試験終了後

「お疲れ様、サク」


「お疲れ様でした、サク様」


 試験が終わり、伸びている二人を放置して少し離れた場所にいるカーミラとアーシャの元に戻るサク。

 面倒くさそうに頭をかき、気だるそうな足取りはようやく終わったという雰囲気を醸し出している。


「おう、ただいまー。こんな感じでよかったんだろ?」


「えぇ、問題ないわ。とりあえず、これである程度私達も判断できると思うから」


「おっけー。じゃあ後の判断は二人に任せるわ」


 サクは二人に丸投げすると、客席の方を見る。

 そこにはアイラが一人、視線が合ったことによって肩を震わせていた。

 サクはカーミラとカーミラの下から少しだけ離れた場所に移動すると、己の右腕を思いっきり後ろに引っ張った。


搾取スペイア


「うわっ! きゃっ!?」


 そして、サクは強欲の魔法でアイラの体を宙に浮かせると、そのまま客席から己の下まで引き寄せた。

 アイラは驚きながらも体を丸め、衝撃に備えようとするが、やがて訪れたのは太ももと背中から伝わる手の感触であった。


「んじゃ、二人が試験の後処理をしている間、アイラは授業の続きをしようか」


「ひゃ、ひゃい……」


 今の光景はお姫様抱っこをされているお姫様と王子の姿。

 眼前まで近づいたサクの顔に、アイラは顔を真っ赤にさせる。

「もう少しこの感触を……っ!」と小さく呟くが、サクは気にせず地面にゆっくりと下ろす。アイラの顔は少しだけ寂しそうだ。


「で、でも師匠……珍しいですね。いつもであれば「めんどくさい、授業よりも俺は自由を欲するんだー」なんて言ってるのに……」


 アイラが地面に下ろされながらそんなことを口にする。


「試験が終わったとしても、カーミラは俺を返してはくれないからな。それなら、後処理を任せて早く可愛い弟子を魔法士にするために教えた方が後々俺のためになる」


「なるほど……そういうことですね。流石、師匠です!」


「よせやい、今の言葉に褒める要素なんてなかっただろ」


「いえいえ、強欲だなーっと!」


 強欲は果たして褒める項目に入っているのだろうか? そう思わずにはいられなかったサクであった。

 そんな時、コツコツとヒールの音が聞こえてくる。


「ふふっ、サク様がお弟子さんをとったとお聞きした時は何かの間違いかと思っていたのですが────誠だったとは驚きですね」


 そんな二人に、アーシャが優しい笑みを浮かべて近づいてきた。


「えーっと……師匠のお友達の人ですか?」


「いや、単純に仕事仲間ってだけだよ」


「あら、お酷い。それだけの関係ではないと思っていたのですが」


 よよよ、と。わざとらしい泣き顔を見せるアーシャ。

 その姿に、サクは少しばかり苛立ちが募ってしまう。


「じゃあ、俺達の関係を仕事仲間以外で表してみろ。友達以外で」


「恋人ですかね?」


「むすー!」


「それとも……愛人でしょうか?」


「むすー! むすー!」


「そうですね、婚約者フィアンセという言い方も────」


「むすー! むすー! むすー!」


「待て待て待て。ありもしない言葉を並べて弟子の機嫌を損ねるな」


 アーシャが答える度、頬を膨らませたアイラがサクの懐をポカポカと殴る。

 どこがどの辺に嫉妬したのかは分からないが、機嫌を損ねられては困るのだと、サクは頬を引き攣らせる。

 そして、アイラはサクの懐を叩き終わると、アーシャをキッと睨んで大声で叫んだ。


「私と師匠の方が関係値深いですから! 師匠と弟子! 師弟関係の方が強いんです! 誰にも割り込めない……それはもう、深すぎる絆があるんです!」


「お前はどうしてそんなに張り合うんだ」


「師匠は張り合わなくていいんですか!?」


「だからどうして張り合うんだ!?」



 わけの分からないことを口にし、威嚇するアイラの頭をとりあえず撫でて宥める。

 いつもであればこれによって機嫌が治るのだが、今に限ってはそうはならなかった。


「本当にアーシャとは仕事仲間ってだけだから、な? そんなに嫉妬するな」


「……もし、崖の上に私とこの人が落ちそうになった時、師匠ならどちらを助けますか?」


「もちろん、二人共助ける」


「……師匠の強欲ばーか」


 どちらかを選ぶのですはなく、即答でどちらも助けると言った。

 その行動は二人とも欲しているから片方を選ばなかったのであり、紛れもないサクの強欲からの返答だ。

 それが嬉しいのと同時に悔しいと感じてしまうアイラ。


 そんな、またしても拗ね始めたアイラを見て、解答に間違いがあったのかと、疑問符を浮かべる。


「アーシャもあんまりからかわんでくれ。こいつ、意外と嫉妬深いんだからさ」


「ふふっ、ごめんなさいね。私も、と言われてしまって少し意地悪したくなってみたんです」


「はぁ……悪かったよ」


 サクは大きなため息を吐き、拗ねるアイラの頭を撫でながら折れてしまった。

 実を言うと、カーミラに続きアーシャはサクの中では仲のいい人間の部類である。

 というのも、サクが魔法士になった時に一緒に試験を受けた相手がアーシャであり、言わば同期という仲なのだ。


 サクがアイラという弟子を取る前までは、それこそたまにご飯を食べたり、アーシャの魔法士以外での仕事を手伝っていたりと、プライベートでも割かし関わっている。

 確かに、『単なる仕事仲間』と言われてしまえば、アーシャが拗ねてしまうのも分かってしまう。


「んで、アーシャは判定しなくてもいいのか?」


「えぇ、一応終わりました。カーミラさんは事務員さんにあのお二人を医務室に運ぶ手続きをしています。試験の方は────まぁ、正直に言えば今回は私とカーミラ様が吟味するまでもなく落としますからね」


「えっ、あの二人は試験に合格できないんですか?」


 拗ねていたアイラが興味深い言葉が耳に入り、会話に入り込んだ。


「そうだ、魔法の授業は後にして────丁度いい機会だ。我が弟子には魔法士になるための基準を教えよう。それで、今回は特別ゲストに魔法士協会所属、『慈愛者』のアーシャさんと一緒にやりましょー」


「あらあら、私もですか? ですが、こういうのも悪くありませんね。慈しみを持っていれば、ここで断るはずありませんから」


「よ、よろしくお願いいたします!」


 いきなり豪華ゲストを招いての授業になってしまったと、少し驚くアイラ。

 だが、この話は絶対に後に必要になるからと、気合いを入れて耳を傾けた。






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