第1話 「最強になっちゃいました?」

「はぁ……」


 今日も今日とて、退廃的なため息がほろりと出る。


 自宅の縁側でお茶などすすりつつ、ぼーっと空を眺めているだけなのだが。

 平日の昼間に高校生がする行為としては非常に退廃的であると言わざるを得まい。


 しかも、このところ毎日こんな調子だ。

 とはいえ別に完全無欠な登校拒否をかましているというわけではない。


 一応、病弱な身の上なので半分くらいは訳あってのサボリ、いわば病欠である。

 半分はただ行きたくないだけなので、訳があろうとサボリには違いないのだが。


 家にずっといても、それを注意されることも無いという事実がサボリを加速させている面もあった。

 何しろ、俺には家族がいない。


 幼少の頃、父の何かしらに嫌気がさしたのか母親は突如出ていった。

 数年後に俺は大病を患って入院し、挙句にその治療費に目眩でも覚えたのか父も突如失踪。

 どうやら両親は駆け落ち同然だったらしく、なんやかんやあって俺が預けられたのは突如でてきた父方の祖父の家だった。

 すでに祖母は亡くなっており、唯一家族といえた存在の祖父も最近になって突如天国へいってしまう。

 

 かくして、祖父の残した家と遺産で生活する一人暮らし高校生が突如誕生してしまったのだ。


 なんだ? 俺は前世でなんかやらかしたのか? 

 カルマ背負っちゃってるのか?


 中学校ではその辺りの事情がどこからか漏れたのか、イジメらしきものを受けてもいた。

 そんなこんなで俺はすっかり人間関係とコミュニケーション能力に問題が発生して半引き籠もり状態だ。

 

 日々の楽しみはアイドル系の動画を見て癒やされることくらい。

 将来への希望なんてものは無論これっぽっちもない。


「はぁ。せめてピンピンコロリしてぇ」


 俺の今ところ唯一といっていい願いは、なるたけ安楽に最後の時を迎えることだったりする。長生きとかは別にノーセンキューなのだ。


 若いのにどうした、とかそんなお言葉は聞きたくもない。

 まぁ、どうしてこうなった! とか思わないわけじゃないが……人生って実際難しいぜ。


「せめて健康だったらまた違ったのかねぇ。いや、いくら肉体が健全だからって必ずしも健全な魂が宿るわけじゃねーよなぁ」


 でもピンピンコロリするにはまずピンピンしていることが必須条件なので、なるべく健康でいたい。

 神様、健康プリーズ。


 などど、神社でお参りもしたことのない癖に神頼みをしつつ、またお茶をすすった、その時。


「――ん?」


 空に、妙な歪みゆがみ? 歪みひずみ? はっきり分からんが、とにかくおかしな景色が目に入った。


「なんだ? 今度は目が変にでもなったのか?」


 健康を願った傍から病気とか勘弁ですぜ神よ。


 信じてもいない神様に愚痴をたれつつ、目をごしごしとこする。

 再び目を開くと、空の歪みからポロリと……光の球? みたいなモノが落ちてきたのが見える。


 なんだ、ありゃ?


 その光はこっちにむかって落ちてくる気がする。

 意味不明な状況に反応出来ずに呆然としていると、光はあっという間に目の前に来ていて。


 突如、世界が真っ白になった。




 ――どうやら、自分が気絶していたらしいと知ったのはほんの少し後のこと。


「……あ?」


 起きると、もう夕方だった。

 縁側で倒れていた俺は、何事もなかったように目を覚ましたのだ。


「え? なに?」


 なんだったのあれ。

 もしかして、白昼夢とかそういう類いのものだったのだろうか?


 なんか、思い出すと……光が体の中に入ってきて、こう、一体化した? 注ぎ込まれた?

 そのような感覚があった気がする。


 全く意味不明な現象だったが、まぁ夢だと思えばそういう事もなくはないだろう。

 ただ、問題は――。


「体の奥底から、果てしない力が湧き上がってくるのを感じる……!」


 …………って、なんだそりゃ。


 自分で自分にツッコミを入れてしまった位にはわけが分からん。


 ただ、体が妙に軽いのは事実だ。

 大病を経験して以来、ずっと纏わりついて最早元気だった頃が思い出せないくらいにまでなっていた体の怠さや重さ、不調の類い。それらを一切感じない。


 それどころか、今ならどんなに速く走ろうが疲れない、跳べばどこまでも高く跳べるし、どんな力だって出せる。そんな気さえするのだ。


 さっきの謎の現象によって、なんか選ばれし者的なパワーを手に入れてしまったのだろうか?

 なんかこう、最強の力を手に入れちゃったぜ!! みたいな?


