閑話 働くお姉さん

前書き

最後以外はカリナ視点です

―――――――――――――――――――――――――

「ここは通さないよ! 《鮮血閃光撃ブラッディラッシュ》!」


 手にした細剣で敵を突き、斬り、きざみ尽くす。敵は自分が斬られたことすら気がつかずに、物言わぬ亡骸なきがらと化した。敵魔導鎧マギアメイルの様々な液体が返り血の様に、私――カリナ・ケインリーの愛機〈ブラッディア〉へと浴びせられる。


 私の機体はそれを前提とした赤いボディだ。ま、別に戦闘狂というわけでもないんだけれどね。


 そう言えば彼女――イザベルの機体〈アイアネリオン〉は銀色だった。きっと返り血がよく目立つことだろう。特にそれは配慮せずにあの機体カラーかな?


 いや、あれは我が友アーヴァインが用意させた物。だとすると手掛けた魔導鎧マギアメイル鍛冶師スミスは間違いなくね。であれば、きっとあの機体色はわざと――。


「カリナ団長」

「どうした副官?」


 くだらない事を考えていた私に副官が呼びかける。あー、戦場でぼーっとしていたことを感づかれた? 優秀だなあ全く。


「スチュアート殿下がお呼びです。すぐに本陣へと参集するようにと」

「殿下が? わかった、すぐに行く。ここは貴様に任せる」

「はっ!」



 ☆☆☆☆☆



「ハートの騎士団団長カリナ・ケインリー、参上しました」

「おおっ! 来ましたか!」


 本陣へと参上した私を、笑顔で迎えるスチュアート第三王子。蜂蜜色の金髪は輝いており、吸い込まれるように魅力的なエメラルドグリーンの瞳を持つ。そのかんばせと才能から、国民の間でも人気の王子だ。


 だからこそ、此度こたびの防衛戦で名目上の指揮官に就任した。国威発揚のためには、当然の選択肢だ。まあもっとも、実際の指揮は私やスペードの騎士団団長が行うのだけど。


「それで私に何のご用でしょうか? もう既に戦端は開かれております」

「部隊の配置はどうなっているのかと気になりまして」


 はあ……? それは戦前にさんざん説明したはず。何をいまさら私を呼びつけて聞く必要が……。


「例えばこの……、ホルダー卿の部隊が前進していますが、その場合本陣の守りが手薄になっているのでは?」

「そこはグリーン卿の部隊がカバーすることになっております」


 そもそもこんな後方の本陣が戦闘に巻き込まれるようだと、既に勝敗は決している。もちろん私たち西方王国の敗北でだ。


「お言葉ですが殿下、作戦内容は既に提出しておりますので、そちらのトリスタン殿に確認をとられるのがよろしいかと。私やスペードの団長をわざわざ呼びつけるまでの事はありますまい」


 殿下の傍らには、いつも執事のトリスタンが控えている。寡黙だが有能な男だ。軍事に関しても相応の知識を有しているし、作戦内容についても詳細に記憶していることでしょう。


「それはそうですが……、でもやはり実務を担当する者に聞いた方が安心じゃないですか!」


 はあ……。溜息が漏れていないか心配になる。

 このスチュアート第三王子、剣の腕も魔法の腕も確かで、才気煥発ともっぱらの評判だ。座学も優秀で、軍事的な視野も有しているという。でもこの男は――。


 ――へたれだ。


 踏ん切りがつかない、勇気がない、度胸がない。つまるところへたれている。

 本来ならこういう若い王族が名目上の指揮官になる場合、前線で華々しく戦いたがるのを抑える流れになることが多い。指揮官は臆病なくらいがちょうどいいと言うけれど、これはさすがに心配性なのでは?


