第40話 その鉄拳で全てをぶち破れ!

「勝負をつけに来たぜえ、クラウディオ!」

「フハハ! “鉄拳令嬢”よ、よくぞ我が元へとたどり着いた!」

「お前、今回も生身で戦うのか? もしそうなら私も〈アイアネリオン〉を降りるが」

「その必要は無いぞ“鉄拳令嬢”。貴様に合わせ、いざ聖邪相討せいじゃあいうつ決戦と行こうか!」


 クラウディオはそう言って右手をあげると、〈八岐大蛇〉と同じように黒い泥が盛り上がり、はっきりと魔導鎧の形になった。やたらトゲトゲした、悪魔染みた見たことのない機体だ。赤黒いカラーは毒々しく、意味があるのかないのか眼帯をつけて左腕には包帯だ。


「へえ、〈八岐大蛇〉で戦うわけでもないんだねえ」

「貴様に合わせると言った。それに我が闇の眷属の首は、貴様の仲間たちを狩っているからなあ。貴様の相手はこの〈ディアブドラグ〉が務めよう。当然この機体も〈八岐大蛇〉に引けを取らない魔の力を秘めている」

「へえ、相手にとって不足なし! 最終ラウンドスタートだよ! 《光の加護》よ!」


 私は強化魔法を最大限にかけ直し、最大速度で矢のようにつっこむ。最初から全力で行かせてもらう!


「食らえよ《黄金のゴールデン鉄拳アイアンフィスト》!」

「ふぅん、中々強力な一撃だ。だが忘れたのか? 効かんなあ」


 私の拳は、あの時と同じように止められてしまう。だけど――。


「どんな壁だって貫けると思えばあ――貫ける! どりゃあああッ!」

「ぐぬっ!?」


 根性を込めてかました一撃は、見えない壁をぶち破って〈ディアブドラグ〉を殴り飛ばす。

 重要なのは私の意志だ。前回は相手の雰囲気に飲み込まれていた。だけど今回は違う。私はコイツを殴れる!


「やってくれるなあ。俺も本気を出すとしようか!」

「何!?」


 〈ディアブドラグ〉の右腕に、瘴気と魔力が集まっていく。それはやがて龍の頭のような形となった。


「地獄の業火で燃え尽きろ! 《邪龍獄炎じゃりゅうごくえん》!」


 見るからにヤバいドス黒い炎が、龍の口から吹き出る。

 私はそれを〈八岐大蛇〉の背中を跳ねてなんとか避ける。


「いつまで逃げ回れるかな? 《邪龍毒棘じゃりゅうどくし》!」

「クソッ!」


 奴の全身から伸びたトゲトゲが、グングン来やがる。

 ミサイルのように迫るそれを、私は殴り飛ばし、蹴り飛ばして避ける。


「いいのか? 棘にばかり気をとられて」

「ぐわっ!?」


 奴の右手から放たれたドス黒い炎が、生きているかの様にうねった。まさしく地獄の業火に焼かれるような痛みが私を襲い、そこに棘までブスブスと刺さる。


「はあはあ、うっ……!」


 このトゲトゲ、確か毒とか言っていやがったな。火傷と毒で意識が朦朧としやがる。ダメだ、立てねえ……。


「もう膝をつくか“鉄拳令嬢”? まあそうだろうな。我が邪悪なる破壊神の力の前には無力よ。心配するな、じきに貴様の仲間もそろって冥界送りだ」


 仲間……? ああ、そうか。みんな首と戦って……。

 私をクラウディオの下にたどり着かせようと――いや、あいつらは私を勝たせるために進ませた。ジャンもカルロもアンナもローレンスも兄ちゃんもカリナもスチュアートも他のやつらも。


 そうだ、

 前回はクラウディオが撤退してくれただけで私は負けた。現実に女王がいる世界で何を言ってんだと自分でも思うけれど、私は前世で無敵のチャンピョンとか無敗の女王と称えられた身だ。負けたままでは引き下がれねえ。心の中のあいつらが、私に勝てと言っている。


「ほう、まだ立ち上がるか。王国を救うというその一念のみかな?」

「勘違いすんじゃないよクラウディオ。そんなだいそれた事じゃない。私はただ勝ちに来たんだ! 《閃光回し蹴り》!」

「ぐぬっ!? まだこれほどの力が……!」


 私の神速の回し蹴りが、〈ディアブドラグ〉の棘を刈り取りながら奴の左腕にダメージを与える。


「あんたとは鍛え方と根性が違うんだよ!」

「時代錯誤の根性論者が!」

「はっ! 時代錯誤ぉ!? 根性すらない人間が何かできると思うなよ。オラアッ!」


 殴る殴る殴る。密接してからのタコ殴りだ。たまらず〈ディアブドラグ〉が距離をとる。


「あんたには聞こえないのかい、私を突き動かすこの声が?」

「何だ……? 仲間達との絆の力とでも言いだす気か?」

「洒落た言い方をすればそうかもしれねえ。けれどこれはだ。進め、行け、勝てと私を突き動かす声援だ!」


 私の心に響くもの。それはスタジアムに鳴り響く歓声。仲間達が送る声援。私の背中を押し勇気づけてくれる最高の魔法。


 ただで得られるものじゃない。それは良い試合をした者に、諦めない戦いをした者に、そして勝利者に贈られるものだ。負ければ、悪い試合をすれば、それは即座に野次へと変わる。だから期待を裏切らないために、私は無敵のチャンピョンとして君臨する。