「――あ、買い物行かなきゃ」


 んなわけねぇわな。


 よしんば先ほどの現象が夢でなく、現実になんらかの影響を及ぼしたのだとして。

 俺が謎の力に目覚めたとかよりは、俺の頭がおかしくなったの方が可能性が高いだろう。


 そして、頭がおかしかろうと腹は減るのだ。

 すなわち夕飯の買い物にいく必要がある。


 軽くなった体にまるで生まれ変わったような違和感を覚えつつも、俺は夕飯を買いに出かけるのだった。







「あ、あれぇ? うーん……あれかなぁ。生まれ変わった気分になると、見える景色も変わってみえる的な?」


 買い物にと出かけてきた地元商店街。

 夕暮れの買い物時ゆえ、そこそこに人通りがある。


 そこにたどり着いて、まず思った。


 なんか、おかしくない?


「な、なんだろう。見慣れた景色のはずなんだけど」


 明らかに不自然なモノを見ている気がする。


 買い物かごを下げた耳の長い女性……ああいうのってエルフっていうんじゃないだろうか?

 他にも犬耳の人とか猫耳とかつけて……生やしてる人も混じっている。


 別におかしなことではないはずだ。

 よく見る光景なはず。


 なのに「おかしいよ!」と理性が叫んでいる。

 割と声が枯れそうな勢いで。


 もしかしてさっきの謎現象で俺が突如何かしらの力を得たわけじゃなくて、突然に発狂して頭がおかしくなっただけだったのだろうか?


「……いや、あんまり深く考えるのはよそう。俺のような学校にもあんまり通っていない不勉強な人間が考えても答えのでない問題もあるだろうし」


 というか、世の中の大抵のことは俺には分からん理屈で動いているはずだ。

 なので、日常が普通に送れているうちはあまり気にしないことにした。


 なんかダメなことになったらそん時はそん時と考えよ。


「これ、ください」


 馴染みのパン屋にて、いつもと同じパンを買う。


「いつもありがとうございます。今日は随分沢山お買い上げで……お好きなんですねぇ、チョココロネ」

「甘党で。ここのチョココロネはマジで美味いので」

「あら、嬉しい」


 体が弱いせいか、今まではあんまり沢山は食べられなかったしなぁ。

 今日はその腹いせもかねて大量購入してやった。なんか体調いいからな!


 それにしても――パン屋の店員さん、美人だなぁとは前々から思ってたけど。


 今にしてみたら、見た目めっちゃエルフじゃん。


「エルフのパン屋、かぁ。ここ、通い続けよ」


 パン屋を後にした俺は気持ちも新たに家路を辿る。


 理屈は分からんが、とにかく今の俺には世界が違って見える。

 まるで、常識を書き換えられてしまったような気分だ。

 あの光ってる時に宇宙人にアブダクションでもされたのだろうか?


 ……いや?


 冷静に考えたら、先ほど急に凄い力に目覚めたように感じてからこういう状態になったのだ。

 ってことは、どっちかというと今までが常識を書き換えられていて、今まさに正気に戻ったという可能性もあるのか?


 力を持ったことによって、正気に戻れた、とか?


「うん。考えないようにしようっ」


 どう考えても、俺の手には余る話しだ。

 考えても分からないことはスルー安定なのである。




 いつもと違って今日は豊富にチョココロネのストックがあるので、食べながら自宅へと歩いていく。


「うーん、やっぱここのチョココロネはチョコが甘過ぎなくていいよなぁ――あぁ!?」


 歩いていたら急に頭上を巨大な影が通りすぎた。ので見上げたら、でかいハエが浮いている。


「……え? えぇえええ!?」


 ハエだ。

 いや、ハエにしてはデカすぎるし禍々し過ぎるし刺々しすぎるけれども!


 デカさ数メートルに達し、鋭利なフォルムに魔改造された、ハエ。


 な、なんだあれ。

 一体どうなっちまったんだこの街は?

 いつからこんなモノと出くわすようなことに――。


 いや? まて。まてまてまて。


 ――いつからだと? 今までは? 本当に、俺はこういうモノを初めて見たのか?


 俺が呆然と立ち尽くしている間、向こうのハエも不可思議なモノを見るような目でこちらを観察しているようだった。


 しかし、それもほんの少しの間だけ。


 ハエは何の前触れもなく、凄まじい風を巻き起こしながらこちらに向かって飛来してくる!?


 その時、俺の眼前に透明な壁のようなものが現れ、ハエがそれを見て止った――かと思ったが、奴が腕を振るうと一瞬にして壁は粉々に砕け散ってしまった。


 ハエが、今度こそこっちに突っ込んでくる!!


「ヒェッ!?」


 気持ち悪さと気色悪さと不気味さから、思わず手で払ってしまう。


 そうしたら、手に触れた瞬間にハエが『ボッ!!』と音を立てて消えた。


「あ? あれ?」


 なんの感触もない。

 いや、もしかしたらあったのかもしれんが、大した手応えみたいなものは感じなかった。


 え? また、白昼夢?

 俺の頭、本格的にやばい? 故障?


「……そももそも俺、なんでさっき思わなかったんだろ」


 怖い、って。




 結局、俺は答えの出ない問題は全て先送りすることにして、速やかに家に帰って……よ~く手を洗った。

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