第2話 驕れる女神にも叩き込む

 ああ、我ながら頭の悪い夢を見てしまった……。私のには、王子みたいなイケメンに罵られたいっていう欲望があるのか? そんな馬鹿な。


「さあ、目覚めなさい」


 おっと、今度こそお目覚めの時間だ。まさか三途の川があんなところとは思わなかったけど、今度起きたら病室のベッドの上ってわけね。命が助かって良かった良かった。


「目覚めなさい」


 なんか命令口調の看護師だな。まあ言われなくたって今すぐ起きてやるよ。


「……? どこよここ?」


 私が目覚めると、そこは病院のベッドの上じゃなかった。そしてさっきみたいな外国人で溢れたパーティー会場でもない。私がいるのは、だだっ広い何もない空間。それはまるでこの世のものとは思えないような――。


「……誰よお前?」


 その空間の中、私のちょうど正面に人がいる。女だ。

 それも美人と言って良い見た目だけれど、服装がおかしい。なんかヒラヒラしたドレスを着て、羽衣をまとっている。そしてオマケに全身がピカピカと輝いてやがる。


「私はルミナ。光の女神です」

「はあ? 女神ぃ?」


 なんだコイツ、頭おかしいのかな?

 いや、これが私の夢なら、私の頭がおかしくなっちゃったのかな?

 少なくともこんなドラッグストアみたいにビカビカ光る女の知り合いはいない。


「そう、女神です。落ち着いて聞いてください、あなたは死にました」

「死んだ? いや、現に私はこうして生きて……」


 私はゆっくりと自分の足を確認する。

 うん生えている、幽霊じゃない。


 手もあるし、目も鼻も口も耳も五感はしっかりしている。リングに上がるのに支障はない。腹に穴も開いていないし――、


「――ってこの身体、さっきの何とかベル何とかじゃん!?」

「その通りです。今のあなたの名前はイザベル・アイアネッタ。前世で無敗の女王だったあなたは、銃で撃たれた時に死んだのです」

「なに馬鹿なこと言ってんだ! 第一、お前が女神だって言うんなら、私を生き返らせろ!」

「それは出来ません。不幸にも死んでしまった哀れなあなたの魂を、異なる世界に転生させるのが私たち女神に許された限界です」


 嘘でしょ……、私が死んだ?

 私にはまだまだ倒したい敵がいた。戦いたい奴らがいた。それを果たせずに死んだ……? 


 ……そしてだって?


「十六年前、私はあなたをイザベル・アイアネッタとして転生させました。長らく記憶が封印されていましたが、何らかの心理的ショックにより蘇ったのでしょう」


 私の意識は確かに裏社会で生きてきた無敵の女王のそれだ。それのはずだ。けれど、イザベルとかいうお嬢ちゃんとして十六まで生きた記憶もぼんやりとある。


 女神――たしかルミナとか言ったか――の言ったことを真に受けるなら、イザベルが何かショックを受けて私の前世の記憶の方が色濃くなったってこと?


「イザベルは簡単に言うと悪役令嬢的なポジションです」

「あくやくれいじょう?」

「知りませんか?」

「知らないね」


 令嬢ってお嬢さんの事でしょ?

 それが悪役……お嬢様系ヒールレスラー的な話かな?

 プロレス界隈ってイロモノ多いし、まあありそうな話だわ。


「じゃあ少女漫画とか読んでいましたか?」

「読んでねえ」

「乙女ゲームをプレイしたりは?」

「なんのことかわからねえ」

「ですよねー」


 少年漫画とか格闘漫画なら少しは読んでいたけど、そんなん読んでいる暇があったらトレーニングよ、トレーニング。


「もしかして理解の早いオタクって、私たちにとってありがたい存在なのかしら……?」

「何か言ったか?」

「いえ、何も。まあ不幸にも若くして死んでしまったあなたを、イザベルというお嬢様に転生させてあげた事を理解していただければ――ブベラッ!?」


 完全に油断していた自称女神は、右頬に叩き込んでやった右ストレートですっ飛んでいき、ごしゃっとかそんな音を立てて落下した。


 なんだ、自称女神もきっちり殴れるじゃん。さすがは私。


「!?!?!? え? なんで殴られたの!? というかめちゃ痛いんですけど!?」

「なんで殴られたかわからないか?」

「わかるわけないでしょ! というか普通チュートリアル中の女神殴る!? しかも顔面!」


 ちゅーとりあるが何かわからん。それに私は女とは名ばかりの猛者ばかりを相手にしてきたから、男女の違いで加減を加えるとかしない。そもそも私は女だ。


「女神、お前言ったよな?」

「な、何をよ……?」

「お前は確かに『転生させてあげた』と言った。私はそんなもの望んでいない。イザベルとかいう嬢ちゃんに転生したことは理解した。けれど納得はしていない」


 だいたい四十九日とか初盆とかそういうのちゃんと守ってんの? 義理事は大事だ。


「え? 言いたいことはわかったけれど、普通それで殴る!? 狂犬かよ!? もしくはゴリラ!? このゴリラゴリラゴリラ!」

「なんだとこのアホ女神、第二ラウンドか!?」

「遠慮しときますぅー! はい、話は終わり! 魂はさっさと肉体に戻りなさい!」


 女神ルミナがそう言うと、私の足元に複雑怪奇な円形の文様が現れて、私の身体はすうーっと消え始める。畜生! 言いたい放題言って逃げんのかよ!?


「あー、もうなんで復帰早々の担当がこんな狂犬脳筋ゴリラ女なのよ!? 私には私に相応しい優雅な案件ってものがあるでしょうよ!」

「てめえ、犬かゴリラかはっきりしろよ! それに私は猫の方が好きだ!」

「あんたの好みの話ししてんじゃないわよ!? あー、一応言っておくけどあの世界、魔法やらなんやらありだから」

「魔法!? 魔法ってあれか? ポニー・ゴンターみたいな感じか!?」


 孤児院にいる時に見た、眼鏡の男の子が主役の映画がうすらぼんやりと記憶にある。


「言わんとせんことはわかるけれど、一文字も合ってないわよ! でもまあそんな感じだから、さっさと消えなさい狂犬女」

「また狂犬呼ばわりしてくれやがって! リングネームならもっとカッコいい名前をつけろよおおおおおおおおおおおッ!!!」

「……ったく、リングネームじゃないし。お望みの鉄の拳と鋼の身体がある世界だから、そっちで好きなだけ暴れなさいよ」


 最後に女神がぼそぼそとつぶやいた何かは、私の耳に届くことはなかった。

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