第18話カエル:逃がすわけないじゃない

「逃がすわけないじゃない」


 私は力強くカエルを握った。


「イダダダダ!ちょっ、やめて」


 痛そうに体をうねらせている。

「あのね、どこの世界に、はいそうですか、という人がいるの?」


 さらに力を入れた。

「イダダダダ、イダ。ちょちょちょちょ、待って待って待って」


 カエルは悶えていた。


「待って、と言われて待つ人なんかいないでしょ」

「いやー!」


 カエルはぐったりした。


「いや、力入れてないんだけど。どんなにビビリなのかしら」

「そりゃそうだろ。握り潰されるかとおもったわ」


 カエルはひょこっと元気になった。


「文句言うと……」

「待って待って待って、本当に待って」


 カエルは本当にビビっていた。


「待ったわよ。なんなの?」

「なんなのってわけではないけど、待って。死ぬから。本当に死ぬから」

「だったらなんとかしなさいよ」

「お主、印象とちがうな」

「印象と違う?」


 私は指を緩めた。


「どういうこと?」

「お主はそういうふうに暴力を働くと思わなかった。噂によると、妖怪の悩みを解決してくれる優しい人間だと思っていた」

「そうよ。私は優しいわ」

「自分で言うか?」


 なるほど、妖怪の中で噂になっていたのね。たしかに妖怪の悩みを解決したことはあるけど、こんな隣町にも伝わるとは、なかなかのものである。


「それに、お主は人と群れないと聞いたぞ」

「……? そうよ?」

「ところが、お主はそこのものと一緒にここに来た。そして、色々と仲良く話をしていた。思っていたのと違うわ」

「そうかしら、別に群れていないと思うが」

「そうかもしれないが、しかし、人と話しているところを知らなかったので、まさかの光景に驚いているわけだよ」

「これくらいで驚くの?」

「そりゃあ、驚くよ。あのお主がだよ。ありえないだろ」

「まるで見てきたかのように話すわね」


 カエルは笑った。


「ほっほっほ。そんなの、容易に想像がつくわい」

「想像力が豊かなのね」

「そういってくれるとうれしいわい。では、もう一つ想像してやろうか」

「何を想像するの?」

「あの男のことじゃ」


 宇木の方を向いた。


「あら、楽しみね」

「あの男はおそらく友達がいないんじゃ」

「あら、辛辣ね」

「辛辣ではない。事実じゃ」

「推測でしょ?」

「そうじゃな。実際には見ていないからな」

「それも推測だけどね」

「そうじゃな。あの男はクラスで浮いた存在かな」


 カエルは聞き流した。


「言っていることは同じよ。表現が違うだけよ」

「そうか。それは失礼した。とりあえず、あの男はもともと一人ぼっちじゃ。そうでなければ、こんなところに一人で来ないわ」

「なるほどね。それはそうかもしれないわ」

「しかも、こんなカエルなんかと遊ぶなんておかしいだろ、小さな子供じゃないんだから」

「それで、1人ぼっちだと」

「そうじゃな。人と遊べなければ、人以外と遊ぶしかない」

「理屈は通っているわ」

「それに、わしの能力がそうさせているかもしれないな」

「浮く能力が?」

「そうじゃ。不思議な能力は周りから距離を取られる。お主も分かっておるじゃろ?」


 嫌なことを言うわ。


「そうね。身に覚えはあるわ」

「お主もそうであるように、あの男も能力のせいで周りの人間から距離を置かれているはずじゃ」

「……遠まわしに私のことを馬鹿にしている?」

「そういうつもりはなかった。気を悪くしたのなら謝る」

「じゃあ、謝って」

「……本当に謝ってほしいやつは珍しいわ」

「あら、冗談よ」

「……そんな無機質に淡々と話されたら、冗談かどうかわからないぞ」


 あら、そうかしら。たしかに、そういうことを言われた記憶はあるわ。


「それくらい推測しなさいよ」

「そう言いなさんな。難しいわい」

「冗談よ」

「また冗談かい」

「それよりも、早く続きを言いなさいよ」

「ええっと、なんの話だったかな」

「私の冗談がわかりにくい話よ」

「そんな話してたか? 冗談ばかり言って」

「冗談じゃないわよ」

「それは本気なの!?」


 私は本気で気にしているんだけど……どうやら話の流れでは冗談に聞こえたらしい。


「まあ、その話はどうでもいいわ。ええっと、何の話だっけ?」

「あの男はわしの能力のせいで1人ぼっちという話だ」

「そうね。なんとかならないの?」

「だから言っただろ。わしはどうにかするつもりはない」

「だったら、握る潰すわよ」

「ふん。できるものならやってみろ」

「あら? 急に強気ね」

「よく考えたら、わしがお主に殺されることはない」

「何を根拠に?」

「わしを殺したら、あの男の呪いと解くヒントがなくなる。だから、わしを殺すことはできない」

「なるほどね。正解よ」

「それだけではない。お主はやはり優しい人間じゃ。だから、むやみに殺生はしない」

「ふーん。正解ということにしてあげる」

「そして、最後に、わしがお主ごときに殺されるわけはない、ということじゃ」

「あらあら。それは不正解よ」

「では、正解か不正解か試そうか」

「望むところよ」

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