2019

あなたはきらめく天の星



 俺の好きな人は、きれいで可愛くてかっこいい。



「デート?」

「是非とも!」

「平日だから僕仕事だよ。純白よしあきも学校と塾でしょ」

「じゃあその後の土日!」

「土曜は仕事、日曜は休みだけど予定入ってる」

「もー!」

 母親の仕事が終わったら一緒に外食する予定。それを待つ為に、塾帰りにお邪魔させてもらった浄円寺さんちのダイニングで、横に座る美紅みくが俺と彼女のやりとりを見てにやにやしている。

「だぁから言ったじゃん。そういうのは早めに言っとかないと、うたちゃん忙しいんだからー。ねー?」

「美紅そこつづり違う」

「おっとぉ?」


 たった二つしか違わないのに、背は俺よりも美紅よりも低いのに、彼女──うたちゃんは、大人みたいに見える。


 十歳の頃からキャプターやってて、学校はほとんど行ってない。けど、自分で勉強しまくって、通信制の大学も卒業しているらしい。たまに宿題やテスト勉強を見てもらえるけど、どの教科もばっちりだ。すごいと思う。


「デートっていったって、どこで何をするつもりなの? それなりのプランあっての誘いだよね?」

「んっ」

 そうだ。言ってみたはいいけどどうしたらいいんだ。

「え、と……んと……」

「勢いでものを言う。悪い癖だよ純白」

 クールな言葉が突き刺さる。いつも容赦はない。(でもそこも好き!)

「あの……あのね……まだ何したらいいかってわかんないんだけど……おもてなししたい……」

「もてなす。僕を?」

「うたちゃん、誕生日、もうすぐじゃん」


 その当日は平日だって、さっき断られたけど。多分仕事が終わってから、家でお祝いしてもらうんだろうけど。

 でも当日じゃなくてもいいから、何か特別なことをしたかった。今年は何かあるとか、別に深い意味はないけど。


「あぁ、そういうこと。でも、デートだもてなすだ言ったって、中学生の財力じゃできることが限られてくるんじゃない? 動物園水族館映画館遊園地、場合によってはプラス食事や一休みのお茶、結構お金がかかるよ」

「今年のお年玉があります! このときの為にとっといた!」

「きみ計画性があるんだかないんだかわからないね純白。……そう、だな」

 彼女は手元のタブレットで何かを調べ始めた。その動き一つ一つといい表情といい、すごくきれい、なんだよなぁ。

 そして、

「平田くーん」

 彼女の自称執事を呼んだ。執事っていうか、雰囲気的に護衛とか、何かそんな感じなんだけど。うちの母親の同級生だとか、そんなふうに聞いている。

「あいよ何だねお嬢様」

「八日の夜って空いてるよね」

「仕事入れちゃダメだぞただでさえ昼間空けらんなかったのに! ケーキも予約してあるんだからな!」

「あぁ、いや、そうじゃなくて。夕食の後、ちょっと時間あるよね。十時くらいまで」

「何すんの」


「純白がデートしたいって言うから観覧車でも乗ってこようかと思って」


 彼女の発言に、


「えっ」

「は?」


 俺と執事の声が重なった。かと思ったら、


「純白おめェ夜の観覧車なんて何中坊のくせに色気付きやがってクソロマンチックか!」

 胸ぐらをつかまれにらまれる。

「ひッ、ちがっ、ちょっと待ってよあっちゃん! 俺じゃない! デートしようとは言ったけど」

「言ったんじゃねえか!」

「違ぁう観覧車は違うー!」

「平田くん、抑えて。観覧車という案については僕が出した」

 彼女の言葉に執事がぐ、っと詰まった。この人は本当に彼女に弱い。

「何だと」

「デートといってもスケジュール上今年の僕の誕生日近辺はなかなか時間を取るのが難しい。しかもデート費用は純白が負担してくれるらしいけど、中学生にそんなにお金を使わせるわけにもいかないだろう?」

