第16話カエル:カエル探し

 私は電車に乗っていた。

 横には宇木が座っていた。

 男女2人で下校だ。

 といっても、家に帰るわけではない。デートをするわけでもない。カエルを探しに行くのだ。

 3駅目で降りた。

 数分歩くと例の河川敷についたらしい。


「ここがそうなの?」

「そうだ。ここでカエルに会ったんだ」


 電車が走る鉄橋、車が走る鉄橋、もう一つ車が通る鉄橋が数百m間隔で建っていた。それを繋げる川と河川敷。私たちは河川敷に広がる野原に立っていた。


「こういう所に来るのは久しぶりだわ」

「そうなのか?」

「そうよ。昔はよく遊んだけど、あるときからからっきし来なくなったわ」

「そうか。俺は今でもよく来るんだがな」


 ああ、なるほど。


「そうなの」

「興味なさそうだな」

「いいえ。それよりもカエルは?」

「それが、どこにいるのか」


 宇木は首を横に振った。

 やっぱりね。どこにいるのかがわからないから何回も来るのか。


「まあ、とりあえず探しましょう。もしかしたら見つかるかもしれないわ」

「そんな簡単に見つかるか? 俺、中学の時から何回も来ているぞ」

「やってみないと分からないわよ。意外とすぐ見つかるかもしれないわよ」

「そんなわけないだろ。そんなすぐには見つから……」


 カエルが宙に浮かんでいる姿が目に入った。

 ……

 私はそのカエルを捕まえた。


「おまえ、よく素手で持てるな」

「そう? 普通でしょ?」


 私の右手のなかはヌメっていた。


「普通じゃないだろ。そんなヌメったものを持って平気なのは」

「あら? 普通だったらどうなのかしら」

「普通の女子なら、カエルなんか見たら嫌がるだろ。ましてや、手で掴むなんてもってのほかだ」

「あら? それはとんだ偏見だわ。きっとあなたは、女性に偏見を持っているのね。きっと女性はウンコをしないと思っているのね」

「思ってねーよ! お前は昭和のアイドルか」

「あら? 私は昭和のアイドルじゃないわよ」

「わかってるよ。たとえだよ」

「ちなみに、ウンコはしないわ」

「うそつけ。ウンコはするだろ」

「あら、女性の前でウンコウンコ言うのは下品よ」

「お前が先に言い始めたんだよ」


 そう困惑している宇木をからかうのは楽しかった。


「そんなことより、カエル、どうする?」

「急に話を戻すな」


 そういわれて、それもそうだと思った。


「ウンコしたかったらしてきていいわよ」

「急に話を戻すな!」


 ああ、戻したらダメなんだ。


「急に話を戻すな、って言うから」

「いつまでボケているんだよ」


 いや、これはボケているわけではないんだけど……


「じゃあ、どうするの?」

「うーん、調子が狂うな。……とりあえず、カエルを握るのは嫌じゃないのか?」

「そうね。気にならないわ」

「そうか。強いな」

「強くないわ。弱いわよ」

「売り言葉に買い言葉かよ。相変わらずだな」


 相変わらずというほども長い付き合いではなかったが、そのことを言ったらまた話が脱線すると思ったから、黙った。


「……」

「何黙っているんだよ。気持ち悪い」

「あら? ウンコならトイレでしてよ」

「ウンコはもういいわ」

 ――「さっきからうるさいな」

「あら? うるさいのはあなたも一緒じゃないの」

「ん? 俺は何も言っていないが」

「あら、何を言っているの?」

 ――「さっきからうるさい、と言っているんだ」

「だから、うるさいのはあなたも一緒じゃないの」

「ん? 何を言っているんだ?」

「ん? 何を言っているの?」


 私たちはきょとんとした顔で見合わせた。

 

 ――「こっちじゃ、こっち」


 私は声のする方向を見た。私の拳に握られているカエルの方向だった。


「わしじゃ、わし」


 カエルが喋った。


「カエルが喋った!」


 私は心で思ったことをそのまま口に出した。


「おぬし、わしの声が聞こえるのか?」

「はあ? 当たり前じゃない」

「ほお、これは珍しい」

「何が珍しいの、ねぇ?」


 私は宇木に同調を得ようとしたが……


「お前、カエルと話しているのか?」


 宇木は真顔で言った。


「そうよ」


 私は、もしや、と思った。


「悪いが、俺にはカエルの声は聞こえねぇ」


 宇木は残念そうに首を横に振った。私はカエルの方に向きなおした。


「どうやら、私、珍しいらしいわ」

「どうやら、そのようじゃな」

「それで、あなたは何者なの?」

「お主はピンときているじゃろ?」


 事実、ある予測はたっていた。


「妖怪?」

「そうじゃ。わしは実際のカエルではない。カエルの姿をした妖怪じゃ」

「なるほどね。それで、どうしてこういう状況になっているのかは、あなたはわかるかしら?」

「わかっておる。あの男につけた浮く呪いのことじゃろ?」

「そうよ。説明してちょうだい」

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