Ex. 一年前のとある事件

 あの事件は俺にとっては本当にどうでもよかったのだが、思い出させられてしまったので語ろうと思う。


 思えばあの時もテスト前か何かだったと思う。俺は居残りでただ黙々と勉強していた。


 クラス委員長だった西ノ宮菫にしのみやすみれは俺の右斜め前に座っていたと思う。彼女もテスト勉強をしていた。


 クラス内は俺と西ノ宮以外にも数人がいたと思う。まぁ、雑談や他のことに花を咲かせていたやつらも数人いたのだが。


 そしてその勉強以外のことをしているやつらのなかに、クラスの後方の窓際で立ってスマホゲームをしているふたり組がいた。そいつらは「はは、やべぇやべぇ」「ちょ、マジか」とか言いながら大声で騒いでいた。俺は誰が騒いでいようとどうでもよかったので特に気に止めなかった。


 だが、右斜め前の彼女は違った。しきりに後方を気にして彼らに苛立たしげな視線を送っていた。だがそれだけにとどめていたのは後方にいるふたり組はクラス内での立ち位置が高かったからだ。カースト上位者、というやつか。がたいも大きく、彼らを前にすると少し威圧的な印象を受ける。西ノ宮は比較的おとなしめな人間だったので彼らに対して声をあげられなかったのだろう。


 そんな状態がしばらく続いたが、トイレに行っていた男子生徒が教室に帰ってきたとき、いよいよ事が起こった。彼がうっかりふたり組のうちのひとりにぶつかってしまったのである。さらにその弾みで手に持っていたスマホが窓から落ちてしまった。


 「あっ・・・おい!!」


 ふたり組のうちのひとりをAくんと名付けよう(覚えていないので)。彼がぶつかった男子生徒に掴みかかった。


 「お前、なにぶつかってんだよ!!

 「ご、ごめん・・・」

 「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ!」


 Aくんが彼を突き飛ばした。床にしりもちをついて、倒れた。


 このときも俺はただひたすら勉強していたが、俺以外は皆、黙って教室後方に目を向けていたと思う。


 ふたり組のうちのもうひとり、Bくんが言った。


 「スマホ、窓からふっとんじゃったんだけどなぁ~。壊れちゃってるだろうなぁ~」


 正直、こういう取り巻きの方が質が悪いと思う。


 「ぼ、僕はどうすれば、いいの・・・?」

 「そうだな・・・」


 Aくんが少し思案した後、何かに思い至ったようで、その男子生徒の机に向かった。


 「な、なにをするの・・・」

 「スマホって、高価だし、大事なものだよなぁ。だから、お前も大事なものを失わないとなぁ」


 Aくんは彼の机からあるものを取り出した。


 その男子生徒は休み時間によく絵を描いていた。毎日毎日描いていた。


 スケッチブックに。


 「お前にとってこれは、大事なものだよなぁ」

 「・・・っ!」


 Aくんはスマホを壊された仕返しに、彼のスケッチブックを破り捨てようとしていた。


 そこまで来たら、西ノ宮も立ち上がったのだが、Aくんに睨まれると足がすくんでしまったのか、動けないでいた。


 そして彼女は、俯きながら小さな声で呟いた。


 「誰か・・・止めてよ・・・」


 俺はその声をしっかり聞いていた・・・


 のはよかったのだが、その後の行動はなぜあんなことをしたのかよく覚えていない。もしかしたらあの男子生徒の努力がつまったスケッチブックが破り捨てられるのを許せなかったからかもしれない。それとも、ちっぽけな正義感か。


 「・・・止めりゃいいんだな」


 俺は立ち上がってAくんのもとへ歩いていき-


 全力で、右ストレートを繰り出した。


 まさか殴られるとは思っていなかったAくんは派手に倒れた。スケッチブックは床に落ちた。


 「・・・は?・・・は?」


 突然のことに何が起こったのか分からなかったようで、Aくんは殴られた頬を触りながら呆然としていた。


 他の生徒たちも同じように呆然としていた。西ノ宮は目を丸くしながら俺を見ていたんじゃないだろうか。


 俺はAくんに背を向けて自分の席に戻り、何事もなかったかのように勉強を再開した。


 Aくんは「ちっ、くそっ!!」とだけ吐き捨てて焦りながら教室を出ていった。その場に居辛くなったのかBくんも去っていった。


 その後、あの男子生徒と、西ノ宮に礼を言われた気がする。が、聞き流した。


 確かその後は男子生徒とAくんとの間に問題は起こらなかったし、何ならクラス内で目立った問題は起こらなかった。


 俺が1年のクラスで孤立したのは多分、「こいつは何するか分からないヤバいやつ」と思われたからだろう。だがクラス内での立ち位置などどうでもよかったので気にしなかった。恐らく今の俺が所属するクラスにもこの話をしっているやつがいるんじゃないだろうか。俺がヤバいやつだという噂が流されてたと思うし。


 ま、助けたあいつも好き好んで人と関わるようなやつじゃなかったから俺にあまり話しかけては来なかったんだろう。別に恨んじゃいない。


 うーんそれにしても、西ノ宮がそこまで俺に恩を感じているのはどうしてなのだろうか。俺は彼女の代わりに手っ取り早く黙らせたってだけなのだが。


 そしてまさか氷崎さんが廊下から見てたとは。確か彼女は教室で勉強はしていなかったはずだ。まぁ、どうでもいいか。


 以上が事の顛末である。


 


 


 


 


 


 


 



 


 

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