「…………確かに、妥協案としては最適だわな」

 顔は納得してない。彼女のこととなると過保護で過激なんだよなぁこの人。

「そういうことだ。まぁ、時間も時間だし、現地まではきみも一緒に来てもらうことになるけど、ゴンドラに乗るのは僕と純白の二人、と」

「えー、じゃあ何? 真冬のクソロマンチックゾーンに俺一人置き去り? やだぁそんなの」

 すかさず美紅が自称執事に飛びつく。

「私と一緒に乗ればいいじゃん! 私も夜の観覧車でクソロマンチックしたいしたい!」

「えーやだぁー中坊とアラフォーとかはたから見たらヤバい案件じゃんかよォ」

「えっお小遣いくれる!? ありがとあっちゃん!」

「やんねえよバカ今年ちゃんとお年玉やっただろが」


 俺は知っている……美紅は自称執事の嫁の座を──玉の輿を狙っているということを……オープンに打算的な姉よ……。


「はい、じゃあ、それでいいね?」

 ぱん、と彼女が手を叩く。可愛い。手ちっちゃい。白い。可愛い。握りたい。可愛い。


 観覧車。一周二十分もない。

 でも、でもでも。

 すごく、デートっぽい!

 デートっぽくて、しかも観覧車だけだからお金もそんなにかからない! 財布に優しい!

 流石うたちゃん頭いい! すごい! 自分のスケジュールに無理なく、それっぽく、しかも俺の経済状況まで考えてくれるなんて!


 普段めちゃめちゃクールに見えるけど、言い方はちょっときついんだけど、やっぱり優しいんだよなぁ。好き。結婚したい。




 で、当日。


「うん、やっぱり寒いね海の近くは」


 駐車場に着いて車から降りた彼女はしっかりそれっぽかった。迎えに来てもらったときはよく見てなかったけど、チョコレートみたいな色のナントカ柄のワンピースに赤いコート。タイツとブーツ……違うこれブーツじゃなくて……何だっけ、お母さんも持ってた……ブーティー? だっけ……?


 とにかく、上品。大人っぽい。可愛い。


「はわぁ……」


 そりゃあ間抜けな声しか出ませんよ、ええ。だって滅茶苦茶可愛いんだもん。


 同時に、


「うっ……ごめんなさい……こんな、こんないつものカッコでごめんなさい……」


 申し訳なさでいっぱいになった。俺、ほんとにいつもと変わらない格好。ファー付きフードの厚手のパーカーにジーンズ、何年も使ってるマフラー。靴もいつもと同じやつ。結構くたくた。


「謝ることはない。この時期は暖かくて動きやすい格好が一番いいさ。それなのにこっちのプロデューサーは衣装選びにうるさくてね」

 苦笑いする彼女の横の黒スーツに黒いコートと黒ずくめの自称執事は、やっぱり機嫌がよくなさそうだった。

「当ったりめぇだろ誕生日に夜の観覧車でデートだぞそれを最高の状態で送り出すのがこの俺の仕事…………純白てめェこの野郎謠子におかしなことしてみろぶっ殺すぞ」

「し、しないよぉ⁉ そんな……」


 ちら、と彼女を見る。ああ、可愛い。


「…………こんな、こんな尊き存在に手を出すとかおそれ多い……」

「俺お前のそういう意外と慎み深いとこ結構好きだぞ。よし、じゃあ行きますか」

「はーい!」

 しっかりちゃっかりついてきた美紅が執事の腕にしがみつく。それを見た彼女も、

「ほら、デートなんだろう?」

 手を差し出してくる。あぁ、これ、握っていいの……?

「失礼します……」

 ちっちゃい! 細い! やわらかい! あったかい!

