その18 開戦

 優作とカラスが出た部屋から教室二つ分離れたところに、渡り廊下との境界線はあった。

 本郷家の面々はそこで険しい顔をしながら無言で優作の帰りを待っていた。

 綾乃は、カラスの姿を目にするや否や、食って掛かった。


「ちょっと。下から大きな音がしたのだけれど。どういうこと? ソフィアちゃんは無事なの?」

「すまん、稲田クンが俺の指示に従わんと、勝手に戦闘を始めてもうたわ。約束を違えたんは俺や。助けに行ってええで。ソフィアちゃんは階段を下りてすぐ、一階の教室におる」

「何ですって!?」


 綾乃がカラスに抗議しようとしていると、我慢できなくなったであろう桜子が、一階に向かって走り出した。


「ソフィアっ!」

「桜子さん! 待って!」

「大丈夫よ、麻琴。桜子はそんなに弱くはないわ。それに、ソフィアちゃんと一緒ならあの子、もっと強くなるわよ」

「さて、これから俺と真壁クンはこの校舎を賭けて戦いを始めるんやけど、本郷家のお嬢様方はどうするつもりや? まとめて相手したってもええけど、真壁クンくらい強うないと、死ぬことになんで? 別に追撃せえへんから、撤退するんなら今のうちや」


 麻琴に気付かれないように、綾乃が素早く目くばせしてきた。不本意ではあったが、優作も視線だけで同意した。


「そう? じゃあお言葉に甘えて私は撤退させてもらうわ。でも、相手を優作と麻琴の二人だけだと思わないことね。白妙純心学園の設立を――私の邪魔をしようというなら、本郷家の総力を持って排除するわよ」

「ほう! そら楽しみやね、この充足感! うふふ……川口ぃ……。なーんも考えんとボール放ってるお前がほんまに哀れでしゃあないわ」


 目の前までやって来た綾乃が両手を広げ、優作と麻琴をまとめて抱きしめた。


「いい? 死んではダメよ。絶対に」

「わかりました」

「大丈夫だよ、お姉様。優作が一緒なら」

「じゃあ、私もカラスを排除するためにできることをやるから。それじゃあね」


 拠点である1Aの教室に向かって歩き出した綾乃が、「あ、それと」と言って振り返った。


「なるべく校舎は壊さないように」


 それだけ言い残すと、今度こそ渡り廊下を歩き出した。


「善処しますよ」


 綾乃の背中に向かってそう言うと、振り向かずに手をひらひらやりながら遠ざかっていく。


「へえ……本郷綾乃サンか。あの人、ただもんやないなあ」

「お前にもわかんのか?」

「なんとなくな。俺と似たような狂気を感じるわ」

「なんか二人。急に仲良くなったね……」


 これから戦いを始めようというのに緊張感が無い優作とカラスを見て、麻琴が怪訝な顔をしていた。


「はははっ、そうやな。少なくとも仲悪くはないなあ。でも――」


 また、殺気。カラスと二人でいたときに感じたものとは、比べものにならない。

 優作と麻琴は思わず後ろに飛び退いて、戦闘態勢をとった。


「始まるで……戦いは」


 カラスの表情は、これまでのような狂気に満ちた笑顔ではなかった。

 白球を追いかける野球少年のような、ただただ純粋な笑顔だった。

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