第33話 さあ平和の心を学びましょう

「カリナ! あの噂って本当か!?」

「来たかいイザベル。ついて来たまえ」


 カリナの執務室へと飛び込んだ私は、彼女に連れられ歩く。信じられない話を聞いた。だって――、


「……あのグレゴリーが負けたってのは、本当なのか?」


 信じられない。一騎打ちの時に私は幸運にも勝利したとはいえ、グレゴリーがタフな男だ。あの時よりも各段に強くなっているし、そんじょそこらの奴に負けるとは思えない。


「本当だよ。サンチェス団長引き入るクローバーの騎士団は壊滅した」

「――! それで、グレゴリーは無事なのか!?」

「命はある。敵将にやられたところを、命からがら彼の部下たちが回収してきた」


 いつになく深刻なカリナの顔。そしてこの言い回しが、私に不幸な結果を連想させる。


「着いた。この部屋だ。いいかいイザベル、ショックを受けるだろうが取り乱さないように」


 ごくりと、自分が唾を飲む音を感じる。心臓の音が嫌に聞こえる。あいつだって私だって戦士だ。覚悟はできている。けれど実際にこういう状況になると、本能的にブルっちまう。


「開けるよ……」


 カリナがゆっくりと扉を開ける。そこには――、


「ウフフフフ~。お花~!」


 ――満面の笑みを浮かべる、グレゴリーの姿があった。


「……は? はあ!? グレゴリー……なのか……? なんだよこれ!?」

「お花のポーズだそうだ」

「お花~!」


 グレゴリーは笑みを浮かべたまま、両手を顔の下で逆八の字に広げている。


「この手が葉を表しているのか、花弁を表しているのか、私にはわからない……」

「え? いやいやいや、私が聞きたいのはそこじゃない」


 デカいマッチョな男が満面の笑みで変なポーズをとり、メルヘンな言葉を発している。はっきり言ってその……、


「きっしょい」

「こらイザベル、そんな事を言ってはダメだよ!」

「だって……」

「見たまえ、グレゴリーだけじゃない」


 見渡してみると、部屋にはグレゴリー以外にもほんわかメルヘンな空気に包まれているマッチョがいっぱいだ。なになに……?


「ほうら、うさぎさんのお家!」

「りんごさんにお紅茶をあげなきゃ~」

「こおら! フクロウさんにお休みなさいを言いなさい!」


 ダメだ。さっぱり意味わからん。というか見ていると精神的ダメージが大きい。私が言うのもなんだけれど、非常に暴力的な光景だ。


「みんなクローバーの騎士団が誇る精鋭たちだ。それが帰ってきたらこのザマだ」

「そんな……、こんなことが? 魔法か?」

「おそらく。無事だった者によると、敵は西方三魔将のノエリアと名乗っていたらしい。純白の魔導鎧マギアメイルだそうだ」


 西方三魔将……。この前の自称”絶対催眠”の操り野郎とお仲間ってことか。


「ダイヤの騎士団も再編が終わってない今、ハートとスペードの騎士団は動けない。頼めるかい、イザベル?」

「任せなさいよ。たぶんそのノエリアとか言う奴をぶっ倒せば、術は解けるんでしょ?」

「うん、たぶんそうだね」


 そうと決まればぶん殴る!

 世界だとか女神のためとかじゃなくて、私の為に!


「ウフフフフ~、お花~!」



 ☆☆☆☆☆



「いやね、もう俺は見えやしたよ。俺らが『お花~!』とか言って、気合で耐えた姉御が俺らごとブッ飛ばすんでしょ?」

「そんなわけ……あるかもな? で、純白の魔導鎧の発見報告はこっちでいいんだよな?」

『ええ、そうですわ。味方の斥候部隊が捕捉していますの。敵は単騎みたいですけど、気をつけてくださいまし』


 単騎か。根性が座ってやがるというより、自分の魔法に巻き込まない為か?

 前世の記憶が戻ってもう数年が経った。私だってこの世界の戦い方は考えているよ。


「――! あれか――!」


 見つけた。森の中に不似合いな、まるで修道女の様なフォルム。一機の純白の魔導鎧が、静かに森の中を歩んでいる。


 敵が単騎だろうがこっちが遠慮する必要はない。ここは気がつかれないうちにアンナの部隊に魔法を撃たせて――、


「こんにちは、みなさん」

「――!?」


 いつの間に接近しやがった?

