第10話 へたれ王子の挑戦

「さあお嬢様、お教えした魔法を使ってみてください」

「わかった!」


 ちゃんと授業も受けるようになり素行が改善されたと判断された私は、それまで封印されていた魔法の授業も受けるようになった。


 この世界には魔法が存在する。それは火、水、地、風、光、闇の六属性に分類されて、初級や下級と呼ばれるものにはじまり、中級、上級、超級、そして伝説にだけ語られる神級しんきゅうという五つのランクに分けられている。


 今私が習っているのは、光属性の初級魔法《ひかり》だ。


「落ち着いて、全身の魔力を感じて集めるのです」

「《光の矢》よ、飛んでけ!」


 私が唱えると、白く眩い光が集まって五本の矢の形をとり、的に向かって飛んで……行ったはいいものの、的には当たらずにてんでバラバラの場所に突き刺さった。


「……イザベル様は遠距離魔法のコントロールがまだまだ未熟のようですな」


 魔法にもいろいろなものがある。この前の魔導鎧との戦いで使った《光の加護》や《光子拳》みたいな、身体を強化したり直接打撃を叩き込むような魔法なら私は得意だ。格闘技での身体の使い方のように、全身に流れる魔力とやらを感じて筋肉へと送り込み発動する。


 しかし《光の矢》みたいな魔法を飛ばす系だとてんでダメだ。出すことは出来るけれど、さっきみたいにあらぬ方向に飛んでいく。


 手から出る《水流》はまだマシだけど、前回は姿勢制御の為に振り回しただけで、魔法として制御できたかというとグレーだ。


 ま、飛び道具は性に合わないってことだな。私には打撃戦がピッタリ。


「しかしイザベル様には才能を感じます。この調子で精進なされよ」

「おう! ……じゃなかった、はい先生」


 というわけで、先生の多くが真面目に授業を聞くようになった私に好意的になった。こうやって地の口調が出ても特に咎めることはなく、むしろフレンドリーになったと解釈してくれているようだ。


 ただし礼儀作法の先生は除いてだけど。

 礼儀作法はその……ほどほどにがんばる。



 ☆☆☆☆☆



 そんなある日、トレーニング中の私に来客があった。


「イザベル嬢! あなたに用があって参りました!」

「あんたは確か……、スチュアート第三王子」


 現れたのは私が前世の記憶を思い出して最初に殴った男、蜂蜜色の金髪がキラキラと輝くスチュアート・スタントン第三王子だ。その側には執事の確かトリスタンとか言った男が、相も変わらず堅物面で控えている。ちなみに私の側に控えるセシリーはあわあわしている。


「いったい何の用だ……ご用でしょうか? 婚約破棄の件は確かに承りましたとそちらの執事に伝えたはずですが?」


 さすがに第三王子相手にトレーニングの邪魔だから帰れとは言えない。

 なのでお嬢様口調で用件を聞きだす。まあ殴ったこともあるんだけれど。


「婚約破棄の件ではありません。今回は僕の――いえ王家の誇りの問題です!」


 誇り。お貴族様生活を始めてまだ間もないが、本当にお貴族様は誇りとかメンツとかいうものを大事にする。不良少年たちと同じくらい大事にする。


「婦女子に殴り飛ばされたままとあっては僕の名声は地に落ちます。イザベル・アイアネッタ、あなたに決闘を申し込みます!」

「よしきた! 先手必勝、オラああああああっ!!!」

「――ブベラッ!?」


 正々堂々とタイマンを挑む。その心意気やよし。だが実力が伴わなかったのか、王子の頬に私の右ストレートがクリーンヒットして、出会った時のように吹き飛ばされた。


「ちょっと! なんで殴るんですか!?!?」

「? タイマンするんでしょ? 殴ってなぜ悪いので?」

「僕は貴族同士のルールに則って決闘を行いたいなのです! 貴女のはただの暴力! 暴力反対!」

「なんだよ。ルールがあるなら先に言ってくださいな」

「それを今説明しようとしたのです!」


 私だってルール無用の悪逆プロレスラーじゃない。ルールがあるなら守るさ。まあプロレスラーでもなかったんだけれど。


 そしてスチュアート王子は、クドクドとルールの説明を始めた。

 まずお互いに距離をとって、名乗りを上げる。そして両者合意の立会人の合図があってから始める。魔法は使用していいが、今回は命の取り合いをしようと思わないので加減はすること。剣を使う際は木剣を使用すること。だそうだ。


