい」

「ごめん、ちょっとよく聞こえなかったんだけどさ、もう一度言ってもらっていい?」

「七億ちょい」

 実に十四倍である。

 テイラーはポカーンと口を開けたまま卒倒していた。開いた口が塞がらないとはまさにこのことか。

「あー安心して、七億全員がこの世界にくるなんてことは起こらないから」

そりゃそうだ、もし七億全員この世界に来るなんてことがあればこの世界のどこもかしこもお祭り状態と化すだろうからな。

「それで君らこれからどうするの?僕はしばらく休憩しにこの世界離れるつもりだけど」

「あー俺達はどっかぶらつくか」

 ちょっといくつかよってみたい商店街もあるしな。

 と考えていた矢先、テイラーから思いっきり耳を引っ張られた。

「痛った!いて、いてててて」

「ほら、あたしたちはこれから売りに行くんだよ。だからそんなところでのんびりはしてられません!」

 ぐいーっと耳を引っ張られながら俺にできたことはその店を名残惜しそうに見ることだけだった。

「そっか、それじゃあ——六時くらいでいいかな。その時間になったらまたこの広場に集まってね。僕がおすすめの料理店に連れてったげるから」

 俺らの予定は訊かず、そう言い残してルネは人ごみに紛れるように去っていった。

 ほんと自由な奴だなぁ、なんてこと考えていた矢先、隣から肘で小突かれる。

「君もだからね!」

あ、はい。ホントいつもご迷惑かけております。という風に、俺は首を竦めてぺこりと頭を下げた。

「まずは——あーあのぼったくり果物屋かぁ」

「こら、お客さんにそういうこと言っちゃダメでしょ」

 へーい。と軽く返したが、俺嫌いなんだよなぁあそこの若店主。


 そんなことを考えているとそのぼったくり八百屋はもうすぐそこまで近づいていた。

「——あー、どもっす」

「ん」

 これだよこれ!

「あ、こんにちはー!」

「あーいらっしゃい!いつもご苦労様!暑かったでしょ!」

 そうそうそんでこれな。この俺とテイラーの圧倒的な扱いの差。しかも無駄にこいつイケメンなのが腹が立つ。

「あ、いえ、大丈夫です」

「ほんとに大丈夫?別に遠慮しなくてもいいんだよ?」

 男はスキンシップを図ろうとテイラーに近づいている。そうやって男がテイラーと近づこうとする度、俺の焦り、というか怒りというかなんとも形容しがたいのような何かが水が沸騰するように俺の心から溢れてくるような気持ちに襲われた。

「あの、すいません。このあと荷物全部受け渡し終わったら行くところあるんでいいですか?」

 テイラーのことなのに、見ていて俺の怒りはまるで自分のことのように熱くなっているのだと自分でも分かった。

 俺とテイラーはそのあと直ぐに荷物を下ろしに行った。

「ねぇ、なんか怒ってるよね?」

「——別に怒ってるわけじゃ」

「別にって、怒ってるじゃん。もしかしてさっきの男の人のやつで怒ってるの?」

 多分怒っているというのではないと思っていた。この心は身内が変な男に振り回されてほしくないと案じた結果だと。

 しかし、テイラーに怒っていると言われたときどうしてか直に否定できなかった。

「ほら、見てよ」

 店の前に立つあの男を見るように促すテイラーの目はいくらか悲しげに見えた。

 店に立つ男は道行く女性すべてに声を掛け、男は全てに無視か素っ気ない態度を取るという行為をずっと繰り返していた。真実を知っているが故の彼のその無邪気な働きはあまりに惨く、残酷な様を映し出していた。

「こうやって同じような行動をし続けるしか選択肢がないんだよ」

周りに映る多くの人間の動きが全て誰かによって決められているなんてことを信じたくはない。だが目の前にある現実が俺達に重くのしかかってくるような、そんな重い感覚だけが残った。

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