第40話 花火大会でのハプニング

 花火大会の当日。

 会場付近の駅前は人で溢れている。

 俺は慣れない浴衣を着て奏さんを待っていた。


 多くは浴衣を着ているので、行き先を聞かなくても目的は花火大会だと分かった。


 行き交う人を注意深く見ているのは知り合いがいないか確認するためだ。

 親戚と花火大会に行くと断ったのに奏さんと二人出来ているところを見られるわけにはいかなかった。

 幸い今のところ、知り合いとは出会でくわしていない。


「ごめん。待たせちゃったよね?」


 浴衣姿の奏さんがやって来る。

 浴衣もやはり彼女が好きなすみれ色のものであった。


「浴衣着てきてくれたんだ。よく似合ってるね」

「丹後くんも浴衣、似合ってるよ」


 まだ花火の打ち上げまでは少し時間がある。

 俺たちは周辺をぶらぶらと歩き、テラス席から海が見える喫茶店で休憩した。


「花火なんて久し振り」

「そうなんだ? 俺は毎年行ってるな」

「人混みに酔っちゃうからなかなか行く勇気が湧かなくて」

「そうなんだ。ごめんね、無理に誘っちゃって」

「ううん。誘ってもらえて嬉しかった」


 夏の長い夕方はもったいぶるようにゆっくりと暮れていく。

 景色の影が濃くなるにつれ、人通りも増してきた。


 喫茶店を出た俺たちは花火が打ち上げられる港方面へと歩いていた。

 既にたくさんの人が陣取っており、座れる場所を探すだけでも一苦労だ。

 履き慣れない下駄のせいで少し足が痛くなってきた。


「足、痛くない?」

「大丈夫だよ。ありがとう」


 ようやく空いてる場所を見つけた頃には、辺りはずいぶんと暗くなっていた。


「この辺りに座ろうか?」

「うん」


 シートを広げて座ると、夏の日に熱せられた地面から温もりが伝わってきた。

 みんな花火が打ち上がるのを待ちわびて盛り上がっている。


「あ、この辺空いてるよ」


 喧騒のなかに馴染みのある声が聞こえ、慌てて視線を向けた。


「あ、やば」


 そこには晃壱の姿があった。

 その後ろには三ツ井さんや他のクラスメイトの姿もある。


「どうしよう?」


 奏さんも気づいたらしく、身を縮めて小声で焦っていた。


「移動しよう」

「うん」


 せっかく見付けた場所だけど奏さんと二人でいるところを見られては面倒だ。

 俺たちはこそっとシートを片付けて、身を屈めながら移動をはじめる。


 晃壱たちはかなり近い距離にいたが、幸い人が多くて辺りも暗いのでバレてはいなかった。


「焦ったね」

「来るとは思わなかったから心臓止まりそうだった」


 離れたとはいえ近くにいるといつバレるか分からないので別のポイントを探して移動する。

 しかし打ち上げ時間が近付き、どこも人で一杯だった。

 たまに人がいないところを見付けてもビルの影になっていて見えない場所だ。


「どうしよう……花火始まっちゃう」

「困ったなー」


 そんなことを話した途端──


 ドーンッ


 耳だけでなく肌も震えるほどの爆音が聞こえ、人々の歓声が上がった。


「わ、どうしよう始まっちゃった……」

「急ごう」


 焦るあまり思わず奏さんの手を握ってしまった。

 奏さんはじっと握られた手を見てから、俺を見て頷く。

 このまま手を繋いでいたい。

 強くそう感じた。


 手を握ったまま花火が見れそうな場所を探す。

 どーんどーんと鳴り響く打ち上げの音を聞くと気が急いてしまった。


「あ、ここなら見られるかも?」


 振り返ると夜空を赤く染める大玉が煌めいていた。


「きれい……」


 奏さんは惚けたようにその光を見詰めていた。

 しかし──


「この辺りで立ち止まらないでください」


 交通整理をしていたお巡りさんが立ち止まる観客に促していた。

 どうやらここは通路らしく、立ち止まって見ては行けない場所のようだ。


「行こう」

「……うん」


 仕方なく再び歩き始める。

 早くしないと、と気が急いてつい早歩きになってしまっていた。


「打ち上げ会場付近で観賞できるところはもうなさそうだね。少し離れたところで探そう」

「うん。分かった」


 じっとりとした暑さで汗が滲み出していた。

 まさか花火大会でこんなに大変な思いをするとは思っていなかった。


「痛っ……」

「どうしての、奏さん!?」


 急にしゃがみこんだ奏さんに慌てる。

 見ると鼻緒が擦れて足の指の股から血が滲んでいた。


「大変だ! ごめん、俺があちこちつれ回したから」

「ううん。これくらい平気」

「そうはいかないよ」


 これ以上無理に歩かせるわけにはいかない。


「ごめん。ちょっと抱っこするよ」

「へ?」


 太ももと背中に手を回して抱き上げる。

 お姫様抱っこというやつだ。


「わわっ、ちょっとっ……丹後くん」

「ちょっと我慢してね」

「う、うん……」


 間近にある奏さんの顔は真っ赤だった。

 花火大会で浴衣を着て抱っこされるなんて相当恥ずかしいのだろう。

 申し訳ないけれど、少しだけ我慢してもらおう。


 ひとまず近くにあったベンチまで運んだ。

 まるで花火が見えないここならば人はいなくて空いていた。

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