 それは前世でも今世でも戦って戦って戦って勝って勝って勝って、私が自分の拳で勝ち取ったものだ。


「聞け、クラウディオ。これが私を突き動かすもの、そしてこの世界の声だ! 神級魔法《無限むげん声援せいえん》!」

「貴様の魔導鎧の傷が癒えていく!? それにこの力は、この声は……!?」


 ああ、心地いい。声援を受けた私は、無敵だ。

 前世では無敗の女王としてファンの声援を勝ち取った。

 今世では“鉄拳令嬢”イザベル・アイアネッタとして仲間の声援を勝ち取った。


 この声援があれば、私の身体はいつだって何者にも撃ち抜かれない鋼の身体だし、私の拳はいつだってどんな壁もぶち破る鉄の拳だ。


「歯あ食いしばれよクラウディオ! 《天上天下てんじょうてんげ唯我独尊ゆいがどくそん鉄拳アイアンフィスト》ォッ!!!」

「――ブベらああああああっ!?!?」


 その拳は〈ディアブドラグ〉を砕きクラウディオを吹き飛ばす。

 そして――私の勝利を告げるゴングが鳴り響いた。



 ☆☆☆☆☆



「はあはあはあ、イザベルお嬢様……!」


 主の名を口にしながら、私――セシリー・セベリーノは街を駆ける。

 先ほど王都の中心に凄まじい閃光が走った。そして王都中にいた化け物たちが全て掻き消えた。きっとお嬢様がやったのだ。


 無茶をする。ほんの少し前までただのワガママな女の子だったのに。間違いなくボロボロだ。早く向かって私が助けてあげねばと思い、隠れていた部屋から飛び出して王都を駆ける。


「はあはあ……何かいる?」


 王都の中心までにはまだほど遠い。そんな路地の一角で、私の前を遮るように影が動いた。


「――化け物! 全部消えたはずじゃ!?」


 それは私よりも大きい、蜘蛛くもみたいな化け物だった。その八つの赤い瞳は、凶悪に私を睨んでいる。


「いや……、いや……、助けて、お嬢様……!」


 腰が抜けて尻もちをつく。蜘蛛はもう間近まで迫っている。ここにはいない主の名前を口にする。


「セシリー殿、大丈夫でござるか?」


 自分のものではない、やたら渋い男性の声が響いた。蜘蛛から私を護るように立つのは、一体のピンクのクマのぬいぐるみ。


「オシルコさん!? 危ないです! ――来ます!」


 蜘蛛がオシルコさんに飛び掛かる。お嬢様のお気に入りのぬいぐるみ、こんなの一瞬で食べられちゃう!


 ……けれど、そうはならなかった。


「……あなたは、オシルコさんなんですか……?」

「左様。拙者はオーギュスト・シュテファン・ルーベルト・ド・コバルビアス。またの名をオシルコで候」


 手に持つのは反りが特徴的な見たことの無い形の剣。年は私より少し上に見える男性。白いコートに身を包み、足には黒いブーツを履き、青みがかった黒髪を頭の後ろで束ねている。そしてすごく背が高い。そんな男性が、オシルコさんと同じ声で答えた。


「心配召されるなセシリー殿。瞬く間に終わる」



 ☆☆☆☆☆



 この姿も久しぶりでござるな。お嬢様の魔法、《無限の声援》が仲間達にまで力を与えたか。フッ……、拙者も仲間でござるか。


「貴様がこの世界における邪悪なる力の元凶でござるな……?」


 目の前にいる瘴気を放つ化け物に対し、静かに刀を構える。拙者の想像が正しければ、あれは――。


「参る!」


 蜘蛛は糸のように瘴気を放つ。拙者はそれを容易く回避する。

 拙者とて元の世界においては魔王と呼ばれた存在。このような三下の攻撃に当たってはやれんでござるよ。


「てりゃあああっ!!!」


 一撃、二撃、三撃。神速の剣術で蜘蛛の足を切り落とす。


とどめで候! 《絶刀ぜっとう》!」


 魔力の塊と化した刀で蜘蛛を一刀両断。邪なる力は払われ雲散霧消し、後にはが残る。


「やはりこれでござったか」


 クラウディオが怪しげな本を持っている話はイザベルお嬢様から聞いてござった。拙者はそれを拾い上げ、封印を施す。


「“オプスクーリタース”……。宿主の怨念を吸って、世界すら超越したか。なるほど、その時居合わせた転生者から〈八岐大蛇〉のイメージを……」


 ともかく、拙者が女神ルミナ様から仰せつかった任務は完了した。後は――。


「あの、オシルコさん? 助けていただきありがとうございます!」

「なんの、拙者の務め故。セシリー殿には大変世話になった。お嬢様とはいろいろあったが……世話になったのには違いない。よろしくお伝えくだされ」


 短い間だが良い経験でござった。ただし孤児院は勘弁でござる。


「……どういう意味ですか?」

「拙者は女神ルミナ様に仕えし忠実なる使徒、両断の魔王オーギュスト・シュテファン・ルーベルト・ド・コバルビアスで候。役目は果たした故、帰らねばならんでござる」


 お嬢様は女神ルミナ様すら殴れた。恐らくでござるが、「殴れると信じれば万難を排して殴れる」という加護持ちでござろう。性格はともかく勇者たりえる存在に候。彼女に任せれば、この世界は安泰でござる。


「それでは、さらば」


 そう言って後ろを振り向かずに、女神ルミナ様の下へと帰還した。

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