 そんなスチュアートの手には、木剣が握られている。

 なんか羨ましいので、私も木剣を持ってみる。


「気をつけてください、お嬢様ー!」

「私は戦いで遅れはとらないわよ」

「いいえ、全力で行くと魔導鎧マギアメイルと相打ちできるんですから、加減してくださいー! 私グロテスクなのダメなんでー!」


 ああ、なるほど。思いっきり魔力を込めて、王子の頭が地面に落ちたザクロみたいにパンっとなったら今度こそ謀反だ。


「ヒエッ……」

「魔導鎧を? あの噂は本当だったのか……」


 どうやら相手の主従は早くも精神ダメージを受けているよう。やるなセシリー。これで一歩リードだ。


「くっ……しかし僕は勝たねばならぬのです。ヘタレ王子と罵った貴女に勝たなければ……!」


 ヘタレ王子?

 言ったっけ? 言ったかも。


「我こそはスチュアート・スタントン。現女王陛下の孫にして、今は亡き勇猛なる王スタンリーが息子! 剣をとれば無双、魔法を使えば敵なしと称される、我が腕前を恐れなければかかってくるがよい!」


 おおー、なかなか立派な感じだ。容姿の良さも相まって、映画のワンシーンのように感じる。


 えーっと、次に私も名乗るんだっけか?

 あったなあ、試合前にこういうハッタリ効かせる名乗り。結構懐かしい感じだ。


「我が名はイザベル・アイアネッタ。お人好しのイアン・アイアネッタ公爵が娘。腕のここら辺の所に集まったたんぱく質とかがめっちゃパワー! えーっと……、とにかく筋肉がすごいからかかってこい! 以上!」

「…………」

「……お嬢様?」


 うん。そう言えば前世から私はこういう名乗りが苦手だった。だって良い感じのを考えてもらっても、長すぎて覚えられないんだもん。


 あっけにとられるスチュアートとセシリーはともかく、トリスタンは冷静に開始の合図を準備する。


 まだか、まだか、まだか――、


「それでは双方お家の名誉を賭けて正々堂々と。開始!」


 ――来た!


「《光の加護》よ!」


 私は何も考えずに肉体を強化し、突撃する

 スチュアートは木剣を構え、迎え撃つ体勢だ。

 さすがに言うだけあって、隙の無いお手本みたいな構え。だけど――!


「そらっ!」

「うわっ!?」


 私は手に持った木剣を投げつけた。

 スチュアートは慌てて木剣ではじき、構えに隙が生まれる。


「もらった!」

「そう来るとは読んでいまし――グホッアッ!?」


 これで中々の使い手なのか、王子は素早く防御態勢をとる。

 だが叩き込もうとした拳はフェイントだ。私は王子の無防備な腹を蹴り上げる。そして間髪入れず――


「オラああああああああっ!!!」

「――ブベラッ!?」


 左の拳をスチュアートの顔に叩き込んでやった。本日二回目、スチュアートはすっ飛んでいき、ゴロゴロと転がって木にぶつかり止まる。うん、まあ手加減したから大丈夫だろ。


「私には蹴りも左の拳もあるんだよ」

「剣を投げるなんて、卑怯です……うっ」


 スチュアートはそう恨みがましそうに言いながら気を失った。才能は有るらしいけれどまったく甘ちゃんだな。


 前世の闇格闘場でもそうだったんだ。実戦だったらあの手この手で敵は殺しに来る。それを卑怯だのつっぱっただの言うやつは、あっという間にお陀仏だ。


 それが嫌なら、ただひたすらに己の技を磨くしかない。少なくとも私はそうやって生きてきた。


「《治癒ちゆの光》よ。殿下、大丈夫ですか?」

「うっ、うう……」

「息はありますね。それではイザベル様、失礼いたします」


 トリスタンはカエルの様にのびている主の下へ行き、治癒魔法をかけた。そして背負うと、さっと一礼して帰っていった。


「まったく、なんだったんだ? なあ、セシリー」

「私も何だか慣れてきちゃいました……」


 こうして私と王子の第二ラウンドも、私の勝利で幕を閉じた。

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