「あぁ~っ……どうしよう幸せ死んじゃう……」

「生きて純白、僕まだ観覧車乗せてもらってないよ」

「はぁい……」


 いつもより近い距離。滅茶苦茶どきどきする。っていうか手ェ繋いじゃってる。やばい。どうしよう。


「生きたいっ……」

「生きて純白、気をしっかり持って」

「うたちゃん、俺生きてる? ちゃんと生きてる?」

「生きてるし歩いてるし大丈夫だよ今のところは。……純白、あれ」

 彼女の示す方に、ライトアップされている大きな観覧車が見えた。

「きれいだね。あれに乗るのか」


 そんなことを言う彼女の横顔も、勿論もちろんきれいで。


「うたちゃんのがきれい~女神~、俺もうあがたてまつるぅ~……」

「純白、気をしっかり持って」



 予定通り、俺と彼女、美紅と執事で分かれてゴンドラに乗った。真冬の夜、海沿いの観覧車。シートが冷たかったので、俺はマフラーを外して畳んで、彼女が座る方に敷いた。

「ありがとう。でもきみが寒いんじゃない?」

「女の子に冷えは大敵だから!」

「流石、世利子よりこさんに叩き込まれてるだけあるね」

 向かい合って座る。

 けど、直視できない。


 きれいで、可愛い、ってのも、あるんだけど。

 何だろう、二歳の壁。ってのとも、ちょっと違う。


 この歳で働いてるから?

 それも何か違う。


「言いたいことがあるんなら、早く言った方がいいよ。一周なんてすぐ終わっちゃう」


 何も気の利いたことを言えないでいると、景色を眺める彼女が切り出した。落ち着いた声、この声も、好きだ。


「……あの、うたちゃんは、何で」

「キャプターになったか? やりたいことがあるからだよ」

「大変、だよね」

「それなりに、ね。でも助けてくれる人がいるから。一人じゃ何もできない」

「うたちゃんでも、できないこと、あるの?」

「そりゃあいっぱいあるさ。これでもまだまだ未成年の小娘だからね」

「…………そっか。ねえ、あのね、うたちゃん」

「何?」


 俺は、思い切って、彼女の方を真っ直ぐ見た。


「俺もキャプターになりたい。うたちゃんを、助けたい」


 彼女は、きょとんとした後吹き出した。笑った顔も可愛い……じゃなくって!

「何で笑うの!」

「い、いや、ごめん、だって」

「俺、うたちゃんのこと好きだもん! すげー好きだもん! 力になりたいって思ってるもん!」

「うん、そうだね、知ってるよ純白。きみが僕を好きでいてくれているのは昔から知ってるよ。……でもまさか、きみまでそんなこと言い出すとは思わなくてさ」


 俺まで……? と考えて、思い出す──そうだ、あいつがいた!


「うたちゃん、しゅーへーと付き合ってんの⁉」


 下の叔父。今は彼女の部下。何だあいつ、三十過ぎてるおっさんのくせにそんな、そんな……!


「一体何をどうやったらそうなるんだ、落ち着いて純白」

「だってあいつ顔がいい! 三十過ぎてるくせに若く見えるし顔がいい! 顔は負ける、しゅーへーに勝てない! ゆーまならいいけどしゅーへーに勝てないのはやだ!」

「純白きみ何で秀平くんにそんなに対抗心を燃やしているの」

「だってあいついつもうたちゃんと一緒にいるんだもん! ずるい!」

 彼女は、おかしそうに笑った。

「それが、きみがキャプターになろうと思った動機?」

「ダメ?」


 だって、好きな人の近くにいたいって思うじゃん。

 力になりたいって、思うじゃん。

 大変な思いしてるってんなら、尚更さ。


「ダメじゃあない、よ。僕だってろくでもない理由でキャプターになったんだ」

「ろくでもない? どんな?」

「それは秘密。……しかし何だ、今日は僕の誕生日なのに、もてなされるどころかきみの要望ばかり聞いているね」

「あ」

 そういえばそうだ。デートしたいって言ったのも俺だし、こんな……キャプターになりたいだとか、一緒にいたいだとか。何やってるんだろう。

「……ごめん」

「こっちこそごめん、冗談だよ。……そう言ってもらえるだけでも嬉しい。本当だよ。でもね、純白」


 彼女はそっと立ち上がると、俺の横に座り直して、


「秀平くんにも言ったことだけど、キャプターは、危ないからね」


 俺の手に、手を重…………えっ、えっ、何これ⁉ えっ⁉ 王子様⁉


「うたちゃん何で今そんなクソロマンチックなことすんの⁉」

 顔、顔、顔が! 熱い!

