第9話 「また推しちゃう?」

「ちょッ、待ってくだ――ま、待て」


 なんで見ず知らずの他人、それも超絶美少女といきなりバトル展開にならなきゃいけないんだ!


 いや、どうせ戦うなら美少女相手というのも悪くはないのか!?

 その場合、叩きのめされるのと叩きのめすのどっちが気持ちいいと感じるかで俺の今後の性癖と人生が大きく左右されてしまう気はする!


 いやいや、そういう問題じゃねぇわ!!


 脳内を混乱させつつも制止を試みると、銀髪美少女は聞いてもいない回答をしてくれる。


「援軍でも待つつもり? この辺りには魔力の感知を誤認させる魔術を仕掛けたから、しばらく邪魔は入らないわ」


 なんですと!?

 じゃぁ最初からココナちゃん来なかったのかよチクショウ!


 ん? そんな魔術が邪魔してたのによくシノは魔物を感知できたな?

 まぁ、あいつも自称神様だし案外そういう所は凄いのかもしれんけど。


 それはそれとして、俺に援軍なんか来るわけがない。


「援軍などありえん」

「……なんですって?」


 ボッチなめんなって話しですわ。

 シノは既に背中にいるし、援軍にはならんしな。


 銀髪美少女さんは刀をこちらに油断なく向けつつも、すっと目を細める。

 話しを聞いてくれる気になったのだろうか?


「あなた、正義の使徒ではないの?」

「ないな」


 正義の使徒というのがなんなのかすら知らない。

 正直、大分恥ずかしいネーミングセンスだとは思うが。


「お前は人間でしょう。つまりは異能者。なのに、あいつらの仲間ではない?」

「そう言っている」

「どうやって管理から逃れ…………ん? まさかこれは、力が感知できない?」


 はい?

 管理が感知でなんだって?


 彼女の目が見開かれている。

 なにか信じられないようなモノを見る目、といった感じだろうか。


「強力な魔物の魔力に紛れていたのかと思っていたけど、この距離で私に力を一切感知させない……恐ろしい隠蔽技術だわ。なるほど、それで奴らに補足されるのを避けているということ」


 どうやら、少女は何かしらに納得がいったらしい。


 多分俺のことで納得しているんだろうけれど、俺自身は何を言ってるのかさっぱりだ。


「分かった。あなたの言うことも一理ありそうね」


 あ、なんかよく分からないうちに何かを分かってくれたらしい。

 少女が刀を下ろしてくれた。


「でも、信用するには言葉じゃ足りない。見せてもうらわ」

「なに?」


 代わりに、片手をこちらに向ける銀髪美少女。

 その手から魔方陣が展開される。


 な、なんだよっ。 

 こっちはハイレベル美少女と向かい合ってるだけでも精神と心臓が限界間近なのに何を見せろって!? 誠意っ? 誠意とかなの!?


 誠意といったらやっぱ土下座だろうか?

 と、地面を見つめつつ悩んでいたら彼女が口を開いた。


「安心しなさい、攻撃はしない。ただ先の言葉が本当か、確かめさせてもらう」


 彼女の言葉を信じるなら、目の前で編み上がっていくやたら複雑な魔方陣は攻撃用ではないらしい。


 よかった攻撃じゃないのか。

 などど、ちょっとだけ安心していたら背中からシノが声をかけてくる。


「心弥心弥。あの魔術、多分精神干渉系の一種だと思うよ」


 全然よくなかった。


 精神干渉ってことは、俺の思ってることがバレたりする可能性あるってことじゃないの!?


 俺が「この子の衣装、ドレスっぽい感じだけどスカートにスリット入ってて、動く度に鼠径部付近がチラチラ見えるのエロティック」とか「背中の開き方が絶妙に広くてエッチ」とか「胸付近の開きがエロい」とか思ってたのもバレるかもじゃん!!


魔力回路マギサーキットセット」


 そうなったら非常に――。


知りたがりの女神よ眼を開けアウァールス・デア・オクリース


 ――困る!!


 彼女の目が赤く光った。

 魔方陣もグルリと回転し、光を放つ。


 俺に向かって何かしらの魔術が発動したのだろう。

 恥ずかしい思考ダダ漏れ案件に、思わず両手をクロスして全力防御の態勢を取ってしまった。


 どう考えても物理攻撃じゃないし、めっちゃ無駄なことしてる気がするけど。


「な、に? お前ッ……一体っ」


 あ、あれ? 何も起きない。

 寧ろ、少女の方が驚愕している?


「これは、暴走!? ――あ、あぁぁあ!?」


 意味不明な状況に困惑していると、銀髪美少女さんが両手で頭を抑えてうずくまってしまった。


 え、何なにナニ!? 何事っ? もしかして失敗? 自爆しちゃったみたいな?


