第11話 小さな氷

 少年にとってはきつい訓練が始まった。

 次の日の昼下がり、また遺跡前に集まって準備を終えた二人は、広場の真ん中で対峙する。

 師匠は熱くもないのに上着を脱いでいた。たくましい腕の筋肉が露わになる。

「魔法というのは想像力が大事なんだ。自分が発動させたい魔法をいかに鮮明に想像するか。それが魔法発動の鍵となるというのだ。不鮮明な想像では魔法を生み出すことはできない。だからまず、お前の想像力を養う訓練をする」

「想像力……。確かに、昨日は炎を出したいっていう気持ちばっかりで、どんな形の炎かとかまでは考えられていなかったかもしれません」

「だろ? まあ、試しにやってみな。このぐらいの小さい炎でいい」

 師匠が親指と人差し指で大きさを示してみせる。蝋燭の炎ほどの大きさだ。

「分かりました」

 ラウルは目を瞑って想像をし始めた。

 小さな炎、蝋燭のような小さな……。

 その後ろに、何かが浮かんでくる。あれは、氷漬けになった兄たちだ。シリル兄さん、エルヴェ兄さん……。

 その幻影を断ち切るように少年は呪文を詠唱する。

「エーフビィ・メラフ!」

 何も出ない。

「うーん、これは重傷だな」

 師匠がお手上げという風に手をひらひらと振り、少年は肩を落とした。

「まあ、一晩寝かせたぐらいでできるようになるもんじゃないさ。ディ……なんだっけ。とにかくどこだかの国の奴らは、初めて魔法が出せるようになるまで、半年はかかるって聞くぞ」

「半年もこれをやるんですか⁉」

「とにかく何かしら出ないと使い方もくそもないからな。まあ、毎日見ててやるから、頑張れ」

 そういって師匠がにかっと笑う。

「それ、応援してるんですか……?」

 またも恨めしそうに見上げる少年を見て、男は大きな笑い声をあげたのだった。



 初めに遺跡を訪れてから何週間もたったが全く進歩を見せない少年を見かねて、ウォレスは別の方法を提案した。

「連想ゲーム?」

「そうだ。連想ゲーム。想像力を鍛えるにはうってつけだと思わないか?」

「ほんとにそんなんでうまくいくんですか?」

「さあ?」

「え⁉」

「まあ、とにかく物は試しだ。やってみるとしようぜ。まずは土、そこから連想するものと言えば?」

「えーと、なんだろ、土だから……」

「長ったらしく考えない! 思いついたもん言え」

「え、えええ……」

「3、2、1……」

 またもまごつく少年に、男のカウントダウンが迫る。

「ああ! 芽! 植物の芽!」

「何か若干違う気がするがいいか。じゃあ同じ植物でギイフト。どうだ?」

「あ、なんだっけそれ。あ、毒! 毒!」

「よーし、じゃあ……」

 そうして、少年と男の一日は緩やかに流れていくのだった。



 はじめに遺跡に来てから三ヶ月ほど経ったある日。

 彼らはまだ連想ゲームを続けていた。

 少年もだんだんと慣れてきて、今では単語だけで続けられるほどには成長していた。

「師匠、ほんとにこれって、必要あるんですかね?」

「必要だ。小さい魔法を使うのにも必要だが、大きな魔法を使えば使うほど、その影響力は大きくなっていく。その影響も考え、何がどのようになるのかを想像することが、最も大事なんだよ。ほら、試しにまた詠唱してみろ」

「分かりましたよお。エーフヴィ・メラフ」

「今あきれながらやっただろ。やり直し」

「ああ……」

 少年が態度に出やすいのか、師匠が目敏いのかはわからないが、少年が面倒と思うと、すぐさま師匠の喝が入る。

 おかげで、少年はさぼらずに鍛錬を続けることができていた。

 国の皆とは違って少年がいくら面倒そうにしても見捨てようとしないのが、彼の支えにもなっていたのである。


 そして彼らは連想ゲームを追え、詠唱し魔法を生み出す練習に切り替えた。

 二人以外動くもののない遺跡の広場に、魔法の名だけが鳴り響いていく。

 炎のイメージはできていた。親指ほどの大きさで、色はオレンジから赤色に代わる。師匠の髪の毛と同じ色だ。

 でも、どうしてもその後ろには氷漬けにされた家族や国の人々の顔が浮かんでしまう。

 きっと、この炎に救われたからなのだろう。そういう罪悪感が、少年の炎のイメージを曇らせてしまっていた。

「エーフビィ・メラフ! ……だめだ、やっぱり」

 詠唱に疲れた少年が、水を飲んで師匠の隣に座る。

「なんだか、炎って考えた時に後ろに氷が出てきてしまうんです。あの街のみんなが氷漬けにされてる姿が。どうにかしたいんだけど、その光景が頭から離れなくて……」

「なるほどなぁ。じゃあ、これを見てくれ」

 そういいながら師匠は氷で猫のような像を作って見せた。

 男の無骨な手のひらの上で、氷でできた猫が尻尾を振る。

「これはできるか?」

「師匠、炎以外の魔法使えたんですね⁉」

「俺を誰だと思ってんだ?」

「あ、いや……師匠かな。あと、やっぱり猫好きなんですね」

「なんだそりゃ。猫はかわいいだろう!」

「うんうん、かわいいです。猫」

 冷めた目をする少年に嫌いなのか? とぶつぶつ言いながら男は猫の魔法を解いた。

 ほどけるように消えたそれがキラキラと空気の中に消えていく。

「まあいいや、師匠は炎以外の魔法を使えるってわかっただけで今日の収穫です」

「結界とかも張ってたんだけどなあ……」

「あれは別枠というか……」

「まあいいか! とにかく、猫の形の氷だ! ほら!」

 急かす男に、少年は立ち上がった。


 地面に向けて手のひらをかざして、目をつむる。

 さっき師匠が作ってたみたいな猫……透明で、キラキラしていて、冷たくて……。

 不思議と他の雑念は入ってこなかった。

「猫の形猫の形猫の形……。エーフビィ・アイジィ!」

 これまでにない感覚だった。少年の体の奥底から地面にかざした掌の先に向かって、なにかが通り過ぎていく。

 それが掌に抜けていくその瞬間、少年がかざした手の先には小さな氷の塊が転がった。

「で、できた……師匠! できましたよ!」

 少年は喜んで氷の塊を手にとっては飛び上がりそうな勢いで笑顔を見せる。

 振り向いた彼に師匠は意地悪そうな笑みを浮かべていった。

「よーしじゃあ、次は猫の形にする練習な」

 遺跡の広場に少年の悲鳴がこだまし、驚いた鳥が一斉に羽ばたいていった。

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