「え? だって今デートしてるんでしょ?」

「そうだけどさ! ダメそっち戻って俺死んじゃう! ときめきすぎて死んじゃう!」

「純白きみストレートに好意をぶつけてくる割にどうしてそんなに心に耐久性がないの」

 彼女は少し呆れながら戻ってくれた。ダメだ、こんな密室で隣にいられたら俺は死ぬ。享年十四。早すぎる。

 戻ってもらったお陰で少し落ち着きを取り戻せたけど、また彼女の顔が見られなくなってしまった。

「しゅ、しゅーへーがなれたのに、俺がなれないなんてそんなこと、」

「彼にはギフトがあるし、ああ見えて結構強いんだよ。元々適性があった」

「俺は適性ない?」

「……どうだろうな。あるかもしれないし、ないかもしれない」

「勉強と運動、頑張ったら、なれるかな」

「試験は通るだろうね。でも、なれたとしても、僕と同じ部署になれる保証はない」

 二人で、きらきら光る大きな橋を見る。

「……じいちゃん、特戦部だよね」

「誠くんは強いしベテランだからね。特戦部は大変だよ、訓練とかきついらしいし」

「うっ……頑張りすぎてもダメか……」

「事務方は事務方で大変みたいだし」

「……うたちゃん、俺のことキャプターにしたくないんでしょ」

「当たり前だよ、せっかくディプライヴドなんだから堅気かたぎの世界で生きなよ」

「堅気って、そんなヤクザみたいな」


 それからずっと、下に降りるまで黙っていた。

 デートって言ったの俺なのに、仕事の話させちゃったの悪かったな、とか、彼女との間に感じる壁みたいなものだとか、俺はいろいろ考えていた。


 彼女が背負っているものが、どんなものなのかはわかんない、けど。



 それでも、やっぱりさ。



 ゴンドラから降りてすぐ、

「ごめん、ごめんね、つまんなかったよね?」

 謝ると、彼女は笑った。

「そんなことないよ。こんな時間に観覧車なんて、初めて乗ったもの。それに、未来のキャプター候補にも出会えたことだしね」

「俺、キャプターになってもいいの? 嫌じゃないの?」

「本当は嫌だけど。でも、きみの将来はきみのもの、僕がどうこう言う問題じゃない。……ただ、覚悟するんだね。きみは“持たざる者”ディプライヴド、ギフト持ちに関与するということは、普通の人間でありながら普通の人間であることを捨てる道だ。きっと周囲は反対する」


 ──そっか、そういうこと、か。


「頑張る!」

「ふふ」

 彼女はまた笑って、俺の手を握った。さっきと違って少し冷たい。のに、俺の体温は上がる。

「ちょっ、うたちゃっ、もう何でいきなりそういうことするの⁉」

「帰るまでがデートじゃないの?」

「もー! からかわないでよ! そ、そういうことするんならっ、俺もっ、」

「なァにする気だ純白ィ?」

 振り返ると、怖い顔した自称執事がいた。

「何もしないしできるわけない‼」

「それならいい。よっし、帰ろ帰ろ! う~さみィ~」

 自称執事と一緒にいた美紅が、彼女と俺の間に割って入る。

「なーにやってんだよぉ純白ぃ。せっかく二人きりだったんだからキスぐらいしとけよぉ」

「そうか、プレゼント代わりにしてもらってもよかったな」


 もう、この人は、この人は!


「できるわけないじゃんそんな、不敬じゃん⁉」

「純白、きみの中で僕の存在は一体どうなっているの」

「全く、つまんねー弟だ!」

 美紅は再び、先を歩く自称執事にまとわりつきに行った。彼女は今度は手は繋がずに、

「純白」

 とん、と軽く、体当たりしてきた。何それ可愛い。殺傷力高い!

「なかなか楽しい誕生日になったよ。ありがとう」

 そう言って見上げてくる顔、ああ、もう、俺はダメだ。

「死んじゃうぅ結婚して下さぁい……」

「しっかりして純白、血迷いすぎて秀平くんと同じこと言わないで」


 楽しいと言ってもらえたことは、嬉しいなと思った。たとえお世辞だったとしても。ううん、多分彼女は本当に楽しんでくれたんだと思う。こんなことで嘘ついたりしない人だから。


 って、…………ん?


 しゅーへーと同じ?



 んっ?




     fin.

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