「あーぁ、心弥が無理矢理に魔術をレジストするから、呪詛返しみたくなっちゃってるねあれ」

「俺のせいなの!?」


 俺はただ物理的に腕で防ごうとしただけなのに!?


「心弥の力は心弥の意思に反応して過剰に動く時があるみたいだからねぇ。やっちゃったね?」

「ええぇ……。これ、どうなんの?」

「魔術が反転してるから、多分」


 シノの言葉を聞ききる前に、目の前が光に包まれた。


 多分この光を払いのけることもできるとは思うのだが、それをやっちゃうとあの銀髪の子の精神だか脳だかにえらいダメージを食らわせちゃうような……?


 仕方ないので、そのまま光を受け入れた。







「リリ。薬草も摘み終わったし、そろそろ帰らないとママに叱られるわよ?」

「も、もうちょっと待ってよ、おねーちゃん。もうすぐできるから!」


 おや?


「私に待てと言われてもねぇ。何を作っているの?」

「ん~? えへへ~。これ!」


 花畑に座り込んだ金髪の幼女が、傍にしゃがみ込んだ同じく金髪の美少女に花の冠みたいなものを差し出している。

 見たことのない花だけど、それはとても綺麗だった。


「綺麗でしょ? ママにあげるの!」

「えぇ、素敵だわ。でも、もう完成しているじゃない」

「んーん、今作っているのはこっち」

「二つ目?」


 二人はよく似ている、なるほど姉妹なのだろう。


「ん~……できた!」

「――え?」


 幼女が、少女の頭に冠をそっとのせる。


「これはね、おねーちゃんの分!」


 幼女の顔には満面の笑みが浮かんでいて、少女はぽかんとした表情だ。


 でも、すぐにとても優しい笑みに変わって。


「ありがとう、リリ」

「えへへっ」


 幼女の頭を撫でる少女。

 それは、世界で最も美しい光景とすら思える一場面に見えた。


 少女達は立ち上がると、手を繋いで歩いて行く。

 帰るのだと分かる。

 優しい母と父の待つ家に帰るのだ。


 幼女の足取りはとても楽しそうで、花の冠を母に見せるのが楽しみでたまらないのだろう。

 きっと姉と同じく頭を撫でて、優しく微笑んでくれる。

 幼女の想像している光景が、何故か目に浮かぶようだった。


 ――ダメ。


 少女たちの足は、止らない。

 この先に何が待ち受けているのか知らないからだ。


 いいや、嘘だ。

 知っているはず。


 そうだ、この先には家が、生まれ育った村が。

 もうすぐ、見える。帰れるのに。


 ――ミタクナイ。


 母と父が、待っている、のに。


「リリ!!」

「おねーちゃッ!?」


 姉が妹を掻き抱く光景が、強烈なイメージとして脳に入ってくる。


 世界が軋む音。

 目を貫き世界を白く染める光。

 落ちて、バラバラに散らばる花の冠。


 まぶしい なのにはっきり みえる うまれそだったばしょ きえる。


 あぁ、まるで砂に描いた絵のようだ。


 まま みんな きえて ぱぱも ミンナ――。




 景色が飛んだ。


 視線が高い。

 そうか、もう幼女ではない。


 そして目の前の女性も、汚れを知らぬ少女では、ない。


「やめて姉さん! これ以上あんな魔術を使ったらだめだよっ。戻れなくなる!」


 女性は、優しげに、そして悲しげに笑う。


「私のことは、もう忘れなさい」

「できるわけないでしょ!? たった一人の、たった一人残された家族なのよ!」


 そうだ。たとえ、どんなに変わってしまっても。


「あなたの家族は、あの日死んだ。誰一人残らず」

「馬鹿なことを言わないで!」


 女性に詰め寄る。


 必至に距離をつめて、逃がさないように。


「なんで戦う必要があるのよ!? どうして、言葉が通じて、同じ姿をしているのにっ!」


 少女のいうことは、至極まっとうで、とても綺麗だ。


 あの日の、花の冠と同じように。

 綺麗で、脆い。


「例え言葉が通じようと、姿が似ていようと、分かり合えない相手はいる。いいえ、わかり合えない相手の方が、ずっとずっと多い」


 女性のいうことは、とても当り前で、あまりに救いがない。


「あの日から、もう皆が引き返せない場所まで来てしまった。世界は、そういう場所なの」


 最初は、お互いがお互いをただ恐ろしいと思った。


 そのうち、利用しようとする者がでて、騙そうとする者がでて、憎む者がでて……後は、転げ落ちるように。


 分かり合おうとした者達は、押しつぶされた。


「なんで、なんでこんなっ、こんなに、世界は残酷にできているのよ!!」


 震える声。少女の慟哭。叫び。


 女性は、ひどく滑稽なものを見たようにクスリと笑った。


「あら、知らなかった? 世界はね、ず~っと残酷にできていたのよ。あなたが知らなかっただけ……優しくて、愚かなリリノワール」


 女性の手が、少女の頭を優しく撫でる。


