第21話 露出面積の多い部屋着

 中間試験の勉強会とは我ながら上手い作戦だった!

 おかげで毎日丹後くんがうちの家に来てくれる。

 今日は用事があるとのことで少し遅れてからうちに来ることになっていた。


「よしっ……」


 意を決してクローゼットを開ける。

『男の子はこういうの好きだから』

 隣の部屋の蘭花さんにそう言われて購入した洋服を手に取る。


 迷いはあったが時間もないので早速着替えて鏡の前に立ってみた。


 肩を出したゆるんとしたニットは、なんだかずり落ちそうな頼りない見た目だ。

 シフォンのフレアスカートも短すぎて落ち着かない。

 っていうかこれ、そもそもパンツが見えないようになにか穿いて着るものなのかな?

 うっかりそのまま穿いてしまった。


「駄目。あり得ない。こんな格好してたら丹後くんにエッチな女の子だと思われちゃう」


 慌てていつもの部屋着に着替えようとすると、チャイムが鳴った。

 着替えるとなると時間がかかってしまう。

 それにせっかく着替えたんだから見てもらいたいという欲もあった。

 ドキドキしながらドアを開ける。


「遅くなってごめん。おじゃまし……」


 私の格好を見た丹後くんは唖然とした表情になる。

 ゆっくりと視線が下りていき、太もも辺りで止まった。

 恥ずかしくなってミニスカートの裾を引っ張る。


「ごめん。変かな?」

「い、いや! 変じゃないよ! 可愛いと思う!」


 部屋着にしては肌露出面積が大きすぎる。

 けれど丹後くんが誉めてくれたので恥ずかしさより嬉しさが勝ってしまった。


「さあ上がって。勉強始めよう」

「う、うん……」



 変な空気になったのも最初だけで、しばらくすると丹後くんもいつも通り真面目に勉強をしていた。

 ほっとする反面、ちょっと寂しい。


 今は私の作った模擬テストを真剣な顔で取り組んでいる。

 丹後くんは勉強嫌いだと言っていたけど、集中力がすごい。

 一度没頭し始めると周りが見えないくらいに集中していた。

もう少しくらいよそ見してもいいんだよ?

たとえば私の太ももとか……


「一応出来たけど」

「早いね。じゃあ答え合わせしてみるね」


 今回のテストは化学だ。

 苦手科目のひとつに上げていたけど、コツを教えたらすぐに理解してくれた。


「うん。当たってる。これも。飲み込みが早いね。すごい」

「奏さんの教え方が上手いからだよ」

「ううん。丹後くんの理解力が優れてるんだよ。あ、ここは間違ってる」

「え? どこどこ?」

「ここはわざと蒸留と分留を混同させるような設問にしたんだけど──」


 説明をし出すと突然丹後くんは顔を赤らめて目を泳がせた。


「……え?」


 何事かと視線を落として気がついた。

 胸元が開いて中が見えてしまっている。

 慌てて手で胸元を押さえた。


「ッッ……ごめん。見えちゃってた?」

「い、いや。見えてないよ」


 いやいやいや、丹後くん、嘘下手すぎでしょ!?

 そのリアクションは完全に見えちゃってたよね!?

 どうしよう。完全に困らせちゃってる……


「やっぱり慣れないものを着るものじゃないね。着替えてくる」

「似合ってるし、いいじゃない」

「でも見たくもないもの見せちゃうし」

「み、見たくないわけじゃ……ないし……」

「えっ……」


 困った顔してるから嫌なのかと思っていた。

 やっぱり丹後くんも男の子なんだ。


 そんなに見たいならいっそ……

 って駄目。

 なに考えてるの!

 はしたない女の子だって思われたら嫌われちゃう。


「じゃあ勉強の続きをするね」

「そ、そうだね」


 その後の勉強はなんだかソワソワした空気になって私も丹後くんもちょっと上の空だった。


「今日はこのくらいにしておこうか」

「そうだね。いつもありがとう」

「ううん。いつも私がお世話になっているから、その恩返しだし」

「でも俺の勉強ばかり見てたら奏さんの勉強する時間なくなるんじゃない?」


 どんな時でも相手の立場になってものを考えられる。

 やっぱり丹後くんは優しくて素敵な人だ。


「そんなことないよ。人に教えるってことは自分の勉強にもなるから。丹後くんに教えていると自分の理解も深まるの。だからむしろ私が感謝したいくらい」

「へぇ。そうなの?」

「丹後くんにも経験ない? たとえば剣道でも後輩に教えていると逆に自分が忘れていたことや見落としていたことに気づいたこととか」

「あ、そういえばそういうことあるね」

「でしょ? だから私の勉強の邪魔になんてなってないんだよ。気にしないで」

「そういってもらえると安心するよ」


 丹後くんは朗らかに笑って頷いた。

 気持ちは伝わったみたいでほっとする。


 表情があればこういう微妙なニュアンスのことも伝えやすいのだろう。

 でもそれが出来ないから私はいつも言葉で説明するしかない。

 だが感じていること、思っていることというのは思いの外、伝わらなかった。


 人は言葉だけでなく、その人がどんな表情で話しているのかというのを見ている。

 同じ『気にしないで』という言葉でも、笑いながら言うのと無表情で言うのでは受けとる側もずいぶん印象が変わってくるものだ。


 だけど丹後くんはしっかり言葉を聞いて理解してくれる。

 それがとても嬉しかった。

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