王族の依頼

 依頼を協会支部に提出し、無事受けることに成功したサク達。

 依頼の日付はそれから数日後で、いつものようにのんびりと魔法の授業をしつつ、一緒に平穏な時間を家で過ごしていると、いつの間にか当日を迎えてしまった。


 依頼の集合場所は街から少しだけ離れた王都。

 初めて訪れる王都に目を輝かせるアイラを見てほっこりとしたサクであったが、それはまた余談だろう。


 そして────


「……師匠、騙しましたね」


「何のことだか分からんな、我が弟子」


「……もう一度言います、騙しましたね師匠」


 隣で瞳の色を失わせるアイラ。

 先程まで王都に目を輝かせていたのに、一体どういう心境の変化なのだろうかと、サクは疑問に思ってしまう。

 それと同時に、自分は騙した覚えなどないと首を傾げる。


「騙してはないだろう? ちゃんと依頼に同伴させ、こうしてちゃんと依頼を受ける準備をしている。メイン俺だが、経験を積みたいというアイラの気持ちを汲み取っている。これで、お前の『依頼を受けたい』という強欲は満たせただろ?」


「えぇ、そうですね……師匠はちゃんと約束を守ってくれました。私も、強欲を満たせて不満はありません。ですが────」


 アイラは周りを見渡す。

 大きく煌びやかなシャンデリアが部屋の頭上で輝き、座っている感触すら残さない座り心地のよいソファー、部屋の端には何十人もの使用人が控え、目の前には高級である砂糖をふんだんに使用したケーキが置かれてある。


「……ここ、どこですか?」


「ここは我が国の王城だ。来る時分からなかったか?」


「それは分かりますよ、こんちくしょう」


 そう、現在サク達は王都の中心────膨大な敷地に作られた国の象徴である王城に足を運んでいた。

 ここにはサク達が住む国の王族や重鎮達が暮らしており、建物内全てが国の威厳を見せるために豪華に造られてある。


 民からは『足を踏み入れただけでも名誉』などとまで言われており、それほどまでぬ足を踏み込む機会など滅多に訪れない。

 もしかすれば、アイラは生涯どこかで今の現状を自慢できる機会が訪れるかもしれない。


 だけど、自慢できるからといって嬉しいというわけでもなく────


「あっほですか師匠!? いきなり王城に連れてくるなんて何を考えているんですか!?」


「どうどう、落ち着け我が弟子」


「これが落ち着いていられるかってんですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 アイラの可愛らしい声が、大きな不満と共に室内に木霊する。

 突然の声に驚くわけでもなく、後ろに控える使用人達は表情崩さず微動だにせずであった。


「私、平民! ちょっと前までド田舎の小さな村で暮らしていた人間ですよ!? それがどうして王城に足を踏み入れることになったんですか!?」


「お前も魔法士を志す人間の一人だ。いずれは、こういった機会も増えるだろうからと思って連れてきた」


「待ってください、師匠。魔法士って、王城に足を踏み入れることってそんなにあるんですか!?」


 サクの発言に、アイラは戸惑い狼狽え始める。


「もちろんある。基本的なことは王家直属の騎士やらが対応するが、たまに魔法士協会にも依頼という形で仕事をさせられることもあるんだ。何せ、魔法士の存在は貴重。国の武器となる存在だからな、他国に渡られるよりかはここで仕事を振って少しでも関係値を残したいと考えるのが普通だ。ちなみに、これはどこの国に行っても普通だからな?」


 国にとって、数少ない魔法士という存在は貴重。

 それぞれが強力な魔法を有し、戦場に出れば大きな影響を与えてしまう魔法士は、国にとっては手元に残しておきたい存在。


 各国や街に魔法士協会の支部があるとはいえ、魔法士協会は単なるどこにも属さない魔法士の集団。

 いつ、どこで支部という存在をなくして国から去っていくか分からない。


 そんな魔法士を引き留めるにはどうすればいいのか?

 高待遇の措置? それだと、逆に働かせることが難しくなってしまう。

 故に、国は大きな仕事を時折魔法士に依頼するのだ。そうすることによって『この国は魔法士という存在をちゃんと見ている』と思わせることができ、仕事が続く限り国に魔法士が残ってくれる。


「それぐらい、魔法士の存在は大きいんだよ。というわけで、基本的に魔法士宛の依頼は民か貴族様なんだけど、たまに王族からの依頼も来るのさ────こんな風にな」


 そして、サクは今回の依頼書をアイラに見せる。

 アイラは受け取り、目を通すと────ワナワナと、体が小刻みに震えていた。


「私、超帰りたいです……ッ!」


「おいコラ、せっかく貴重な体験をさせてやろうと思ったのに、なんて言い草だ」


「だって、何ですか『第二王女様の護衛』って!? 貴重すぎて、場違いすぎての気持ちが半端ないんですけど、師匠!!!」


 アイラはサクから受け取った依頼書をくしゃくしゃに丸めて床に叩きつけると、そのまま蹲り顔を覆い始めた。


「うぁぁぁぁ……師匠のサプライズを信じるんじゃなかったぁ……予想的中、不安がドンピシャしちゃったじゃん……馬鹿師匠」


「最後普通に貶されたなー、俺」


 蹲るアイラを搾取スペイアで自分の元まで引き寄せ、何となく頭を撫でて落ち着かせようとするサク。

 原因自体はサクのせいではあるのだが、少しだけ落ち着いた気がしたアイラであった。


 その時────


「サク様、第二王女殿下が参られました」


 使用人の一人が、サクの耳元で口にする。

 サクはその言葉を聞くと立ち上がり、ソファーの前でドアの入口を見据えた。

 先程のふざけつつも和む顔ではなく、真剣な表情に変わったサクを見て、アイラも顔を引き締めて立ち上がる。


(い、いよいよ始まるんだ……!)


 初めて師の魔法士としての依頼に同伴する。

 加え、その相手が第二王女の護衛という重大も重大そうな依頼。

 アイラは、緊張のせいで早まる鼓動が抑えきれなかった。


 そして、使用人二人がそれぞれ二枚戸のドアノブを持ち、その部屋の扉を開ける。

 そこから現れたのは、薄黄色がかった白のドレスを着た、桃色髪の少女であった。


 透き通るルビーのような紅眼、凛々しくもどこか幼さを感じる、整った顔立ち。

 立ち振る舞いからは威厳と気品をヒシヒシ感じさせ、柔和な笑みが背筋を伸ばさせた。


「お久しぶりでございます、ソフィア様」


「久しぶり、サク」


 アイラは、第二王女が入室した空気に、呑み込まれるがまま立ち尽くしてしまった。

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