「ねえ、さ……」

「あなたは、使えないわね」

「待っ」


 頭を撫でていた女性の手が一瞬淡く光る。

 少女の体がぐらりと揺れて、倒れた。


「せめて、あなたは生きなさい。この呪われた世界に。届かない夢を抱いたまま」


 消えゆく意識の中で、手を伸ばす。

 決して届かないと分かっている。

 伸びた手は、ただ土だけを掴んだ。


「――ゆる、さない」


 血を吐くように、漏れ出る言葉。


「こんな世界、私は、絶対に……認めないッ!!」


 頭が割れるように痛む。


 あれからずっと……何度も、幾度も、何年も、体中が痛い。


 血がでて、骨が折れて、眼球が潰れて、それでも戦いは終わらない。


 私は、世界を変える。


 誰も、傷つかない、そんな世界を、作ってみせる!!


 だから、お姉ちゃん、私は――。




「――ッは!? はぁっ……はぁっ!?」


 な、何だ?


 一体、何がおこった!?


「心弥! 戻ったの!?」

「……シ、ノ?」


 目の前には、シノの姿が浮かんでいて。

 その向こうでは銀髪の少女が倒れていた。


「あ、あれ? 俺、一体何してたっけ?」

「もうっ、自分で魔術を受け入れたんでしょっ。多分あの子の魔術が反転したから、あの子の魔術の効果が逆になって発動したんだよ。何が見えたの?」


 魔術の効果?

 あー、そう言われてみれば、夢みたいなのを見てはいたな。


「多分、俺が見たのはあの子の記憶だ。えらい断片的だったけど」

「そりゃそうでしょ。魔術師でもない心弥が力技で跳ね返しただけなんだから。発動時間もほんの一瞬だったしね」


 一瞬。そう、なのか。確かに情報力としては大したことはなかった。

 でもなんか、他人の半生を垣間見たくらいの疲労度がある。


「う……ぅ」


 こちらと同じく目を覚ましたのだろう。

 視界の向こうで、少女がゆっくり立ち上がるのが見えた。


 全てを失い、全てを呪い、全てを憎み……それでも、全てを救おうとしている少女が。


「――見た、のね」


 少女は氷の様な視線の温度を、更に絶対零度にまで下げながらこちらを見ている。


「……ほんの、少しだけ」

「そう」


 しかし、少女は激昂などせず、怒りに震える素振りすら見せない。


「怒らないのか?」

「怒る? 私からあなたに仕掛けた。でも負けて、勝手に醜態を見せた。どこにあなたを怒る要素があるというの」


 どうやら彼女のあの冷たい目は、自虐からくる温度のようだった。


「笑ってもかまわないわよ? でも、私は」

「笑わない」


 俺の返答が思ったよりも早かったからか?

 少女は少しだけ動揺しているように見える。


「俺は、君の……記憶と心に触れてしまった。謝罪する」

「だから、それは私が」

「でもッ!」

「――っ?」


 そうだ、俺は、見てしまった。

 彼女の心の奥底にあるもの。


 世界を否定し、皆を救うための夢――仄暗い心と、相反して輝く気高き魂。

 重い悲しみを背負いながらそれでも戦う彼女を、知ってしまったのだ。


 はっきりいって、俺は……そういうシチュエーションにめっちゃくちゃ弱い!!


 不幸を背負った系主人公とかやっぱ鉄板だもんなぁ! しかもそれが美少女とか相乗効果で尊みがえらいことになってやがるっ! 最高かよ!


 こんなん好きになっちゃうに決まってるやつじゃん!!


「謝罪とは関係なく、俺は、応援したいと思った」

「…………なんですって?」


 俺の言葉に、少女は耳を疑うような表情を見せた。

 すっごい怪訝そうな顔になっても、彼女は――リリさんはやっぱ美少女だなぁ!


 そうだ。彼女の力になりたい、応援したい……!

 ファンレターとか送りたいくらいだぜ!


 やっぱ変装していると、こういうの素直に口に出しやすくていいっすわぁ。


「取りあえず、名前を聞いても? あ、活動名みたいなのでも全然いいです」

「…………………はぁ?」


 ファンレターとか送るにしても、名前知らないとね。


 リリノワールという名前なのは知っているが、それは俺が勝手にのぞき見たものだ。

 やはり本人の口から確認しておくべきだろう。

 今は別名義で活動してる可能性もあるしな。過去のことを無遠慮につっこむのは良きファンの姿勢ではあるまいて。


 俺の肩あたりに座っているシノが「またかよぉ」とか唸っているが……別に推しが一人じゃないといけないという決まりはないだろ!!


 最推しを決めるべき、という考え方はあるのかもしれないが、それを決めるにしてもまだ少しばかり時間がかかるだろうし。


 なにより……。


 推しは、心が押した時が推し時なんだよ!!

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