第34話

 風を切りうねりながら振るわれる触手が俺の頭上を通り過ぎた。

 屈んだ俺を貫こうとする、もう1本の触手を手の甲で弾き、前へ前進を続ける。

 やはり今の俺の動体視力ならば、この触手による四方からの攻撃も難なくいなせるようだ。

 再度方向を変え突っ込んできた左の触手を躱せば、両腕の変化した2本の触手の隙間からフェルナンドの姿が見えた。

 好機だ。


「うおおおおらあああ!」


 こみ上げる恐怖を飲み込み、雄叫びを上げて突っ込む。

 眼前まで来た瞬間に、フェルナンドは最後の抵抗で蹴りを出した。だが、そんな攻撃は俺には通用しない。逆に、出された脚を踏みつけてフェルナンドの頭上に跳び上がる。

 カナンとの戦いで超近距離戦の経験を積んだおかげで、とっさの判断が随分磨かれたように思う。

 そんな俺と、魔人になったばかりのフェルナンドでは戦闘の経験に圧倒的な差がある。思っていたよりも楽に倒せそうだ。

 魔力を込めた拳を掲げ下を見れば、ヒビの入ったフェルナンドの外殻が見える。ここに攻撃を加えれば、フェルナンドは確実に戦闘不能になるだろう。


 やっとこれで長い1日が終わる。

 この男も随分と面倒な計画を立てていたものだ。そのせいで俺は今日1日で何人の敵を殺したのだろう……。


 そう考えた時、俺の頭の中に決壊したダムのように思考が溢れ出した。

 フェルナンドは元人間だ。クリスティアの弟で、家族で、彼女の守るべき対象だった。こいつは何のために計画を立てた?俺は今日1日で何人もの人を殺した。人じゃない『元』人だ。当たりどころが悪ければ、こいつも死ぬんじゃないのか?こいつもクリスティアにとっての大切な家族だ。俺が殺した人にも大切な家族はいた。『歪み』を吸い取れば魔人も人に戻せたんじゃないのか?そんなことあの状況で試している時間はなかった。それは言い訳じゃないのか?自分を守ろうとしているだけでは?


 油断したのか、気の緩みが原因か、俺の頭は目の前の出来事ではなく、後悔と躊躇に埋め尽くされた。

 俺の動きは一瞬止まり、次に動いたのは強い衝撃によるものだった。

 横薙ぎの触手が俺の腹に埋まり、そして振り抜かれた。あと少しで届くはずだった好機は遠ざかり、俺の体は地を転がった。

 しかし動けなくなった俺に刃物の如く鋭い触手が突き立てられることはなかった。


「どらああああ!」


 はるか頭上から跳んできた1つの影、それが持っていた人の身長ほどに巨大な剣がフェルナンドの外殻を貫いていた。

 フェルナンドの体が揺らぎ、地に倒れたのを確認すると、その影はこちらへと向かってきた。


「ハイル!大丈夫か!」


 影はアーバーだった。俺が窓から飛び出した後で剣を持ってきて、ピンチになった俺の加勢をしてくれたのだろう。


「ああ、大丈夫……怪我もダメージも大したことはないんだ。すぐ治るからな」


「あ?それじゃあ、なんでせっかくのチャンスで動きが止まったんだ?あいつの魔法か?魔人の中には相手の動きを縛る魔法を使う奴もいると聞いたことがあるが」


「違うよ。ただ、ちょっと頭によぎったんだ。あれでも『元』人間で、俺は今日何人もああいう奴を殺したんだなって。そうしたら、いつの間にか動きが止まってた」


 情けない。あれほどに覚悟を決めたフリをして、いざ止めを刺せる状況になってから油断して後悔が溢れ出すなんて。

 叱責でもされるだろうか。そう思いアーバーの方を見る。

 俺の言葉を聞いたアーバーは、なんとも言えないような表情をして言い淀んでいた。

 そうしてしばらく黙り込んでいたが、やがて俺の頭に手を置いた。


「そうか……お前は人を殺すのは今日が初めてか。疲れているだろうから後は俺や街の衛兵に任せてお前は館の部屋借りて休んでな。……だが忘れんなよ。魔人になっちまった以上は人の敵だ。魔人は殺すしかねえんだ。お前は何も間違ったことをしちゃいない」


 そういってアーバーは、外殻が蒸発したかのように消えたフェルナンドを担いで館へと戻っていった。


 俺は溜息をついて、後を追うように館に入った。後ろの街の方角ではまだ騒ぎが聞こえるが、既に俺には気力が残っていなかった。

 それから俺は借りた部屋のベッドで眠り続け、起きた頃には全ての騒ぎが収束していた。

 目が覚めると、そばにティオネがいて心配そうにこちらを見ていた。

 どうしたのかと問うと、尋常じゃないほどの魔力を使っていたから、もっと長く眠っているかと思ったと答えた。

 それから俺とティオネは事の次第がどうなったかを聞くために、領主クリスティアに会おうとしたが、事件の後処理だとかで忙しいらしく中々会うことができなかった。

 仕方がないので俺達は俺達で街に出て復興を手伝うことにした。

 それから3日経ってようやく俺達は館に呼ばれた。

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