第9話 お嬢様のおねだり

「――というように、大陸中央にて勢力を広げる『ロメディアス中央帝国』は四方の国々を圧迫しています。生意気にも我らが『スタントン西方王国』にも攻めてきますが、勇敢な騎士団の前では敵になりませんな」


 グレゴリーとの一件以来、授業は理解できなくてもとりあえず寝ないことを目標にした。

 魔導鎧マギアメイルというものを知った今、それに関係することから興味を持って少しずつ理解することを目標にしている。


「イザベル様の兄上であるアーヴァイン様も、先だっての防衛戦では勇敢に戦われました。最近はイザベル様も授業をよく聞いてくださいますし、旦那様と奥様もご安心でしょう」


 先生の言うように、ロメディアスの連中は定期的にうちの国にちょっかいを出してくる。そんな戦いに兄ちゃ――アーヴァインお兄様も、兵を率いて参戦しているわけだ。貴族の義務ってやつらしい。


「ヘルマン先生、質問があります!」

「なんですかな?」

「そもそも魔導鎧ってなんなのですか?」


 主な交通手段が馬、電気じゃなくて蝋燭を明かりに使うこの世界で、あれが異常な存在なのはアホの私でもわかる。


「ふむ。そもそも魔導鎧とは心臓部である魔導コアに魔力を注ぎこむことによって稼働する機械です。イザベル様も魔力灯まりょくとうはご存じでしょう? 仕組みは一緒です」


 魔力灯というのは魔力を注ぎこむと光るランプの事だ。ただ、希少な物らしくてそんなに普及はしていない。この大金持ちのアイアネッタ公爵家でもごくわずかしか使われていない。


「一度魔導コアに魔力を注ぎこんで全身にいきわたらせる。それによって魔力伝達を効率化し、魔法の威力も高めた。鎧の名の通り、当然防御力も高い。もう長らくこのアリスト大陸で使われていますが、やはり戦場の花と言えるでしょうな」


 ふーん。つまり大暴れできると。男よりも女の方が魔力を高く生まれることが多いのもあってか、アリスト大陸の諸国では女性が家督を継ぐことも許されているし、戦場に立つのも不思議ではない。


「興味があるようでしたら旦那様にお願いして、アイアネッタ家の魔導鎧部隊を見学させてもらえばいいのでは?」

「なるほど。さすがは先生! アハハハハハ!」

「アハハハハハ!」



 ☆☆☆☆☆



「ダメだ」

「ど、どうしてですかお父様!」


 ヘルマン先生の助言通りお父様にお願いしてみたら、にべもなく断られた。なぜだ。


「闘技場での一件、私が知らないとでも思ったかい?」


 ぎくっ。セシリーやお供の連中には口止めしといたのに。


「街中の噂になっているよ。まあ魔導鎧と生身で戦ったというのは嘘だと思うけれど、戦いに乱入するなんて。やんちゃが過ぎるという言葉じゃすまない」


 あー、生身で魔導鎧とやりあったのは本当なんだが、まあバレていないなら黙っていよう。


 くっ……、ちょっとした乱入だけなら「お茶目だな」くらいで済むと思ったのに……!