 事実私がこうやって聞き流している間も、殿下は本陣の守りを固める提案ばかりに腐心している。


「――あとそうだ、この位置です。ここを迂回されると本陣の裏をとられるのでは? 離れていますし悪路ですが、なくはないと思います」


 ちゃんとそこにも気がつくのね。どうやら優秀という看板はとりあえず偽りなしみたいだ。


「そこにはアイアネッタ公爵令嬢の部隊を配置しております」

「アイアネッタ公爵令嬢!? イザベルが……」


 あ、まずった? 確かイザベルと第三王子は元婚約関係にあったはずだ。あまりにもあんまりだったイザベルの性格に嫌気がさして、第三王子がネチネチ言って公衆の面前で婚約を破棄したとかいう。


 お姉さんからすると、どっちもどっちねー。でもそれからだっけ、イザベルが人の変わったように色々しだしたのは。遂には騎士団に入っちゃうんだから、結果オーライってやつかしら?


「イザベルに任せて……、その……、大丈夫なのですか?」

「彼女は既に武勲をたてている優秀な指揮官です。この私が保証します」


 実際彼女はよくやっている。お飾り部隊を拒否したので、諦めるだろうと荒くれ者が集う部隊を任せてみたけれど、これが思わぬ相乗効果を生み出した。


 イザベルは短期間で部隊を掌握し、厳しい訓練で練度の底上げに成功した。雇用政策と国防政策の思惑が合致した、俗にとも呼ばれる平民部隊だけれど、私としては生き残ってくれるにこしたことはない。


 軍隊の物資で一番製造と運用が難しいのが人間だ。なにせ戦うまでに最低十六年はかかるし、飯を食わせないと動かない。その感覚の欠如した国家は滅びるとさえ思う。そう考えると、我が西方王国は亡国一歩手前ね。


「わかりました。ケインリー団長がそう仰るのなら……」


 あら、意外に簡単に引き下がった。イザベルには思うところがある、けれどそれが全て悪感情であるかというとそうでもない。そんなお顔。


 噂で聞くだけのことが真実とは限らないわね。

 ま、お姉さんには関係ないか。


「それでは私は前線の指揮に戻ります。失礼します」


 という言葉は、私がもっとも嫌いな言葉だ。イザベル、私たち女が暴れまわって当然ということを見せてやりなさい。



 ☆☆☆☆☆



「ジャンの兄貴! 敵が多すぎでさあ!」

「姉御が言ってたろ! 倍の敵は両手で殴るんだ」

「相手にだって二本腕があるし、そりゃ無茶でさあ。それに敵は三倍ですぜ」

「だったら噛みつくんだよ。ほら三倍!」


 それにしても苦しい戦いだ。

 俺――ジャン・チャップマンは、ない頭を悩ませる。自慢の悪知恵で考えろ、考えろ。


 だいたい姉御が「良い感じにやっとけ」ってほっぽり出していくのが悪いんだよ。まあ、姉御が残っていたところで突撃しか言わねえか。


「ジャンの兄貴! マーカスがやられました!」

「出血は!?」

「それが……、氷魔法で滑ってすっ転んで気を失ったみたいで……」

「端に置いとけ!」


 アホのマーカスはともかく、バンバン魔法が飛んできやがって前に進めやしねえ。俺達の魔力なんて雀の涙だし……。あ、そうだアンナは!


「アンナはどうしてる? 魔法で援護させろ!」

「アンナさんなら『スリルが待っていますわ~』とか言いながら敵の中で大立ち回りしてやす!」


 なんで後方支援要員が真っ先に敵に突っ込むんだ。ったく、あのドマゾめ……!


「ジャンの兄貴!」

「今度はなんだ!?」

「姉御が敵の魔導鎧を片づけたみたいでさあ!」


 マジか。さすがは姉御!

 良い乳と尻しているだけはあるぜ!


「おっしゃ、敵が浮足立っている今押し込むぞ! 半分は俺、もう半分はカルロについてこい!」

「わかったよジャン!」

「よおし野郎ども、ノブノブの言葉を思い出せ! ビビんじゃねえ! 全軍突撃!」

「「「うおおおおおおおっ!!!」」」


 なんかよくわからんが、姉御についていくと全部上手くいく気がする。どうせ掃き溜めみたいな人生だった。一度きりの人生、こんな博打も悪くない。


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