第29話 みんなでカラオケ

 事故に遭ってからというもの、妙にクラスのみんなと仲良くなり始めていた。

 別にそれまでも嫌われていたわけではない。

 ただあまり大人数で行動するのが好きじゃなかったので、大抵晃壱と二人でつるんでいることが多かった。


 そんな俺が最近ではクラスの多くの人に声をかけられ、やけにリア充じみた生活を送っている。

 その理由の大きな一つは、三ツ井さんの存在だろう。


 やけに三ツ井さんが親しげに絡んできて、それにつられて男子も女子も俺に話し掛けるようになっていた。

 集団が苦手な俺は正直ちょっと疲れるが、俺と共に色んな人と関わるようになった晃壱は楽しそうにしている。

 親友の晃壱がこの状況を喜んでいるので、俺も敢えて人と距離を取ろうとはしなかった。



「ねぇ丹後くん。今日カラオケに行こうって話になってるんだけど一緒に行こうよ!」


 元気一杯に誘ってきたのは三ツ井さんだ。


「カラオケかぁ……」

「いいでしょ? 前に言ってた退院祝いまだしてなかったし。阿久津くんも行くって言ってるよ」

「行こうぜ、丹後!」


 晃壱や他の男子も誘ってくる。

 大人数で行くカラオケというのは苦手だ。

 なんて言って断ろうかということばかり考えていた。


「あの」

「あのっ」


 俺と同時に声を上げたのは、なんと奏さんだった。

 いきなり会話に入ってきた奏さんに、三ツ井さんをはじめみんなが驚いていた。

 俺も驚いている。


「わ、私も、行っていい?」

「安東ちゃん来てくれるの!? 嬉しい! もちろんいいよ!」


 三ツ井さんは驚きで目を見開き、ぴょんぴょん跳ねながら奏さんの手を握っていた。

 心の底から喜んでいるのがよくわかる。


 普段は会話もほとんどしない奏さんがいきなりカラオケに来るというのだから、そりゃ驚くだろう。


 今さら俺が参加しようがしまいがどっちだっていい空気だった。


「丹後くんも、行くよね?」


 奏さんは縋るような視線で確認してくる。

 他の男子も行くのに行かないわけには行かない。

 謎の使命感で頷く。


「もちろん行くよ」


 なぜ『美少女アンドロイド』安東奏さんと俺が会話しているのか、みんな驚いているようだった。


「よし、じゃあ出発!」


 三ツ井さんは奏さんの腕にしがみつき歩き出す。

 奏さんはどうしていいのか分からないようで、足取りに戸惑いが見える。

 でも表情は相変わらず無表情だった。



 結局10人以上の大人数となり、普通の部屋ではなくパーティールームに入室した。

 奏さんは三ツ井さんをはじめ、複数の女子に囲まれて奥の方に座る。


 カラオケには先日奏さんにコクると言っていた男子もいたのでちょっと心配していたが、女子にガードされているから近づくことも難しそうだった。


 ちなみに奏さんは自分で参加すると言った割にやけに居心地が悪そうにしている。

 俺と二人でカラオケに行ったときはなぜか俺に歌わせる曲ばかりいれるという謎の暴挙に出たが、さすがに今日は大人しくしていた。


「安東ちゃんも歌ってよ!」

「私は聴く方が好きだから」

「えー? 安東ちゃんの歌、聴きたい!」


 安らぎの天使三ツ井さんと美少女アンドロイド安東さんの絡みは新鮮で貴重だ。

 でも奏さんは本当に困った様子で、助けを求めるようにこちらをチラチラと見てくる。


 とはいえ「嫌がってるのに無理やり歌わせるのはよくないよ」なんて言ったら場が盛り下がることは間違いない。


 いや、場が盛り下がるなんてことはどうだっていいことだ。

 たとえば奏さんが飲みたくもないアルコールを飲むように強要されていたら場の空気なんて無視して止めに入る。

 もちろんアルコールを持ち込んでいるような不届きものは一人もいないけど。


 ここで歌を歌うということは奏さんのためにもなる。

 そう判断して立ち上がった。


「じゃあ俺が歌うから、その次にかな、安東さんが歌って」

「いいねー! そうしよう!」

「楽しみ!」

「安東さんの歌、聴かせて!」


 奏さんの瞳を見て頷くと、奏さんも小さく頷いた。


 俺は前回奏さんが勝手に選曲して俺に歌わせた曲を歌った。

 別に得意な曲でもないし、そもそも歌はうまくない。

 でもそんなこと関係なくみんなは盛り上げてくれた。


「次は安東ちゃんね!」


 三ツ井さんがマイクを渡すと奏さんは覚悟を決めたように受け取る。


 奏さんが選んだのは洋楽だった。

 確か何かの映画に使っていた曲だったような気がするけれど思い出せない。


 奏さんが歌いはじめると、みんなは俺の時の数倍の盛り上りを見せる。

 謎多き美少女の初歌声を聴くわけだから無理もない。


「上手!」

「きれいな声」

「イメージにぴったりだな!」


 一番が終わるとみんな口々に声援を送っていた。

 奏さんは無表情で軽くお辞儀をしてその声援に答えていた。


 曲のクライマックスを迎えると歌詞を見るのをやめて俺の方を見てくる。

 洋楽だけど歌詞を暗記しているのだろう。

 歌い終わると大きな拍手が沸き起こった。


「すごく上手だったよ! よく歌う曲なの?」


 三ツ井さんが尊敬の眼差しで奏さんを讃えていた。

 こうして心から人を誉められるというのは三ツ井さんの素晴らしい点だと感じた。


「カラオケで歌うのははじめて」

「はじめてなのにこんなにうまいんだ!? すごいねー!」

「三ツ井さんの方が上手いと思うよ?」

「私なんて全然だよぉ」


 対照的な二人が絡むとどうなるのかとちょっと不安も感じていたが、どうやら二人は相性がいいみたいだ。

 仲睦まじい様子を見てほっこりした気持ちにさせられていた。

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