 まあプロレスでも筋書きにない乱入とかは怒られるしな。


「最近真面目に勉強しているから百歩譲って目をつぶるけれど、もうやんちゃはしなように。わかったかい?」

「わかりました」


 まあわかってないんだけど。

 こうなったら作戦変更だな。


「ならお父様、代わりにお買い物をしてよろしいですか?」


 うるうる目をして、すがりついてお願いしてみる。

 イザベルの記憶によると、お父様は娘のお願いに弱い。


「お買い物? なんだい?」

「それは内緒ですわ。少しお高いけど私のどうしても欲しいんですの……」

「うーん……」

「イザベルの将来の為に必要な物なんですの」

「……将来の? わかった、最近は無駄遣いもしていないようだし買いなさい」

「ほんとですか! ありがとう、お父様!」


 よし、言質げんちはとった。

 金銭感覚は大事にしたいが仕方ない。



 ☆☆☆☆☆



「あ、いたいた兄ちゃ――じゃなかったお兄様ー!」

「やあイザベル。最近は真面目に授業を受けているようだね」


 近頃は王都と公爵領をいったりきたり、お忙しそうなアーヴァイン兄ちゃん。このタイミングで帰ってきていてちょうど良かった。


「はいお兄様。私も公爵令嬢たる振舞いに気を使うようになりましたの」

「あはは、それにしてはいろいろ噂を聞いているけれど……」

「噂は噂だよ……ですわ。それより一つお聞きしたいことがありますの」

「なんだい?」

「お兄様は幅広い人脈をお持ちですよね?」


 アーヴァイン兄ちゃんはその抜群のルックスと人柄、そして高い能力で幅広い人脈を築き上げている。私はそのコネを使いたい。


「その中に著名な魔導鎧鍛冶師マギアメイルスミスの方がいれば紹介していただきたいのですが」


 魔導鎧鍛冶師マギアメイルスミス。読んで字のごとく魔導鎧を造る鍛冶師のことだ。


 魔導鎧は前世で言う所の刀みたいに、どの鍛冶師によって造られたかによって性能が大きく違う。そこで私は兄ちゃんのコネによって、著名な魔導鎧鍛冶師の手によって造られた魔導鎧を買いたい。どうせ買うならできるだけ良いやつだ。


「いったい魔導鎧鍛冶師なんか紹介を受けてどうするんだい?」

「それは……、少し興味がありまして。社会科見学と言いますか……」

「俺に本当の事を言ってごらん?」


 こ、怖えええっ!

 笑顔なのに笑ってない。この兄ちゃんを誤魔化すのは無理だな。


「……魔導鎧が欲しいのです。自分用の」

「魔導鎧を? どうして?」

「将来を考えての事です。私はお茶とお菓子に興じたり、ダンスや楽器の腕前を競ったり、そんな生ぬるい生活は送りたくない。ならば、私は戦うことで貴族としての義務を果たしたい。それで魔導鎧が必要なのです」


 公爵令嬢の義務は果たす。――けれど礼儀作法だとかパーティーだとかに縛られた生活は向いていない。だから私は前世から一貫した私の目的を果たすため、戦いを望む。


「……突然体を鍛え始めたりしたと思ったけれど、まさかそんな事を考えていたとはね」

「おかしいですか?」

「いいや、俺はちっともおかしいとは思わない。むしろよりも好ましいと思うよ」


 という言葉にドキリとするけれど、まあ比喩表現だろう。


「ただ魔導鎧は高いぞ。お金はどうするんだい?」

「お父様に使途を問わないお金の使用許可をいただいています」

「あはは、上手くやったね。まあお父様達が許可する訳ないか」


 アーヴァイン兄ちゃんは楽しそうに笑う。いつも微笑みを浮かべているけれど、こんな笑い方は初めてかもしれない。もしかしたらこっちの方が素なのかもな。


「わかった。お父様には内緒で魔導鎧鍛冶師を紹介しよう。俺の友人にとびきりの奴がいる」

「本当ですか!?」

「ああ、本当さ。それにどうせならオーダーメイドが良い」


 オーダーメイド!

 甘美な響きだ。確かにどうせ頼むなら専用の奴がいい。


「やった。ありがとう兄ちゃん! ――あっ!」

「兄ちゃん? あはは、イザベルは本当に変わったね。そう呼びたいのなら公的な場以外ならそう呼んでいいよ」


 妙に機嫌の良い兄ちゃんは、「俺に任せてくれていい」と言ってくれた。

 なんかよくわからないけど上手くいって良かったよ。オーダーメイドの魔導鎧、楽しみだなあ!

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