 確かにまだ距離があったはずだ。気がついた時には純白の魔導鎧は、すぐ私の目の前にいた。そうとしか言いようがない。


「お前がノエリアだな!」


 こうなったらしょうがねえ。ビビらないで正攻法でいく!


「ええそうです。私はノエリア。帝国第十三皇位継承者クラウディオ様より、西方三魔将の地位を授かっております」


 透き通るような女の声だ。その声に怒気はなく、敵意すら感じない。ここは戦場ではなく、私たちは敵味方ではないと錯覚させるほどに。


「私は西方王国特務騎士団ジョーカー団長、イザベル・アイアネッタだ」

「まあ、だとすれば貴女があの“鉄拳令嬢”さんですか?」

「だとしたらどうすんの? アマドルとか言うやつの敵討ちをするか?」

「そんなことはしません。憎しみの連鎖の果てに何が残りましょうか……。私が尊ぶべきもの、それは平和のみです」

「あっそ、だけど私にはあんたを潰す理由がある。先手必勝! 全員、仕掛けな!」

「「「うおおおおおおっ!!!」」」


 私の号令一下、ジャン、カルロなど計十機の前衛部隊が全方向から剣や槍、そして拳でノエリアへと襲い掛かる。


「暴力はいけません、話し合いをしましょう」

「うるせえ! 《黄金のゴールデンアイ――」

「《平和へいわひかり》よ」


 シャランと、鈴のが聞こえた気がした。

 その瞬間、ノエリアを取り囲んでいた全員の動きが止まる。


「そうだよなあ、やっぱ暴力はいけねえよなあ……」

「そうだねジャン。やっぱり平和が一番!」

「お、おい、お前ら! どうしちまったんだ!?」


 そう問いかける私の動きも止まっている。

 私の中から何かが消えていく――。

 闘争心、敵対心、そして憎しみ――。


「気がつかれましたか? 平和の心こそが最も尊ぶべきものだと」

「ふざけんな! おい、アンナ! 魔導砲撃だ!」

『はい、お姉様! アンドゥハー隊全機、砲撃準備!』


 グレゴリーの件を聞いて、こういうことも想定していた。だから少し離れた位置にアンナ隊を配置していた。


 最初の攻防では、ノエリアの魔力があいつを中心に円状に広がっていた。今のアンナたちの位置は射程外ってことだ。私だって何も考えずに突っ込んだわけじゃないんだよ!


『全機、魔導砲――』

「《平和の光》よ」


 またシャランと、鈴の音が聞こえた気がした。そして魔力を感じた。今度はノエリアから前方に長く、アンナの方へと伸びた。


「アンナ、大丈夫か!?」

『ウフフ、お姉様も魔導鎧なんか捨てて、私とお紅茶でも飲んで平和に過ごしましょう。痛いのも痛くするのもよくないです。平和が一番』


 クソっ、アンナまでやられたか……!


「これでご理解されましたか? 平和こそが人間にとって最も大事なことだと」

「魔法で操っておいて何言ってんのよ! おい、ジャン、カルロ。お前らしっかりしな!」

「うっ……うう……、あれ? 俺は一体何を……?」

「あれ? 姐さん……?」


 よし、まだ魔法のかかりが弱いみたいだ。私の身体も動くし、他の奴らも気がつき始めた。


「なんという闘争心。ですがそれを捨て去らなければ、人類は平和へと至れません」

「くるよ! お前ら避けな!」

「《平和の光》よ」


 私が飛びのくのと同時に、シャランとどこからか鈴の音が聞こえる。


「大丈夫か!?」

「へえ、なんとか……」

「こっちも大丈夫です、姐さん!」


 よし、ジャンにカルロは無事みたいだな。だけど……、


「平和、平和、平和~」

「もう戦いなんてやめて、平和に暮らそう!」


 回避に失敗した連中は、平和ボケが進行してやがる。これが重なるとグレゴリーみたいになっちまうってことか。


「私はノエリア。授かりし力は“絶対平和”。さあ、私と一緒に平和の心を学びましょう」

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