第15話 無自覚鈍感対アンドロイド美少女

 隣に丹後くんがいるとちょっとドキドキしてしまう。


 わー、なんかすごい私の手元見てくるし……

 緊張する……

 丹後くんの家のキッチンに立って料理を作るなんて、なんだか夢みたい。



 お腹を空かせた音色ちゃんを待たせないためにササッと完成させる。

 お皿を運ぶと音色ちゃんは期待に満ち溢れたキラキラした目をしていた。

 なんだか可愛い。

 顔も兄妹だけあってよく似てるし。


 ちょっと変わったところもあるけれど、いい子そう。

 いつか『お姉ちゃん』とか呼んでもらえるのかな?


「どうぞ。召し上がれ」

「匂いはまずまずね」


 音色ちゃんはくきゅるるるぅーとお腹を鳴らしてスンスンと鼻を鳴らす。

 ちなみに丹後くんの分も作っていた。

 男性の心を掴むには胃袋を掴むのが一番だと蘭花お姉さんから聞いていたからだ。


 もうひとつ掴むといい袋もあるらしいのだけれど、それはまだ私には早いとのことで教えてはもらえなかった。


「美味しい!」


 つるんっと口に運んだ丹後くんは驚いた顔で喜んでくれた。


「塩だけで味付けしてるのになんでこんなに複雑な味なの? にんにくとオリーブオイルの香りがふわっと広がって、小麦の味まで引き立ってる感じだよ」

「丹後くんって誉めるのが上手だね」

「誉めてるんじゃなくて感想を伝えてるんだよ」


 音色ちゃんは目を丸くしながら夢中で麺を啜っていた。

 ちょっと行儀悪いけど、テーブルマナーより美味しく食べることの方が大切だ。


「音色ちゃん、美味しい?」

「ま、まぁまぁかな……おかわりあるの?」

「夕飯前だからそれだけ」

「えー?」

「また作りに来ていい?」

「ぐっ……仕方ない。許可しよう」

「ありがとう」

「パスタを作ってもらって偉そうだぞ。ちゃんとお礼を言いなさい」


 妹をたしなめる丹後くんも新鮮で素敵!

 優しいだけじゃなくて叱るところは叱るというのが丹後くんらしくてカッコいい。


「むー……ごちそうさま。ありがとう」

「どういたしまして」


 ちょっと変わったところはあるけれど音色ちゃんもいい子だ。

 料理が気に入ってくれたのか、その後は態度も軟化してくれた。


「ねぇねぇ、奏さんはお兄ちゃんの彼女なの?」


 音色ちゃんは警戒した目で訊ねてくる。


「こ、こら、音色! なんてこと訊くんだ!」

「だって高校生が家に女の子連れてきたら普通そう思うでしょ」

「彼女じゃないよ」


 なんとか動揺を抑えた声で返事をすると、音色ちゃんはホッとした顔になる。


「なぁんだ。ま、でもそりゃそうか。奏さんみたいな美人とお兄ちゃんじゃ釣り合いが取れないもんね」

「事実をはっきりと言わないのも優しさだぞ、音色」

「ぬぁ!」


 釣り合いが取れてないのはむしろ私の方なんですけど!?

 興奮して思わず変な声が出てしまい、二人は驚いた顔で私を見る。

 


「ぬぁ?」

「咳払いだから気にしないで」


 かなり強引な言い訳で乗りきる。


「私は丹後くんに手助けをしてもらってるの」

「お兄ちゃんが人助けを?」

「私は感情を表情や態度に出すのが苦手なの。そんな私を憐れに思って丹後くんは表情を表せるように協力してくれてるの」

「憐れになんて思ってないってば」

「ふぅん。それでずっと無表情なんだ。それはちょっと寂しいね」

「よく怒ってるのかと勘違いされるけど、そんなことないからね」

「分かった。まあ私としては彼女じゃないならそれでいいんで!」


 音色ちゃんはほっとしたように微笑む。


 私もこんな風に無邪気に笑えたら、もっと丹後くんから愛してもらえるんだろうな……


 そんなことを思って少し寂しく感じた。



 突然やってきて長居するのも悪いので早々に退散することとした。


「それじゃお邪魔しました」

「来たかったらまた来るがよい、サキュバス。次はカルボナーラを所望する」

「こら、音色。偉そうな上に図々しいぞ」

「ありがとう。また来るね。カルボナーラも楽しみにしてて」

「駅まで送るよ」


 丹後くんも靴を履く。


「ここでいいよ」

「いいから。行こう」


 家を出ると丹後くんは申し訳なさそうな顔をして笑った。


「ごめんな。変な妹だっただろ?」

「そんなことない。可愛い妹さんだね」

「そうかなぁ?」


 首を捻りながらも丹後くんはちょっと嬉しそうだ。

 表情豊かだと言葉以外で気持ちが相手に伝わるから羨ましい。


「きっと大好きなお兄ちゃんを取られると思って警戒してたんだよ」

「ないない。いつも口うるさく注意するから煙たがられてるよ」

「その裏に隠された優しさにも気付いると思う」

「だといいけど」


 丹後くんは苦笑いを浮かべて頭を掻く。


「私が妹だったとしても丹後くんみたいな素敵なお兄ちゃんに彼女が出来るの嫌だもん。……ていうか妹じゃなくても嫌だし」

「それじゃいつまで経っても俺に彼女出来ないじゃん」

「……もしかして丹後くんって鈍感?」

「そんなことないと思うけど?」

「いや。鈍感だと思う」

「そうかなぁ?」


 この分だと恐らく私の気持ちにもまったく気付いていないのだろう。

 まあ気付かれたら恥ずかしくて、こうして二人で歩くのも躊躇うから鈍感の方がありがたいのかもしれないけど。


 四月終わりの夕暮れ時の風が吹く。

 日中は暖かくてもまだまだ肌寒い。

 寒さに首を竦めた振りをして、丹後くんの横顔をこっそりと見詰めていた。


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